第7話 出会いの季節と女神様

四月下旬。


新たな高校生活にも慣れ、交友関係に広がりを見せるこの時期。

昼休憩にもなると、友人同士で集まり昼食を取るクラスメイトで学院中が賑やかになる。

同じ部活や趣味で繋がる者、なんとなく波長が合う者など、少し見渡すだけでも様々なグループで構成されているのが分かる。


学院での生活が充実し、ときめくような恋の駆け引きをする「リア充グループ」、勉強をしっかり頑張り将来を見据える「真面目グループ」、運動部を中心とした青春と夢に情熱を注ぐ「体育会系グループ」などがいる。


そんな中、どのグループにも在籍しない唯一の存在がいた。


「……ねむい」


私立早乙女学院高校一年B組に在籍する才川沙癒(さいかわさゆ)は、細い目を指で擦ってから小さくあくびをした。


昼食を食べ終わり、今にも眠ってしまいそうだった。

波のように襲ってくる強烈な睡魔により何度か首を縦に揺らしては、数秒立った頃にハッと息を吹き返す。


今にも睡魔に負けてしまいそうなその姿が、まるで小動物のように愛らしく、見ているだけで心を奪われてしまう。

現に同じ教室にいるクラスメイトの何人かは、昼食中にも関わらず箸を止めて沙癒の姿に釘付けになっていた。


「ううん、寝ちゃダメ。あれをしなきゃ」


沙癒は首を大きく横に振って、無理やり眠気を吹き飛ばす。

「んっしょ、よし」

それから一呼吸置いてから、机から一冊のノートを取り出した。


真っ白なページを開き、書き慣れた鉛筆を握って何やら文字を書き連ねる。

真剣な表情で指を動かしては、天井を見上げ何かを考えて込んでいる。

眠気に負けまいと奮闘していた可愛い表情とは一転、真剣な表情でノートを睨みつける顔つきはとても綺麗だった。


カーテンから漏れる太陽の光が、窓際の席に座る彼にスポットライトを照らすように差し込んでいる。

その姿はまるで世界の中心が沙癒自身だと言わんばかりに輝き、天から舞い降りた天使のような神々しさを演出している。


彼はこの学院内で「女神」という愛称を付けられおり、中等部に入学した頃から学院カーストのトップに君臨している。


高等部に進級してもその勢いは衰えず、ただそこにいるだけで見る者を魅了し、人生を狂わせる。

今となっては、軽率に彼に話しかけるクラスメイトはおらず、気軽に近寄ってはいけない存在になっていた。


そんな女神様が今何をしているかと言うと、


『今日は裕にぃの腕に手錠を付けて、襲おう』


大変イヤらしい事を考えていたのであった。


そう、他人から見ると勉強をしているように見える彼の行動は、兄をどうやって恋に落とすかを考えているだけである。

このノートの名前は「兄を落とすためのテクニック」と名付けており、一人でいるときは大体このノートに作戦を書き貯めていることが多い。


内容はいたってシンプル、人を魅了する行動や仕草をメモしたり、有名デートスポットや流行中のオシャレな喫茶店の場所などが記載されている。


……中には、縄の縛り方、鍵の解錠方法といった犯罪スレスレの行動もあるのだが。


そんな彼に話しかける相手は、大きく分けて三つに分けられる。


一つ目が、沙癒の家族や友人。

兄である才川裕作(さいかわゆうさく)や、彼の親友である早乙女秋音(さおとめあきね)が筆頭となる元々仲がいい人物たち。

彼らは周りの目や評価によって態度を改めることはない。

むしろコミュニケーション能力があまり高くない沙癒を心配して、率先して話しかける事が多く、学院内で話す相手のほとんどが彼らに該当する。


二つ目が、沙癒と関わりを持ちたい人物。

話してみたい、友達になりたい。

そんな純粋な思いを持ったクラスメイトなどが勇気をもって話しかけている。

しかし、大体は沙癒と話した瞬間にあふれる幸福や限界極まりない尊さを感じ保健室に直行している。

その為、高校生に進級してからというもの、これといって新たな友達が出来ていないのが現状ではある。


そして、最後が―――


「なぁ才川、ちょっといいか」


見慣れない二人組の男達が、様子を窺うように沙癒に話しかけた。

「……どうしたの?」

沙癒は返事をすると同時に、二人組の姿を確認する。


一人目は身長は平均よりもやや高く、耳にピアスを付け趣味の悪い柄付きのジャージを着ている金髪の少年。

総じて、悪目立ちするような派手な格好をしている。

二人目は少し小柄で丸眼鏡をかけた茶髪の少年。

一見真面目そうな印象を受けるが、所々制服を着崩したりしている。


どちらも、沙癒が中等部の頃に見たことのない二人組だった。


私立早乙女学院には高等部からこの学院に編入する学生が多い。

特に今年の一年生は、早乙女秋音というアイドルが爆誕した影響により半数以上が高等部からの編入生になる。


知らない人に話しかけられた沙癒は、絞り出したようなとても小さな声で返事をする。

彼は別に内緒話をする訳ではない、単に初めて出会ったクラスメイトに委縮してしまい、上手く声が出なかっただけである。

家族や親友には普通に話せるようになってきてはいるが、他人と関わるのにまだまだ不慣れな面が残ってしまっている。


「えっと、その」

最初に話しかけた金髪の少年は、何かを言いかけては口ごもってしまっている。

恥ずかしがっているのか、それとも言いにくいことなのか。

真偽は定かでは無いが、視線を逸らしてばかりで何も会話に進展がない。

「お、おい。早く話せよ」


それを見かねた茶髪の少年は、肘を突き付け催促を促す。

「なんだよ、言い出したのはお前だろ」

「じゃんけんで勝ったのは俺だろ、文句あるのか?」

「な、なんだと!」

話しかけた二人組は小競り合いを起こし、沙癒はそれを傍観する事しか出来なかった。


二人を見つめているうちに、沙癒はあることを察する。

それは、二人は彼と友達になりたいという訳ではないということ。


沙癒は他人と話す事は苦手ではあるが、相手の心が分からないという訳ではない。

むしろ、話せない分相手の表情や仕草など見ていることが多く、相手の考えや気持ちを見透かす能力が高い。

沙癒の目には少なくとも、彼らが友好的な関係を築きたいという気持ちを持っていない気がした。


「ね、ねぇ。私に何か用?」

二人の間に割って入るように、沙癒が話しかける。

すると、冷静になったのか。二人は口喧嘩を辞めて互いに目を合わせる。

そして、意を決したように口を開く。


そう、これが現在の沙癒に話しかける最後となる人物。

「――なぁ才川、お前って」

「――本当に男なのか?」

沙癒に対し、邪な感情を抱いている者だ。

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