第17話 取引と虚無

裕作は納得をしていなかった。

そう、午前の授業中に見た「早乙女学院高等部 人気生徒ランキング」の結果に。

彼は自分の弟、沙癒に対し絶対的な自信がある。

だからこそ、彼が学年で二位である結果に不満を抱き、こうして新聞部の一員である下野精生しものしょうせいに問いかけに来たのだ。


「裕作、悪いが」

めんどくさそうな声で対応する彼は、スケベな本のページをペラりと捲りながら呑気に答える。

「俺は幽霊部員だ」


幽霊部員。それは、幽霊の様に神出鬼没で、部員として部に席を置いてはいるが、部活動にほとんど顔を出さない部員のこと。

この学院では特別な理由が無い限り部活動に所属する義務があり、皆、何かしらの部活動に所属している事がほとんどだった。


沙癒は美術部。

秋音は漫画研究会。

そして裕作は、ボディビルマックスパワー部。通称筋トレ部。


しかし、三人とも規則のために在籍しているに過ぎず、秋音と裕作は部活動に週に一回ほどしか顔を出していない。

この早乙女学院にはそういった生徒は一定数存在し、特別珍しい話ではない。

特に沙癒は数か月に一回美術部に作品を提出するだけで、ほとんど顔を出さず、自他ともに認める幽霊部員の一員だ。


「嘘つけ! お前の姉さん新聞部部長だろ!?」

「嘘を付いてどうする。あそこには姉さんに無理やり挿れられ、失礼。入部させられたんだよ」

「なんで言い直した?」


現在の新聞部部長、その弟である精生しょうせいはバリバリ活動に参加していると思っていた。

しかし、実際には部長権限で半強制的に入部させられていただけであった。


「でも、去年の文化祭は活動してただろ」

「あれはヘルプだ。繁忙期にもなると流石に駆り出される。いわゆるデリバリーヘルスサービスみたいなものだ」

淡々と説明する精生に対し、焦りを募らせる裕作。


「じゃ、じゃあ今月に出た人気生徒ランキングの記事には……」

「さあな、知っていても答える義務はない」

わざとらしい咳払いをしてから、精生はスケベな本のページをペラりと捲り「ほう」と独り言をつぶやく。

「そんな~」


どうやら話す気は無いようで、裕作は頭を抱える。

新聞部員である精生しょうせいに、この記事に関することを洗いざらい聞いて、あわよくば筋肉を執行しようと裕作は思っていたが、それは叶わない。


新聞部員は基本匿名性で、部員同士と顧問、そしてその関係者以外には極力部員であることを隠している。

理由は単純で、今の裕作のような厄介な人間に絡まれない為である。


自分が新聞部であることを公表するのこと。

即ち、学生生活の終焉を意味する。

他人に情報を漏らすのはリスクしか発生せず、精生はこの記事に関する事を話すことは無さそうだ。


「……お前の姉さん紹介してくれない?」

「辞めておけ、変人だぞ」

「お前が言うならだいぶヤバい人なんだろうなぁ」

人脈の広い裕作でも、精生しょうせい以外に新聞部に所属している人物を知らない。


流石に上級生の部長に問いた出す程の勇気はなく、ましてや変人の精生しょうせいが変人というくらいだ、どんな怪物が出てくるかなど裕作には想像も出来ない。


「はぁ、どうすっかなぁ」

「知らん、興味が無い」


途方に暮れる裕作の姿を見ても、彼は何も感じていない様子だった。

精生は他人に対する関心が薄く、誰がどう困ろうと知った事では無い。

故に、彼は裕作以外に親しく話す友人はいない。


「もう用事が無いのなら帰ってくれ、性欲が冷める」


追い打ちをかけるように冷たい言葉を放つ精生は、依然として成人向け雑誌に視線を向けている。


「――まぁ、大方予想通りだけどな」


しかし、ここまでは裕作の予想の範囲内だった。

精生が手放しに協力してくれないと思い、裕作はここに来るまでの間にそれなりの対策をしてきた。

自信満々な態度のまま、裕作が胸元からあるものを取り出した。


「こいつで取引しよう」


裕作が取り出したのは、世間で流行っているカードゲーム「ストライクバーン」のカードだ。

このゲームは何百種類と存在するカードの中から四十枚選びだし、自分だけのデッキを作り競い合うゲーム。


「カードゲームで勝負か、くだらん。俺はもうゲームには興味が無い」


当然、精生もこのカードゲームの存在を認知している。

しかし、彼はもうこのゲームをプレイしない。

裕作に誘われて初めて見たは良いものの、高レアリティが強すぎる見え見えの集金体制と、あまりにも大味のゲーム性に嫌気が差し早々に辞めてしまったのだ。

持っているカードの殆どを裕作に譲り、彼は今後一切このカードゲームをプレイすることは無かった。


「っふ、俺はゲームをしに来たわけじゃない。よく見てみろ!」


裕作は目の前に出したカードに指を差し、精生に見せつける。

そこには、透明なプロテクターに覆われた一枚の美少女カードが鎮座していた。

本来であればカードはデッキに入れて使うことにより真価を発揮し、たった一枚のカードだけではゲームをプレイすることは出来ない。


しかし、裕作の狙いはまた別にある。


「――こいつは!」


そのカードを見た瞬間、精生の目の色が変わった。

「……こいつは、デカメロン先生の絵か」


デカメロン。

成人向け雑誌に彗星のごとく現れた超大型新人作家。

その奇抜で迫力のある絵、性的興奮を掻き立てる魅惑の描写。

そして何より、登場するすべての女の子が超ナイスバディに描かれている。

あまりにも破壊力があるデカメロン先生の絵は、デビューから瞬く間に思春期男子達の心を鷲掴みした。


「お前、好きだろこの人の絵」

「あぁ。尻の描き方が素晴らしいんだ」


精生しょうせいもその一人で、今やデカメロン先生の新しい絵を見かける度に雑誌を購入するほどのファンになっていた。

そのことを知っていた裕作は、たまたまパックで引き当てたデカメロン先生がイラストを描いたカードを取引材料にしようと思ったのだ。


「これを精生にやる。知ってることを教えてくれ」

「……ふむ」


カードを手に取り、舐めまわす様な視線で眺める精生。

ちなみにカードのイラストは、きわどい水着を着た巨乳の女の子が、挑発的な表情を浮かべながら尻をこちらに向けて誘惑している姿をしている。

プレイヤー目線からすると、あまりレアリティの高いカードではなく、効果もそれほど強くない為デッキに入れることはあまりない。

だが、絵師好きな人にとっては記載されているカードテキストには興味は無い。


故に、イラストをしっかり眺めた後に「うむ」と納得した精生は、そのまま黙ってカードを胸元に閉まった。


「交渉成立、でいいんだな?」

「まぁ、カード分の仕事はしよう」


精生は机に広げていた成人向け雑誌『おっぱい爆盛り、夢の超銀河世界(ギャラクティックワールド)へようこそ』を鞄に片付けて、裕作の目を見据える。

どうやらこのカードが本当に気に入ったようで、彼にしては珍しく本気で聞いてくれる様子だった。

その姿を見て「うし!」という声を共に、裕作は軽くガッツポーズをした。


――こうなれば、知ってることを根掘り葉掘り全部聞いてやるぜ

そう意気込んだ裕作は「ごほん」と一回咳を出してから精生に質問をする。


「じゃあ質問だ、なんで生徒人気ランキングで沙癒が二位なんだ?」

「知らん」

いきなり面食らう裕作。


「え。じゃ、じゃあ。一位の神海七海ってどんな奴なんだ?」

「知らん」

雲行きが怪しくなってきた。


「……じゃあ、この人気ランキングについて知ってることは?」

「この記事は姉さんの管轄だ。俺どころか部員全員、詳しいことは知らんだろうな」


本日の質問は以上となります、ありがとうございました。


結局裕作の努力も空しく、無情にも何の情報を得られなかった。

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