第8話 最悪の一手
一方、二年A組の教室では裕作と秋音が互いに向き合うように座っていた。
「ふふん、あたしのターンね」
二人は今、世間で流行っているカードゲーム「ストライクバーン」をプレイしていた。
何百種類と存在するカードの中から四十枚選びだし、自分だけのデッキを作り競い合うカードゲーム。
多種多様のモンスターは勿論、戦局を有利に進めるための魔法カードなどを駆使し、相手のポイントを全て奪った方の勝ちになる。
「ドロー! 私は手札から「女神のエルフ」を召喚!」
山札と呼ばれるカードの束から一枚めくり、そのまま机の上に出した。
「嘘だろ! それ激レアカードじゃん!」
裕作が驚くのと同時に、周りで観戦していたクラスメイトも歓声を上げた。
このゲームで使用されるカードは、基本的にパックと呼ばれるランダムにカードが封入されている商品を購入し手に入れるしかない。
そして、カードにはそれぞれレアリティと言うものが存在し、高レアリティの物はゲームをプレイするプレイヤーには勿論、コレクターの間でも非常に価値の高いものになる。
中でも秋音が出したカードはこのカードゲームで最高のレアリティを誇る「レジェンドカード」と言い、封入率がとてつもなく低い。
五枚で一パック、そのパックが二十組入った一ボックス、一ボックスが十二個入った一カートン。
そして、このレジェンドカードは一カートンに数枚しか入っていないと言われる超希少物。
単品で売れは数千円は下らないだろう、そんなカードを自信満々に裕作に突き付けた。
「ふふん! あたしくらいのプレイヤーになるとこれくらいは朝飯前よ!」
お年玉を散財させてようやく手に入れたカード自慢げに出すと、そのままカードに書かれているテキストを高らかに読み上げる。
「あたしは『女神のエルフ』の第一の効果発動。手札から好きなエルフをコストを無視して召喚できる。あたしが召喚するのは「連携するエルフ」。さらに、連携するエルフが召喚されたことにより、デッキから『妖精騎士ダイヤ』を手札に加える。その瞬間、『女神のエルフ』の第二の効果を発動し……」
秋音の展開は止まらない。
一枚のカードを出しただけで、次々と手札や山札からカードを取り出し机の上に並べられていく。
「っく、何も出来ねぇ」
ルールに乗っ取った展開の為、裕作はそれを止めることが出来ずただじっと見つめることしか出来ない。
そう、このカードゲームはレアリティが高ければ高いほど強い。
高ステータスなのは勿論、効果も強力で、持っていればそれだけで有利になり得る。
例え低レアリティのカードでいくら盤面を固めようとも、一枚のレジェンドカードですべてを捲ってしまうこともある。
故に、このゲームは「札束で殴るゲーム」や「カードを引いてただ強いカードを出すだけの作業」などと揶揄されており、リリースして間もないのに早くも雲行きが怪しくなっている。
「――さぁ、あたしのターンは終わりよ」
そんな事を言っている間に、秋音の周りには沢山のカードが並べられていた。
どのカードも高レアリティで効果が非常に強力。
現在のカード市場価値で換算すると、この数枚だけでも五万円は超えるだろう。
それに対し、裕作の戦局は絶望的だった。
裕作の盤面は先ほどの秋音の連携により全て処理されてしまい、カードが一枚も存在しない更地になっていた。
極めつけが、戦局を打破するための手札が一枚もないということだ。
相手の盤面には複数の強力なモンスター、それを覆すカードが何もない。プレイをしている二人は勿論、周りで眺めている誰もが逆転など不可能なことを察する。
「あんたのターンよ。まぁ、何も出来ないでしょーけど。ぷぷぷ」
口元を手で押さえながら、秋音はわざとらしい笑い声を漏らした。
「さっさと降参しなさいよ、雑魚裕作!」
「っく」
せっかくだからと、カードの勝敗でジュースを一本奢るという賭けをしていた二人。
高等部に上がり貰えるお小遣いも増えた裕作にとって、ジュース一本など大した痛手ではない。しかし、目の前で勝利を確信している秋音に何とかして勝ちたい、その自信に溢れた表情を何とかゆがませてやりたいという対抗心が胸に宿る。
これはちっぽけな勝負などではない、男と男の真剣勝負なのだ。
諦めたくない一心と、自身を鼓舞するために裕作は大きな声でターン開始を宣言する。
「諦めねぇぞ! 俺のターン、ドロー!」
言い忘れていたが、このゲームには致命的ともいえる欠陥がある。
それは、ゲームバランスが悪すぎることにある。
「あ、今引いた『混沌の龍』を召喚。相手のカードを全て破壊」
「は?」
そしてなんやかんやあり、たった一枚のカードで秋音は敗北した。
とてつもない急展開、そしてあまりにも味気ない決着でこの勝負は幕を閉じた。
「……ありえない」
自分のカードを片付けながら、秋音は吐き捨てるように愚痴を吐く。
圧倒的優勢からの一発逆転。
それも、どれだけ盤面のケアを行っても覆す事の出来ない不可避の一撃。
周りにいるクラスメイトもこれには苦笑し、興味を無くして蜘蛛の子を散らすように解散していった。
「なんなのよこのカードは! クソゲーじゃない!」
「そう落ち込むなよ秋音。あ、俺カフェオレな」
自分のカードを片付けながら、裕作は勝者の余韻に浸っている。
そう、彼もまた最高レアリティカードを所持していたのだ。
「ってか、あんたこれどうしたの! 完品だと三万はするわよ!」
「あぁ、友人に貰ってな」
この大味のゲーム性に嫌気が差し、早々に引退した友人から譲ってもらった代物だ。
なんとなくデッキに差し込んでみたはいいが、まさかこんな形で役に立つなど裕作は思いもしなかった。
一方の秋音は、開いた口が塞がらず視線はどこか上の方を向いて呆けた顔をしている。
裕作がこのカードのパックを大量買うお金も、引き当てる運もないことを知っていた秋音は、意地でも最高レアリティのカードを見せつけ無慈悲なマウントを取りたかった。
ただそれだけのためにお年玉を散財させた彼は、何のためにあれだけのパックを剥いたのだと自身の行いに深く後悔をしていた。
――数万、それだけあれば新作のゲーム何本分?
――欲しい洋服、ブランド物の化粧品もあったし、高級エステにも行きたかった。
――いや、考えるのはもう辞めよう。
嫌なことを忘れるように、自身の頬を両手で叩いた。
「あー考えても仕方ない! もっかい!」
少しでも元を取ろうと躍起になっている秋音は、自分のカードを整理しながら再び勝負を仕掛ける。
「いいぜ、今度は飯でも奢って――」
調子に乗り賭けを吹っ掛けようとした瞬間、
「――た、大変だー!」
廊下から男の叫び声が聞こえた。
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