1章 ヒロインは男の娘
第1話 マイノリティをハートに込めて 前半
この物語はフィクションです。
実際の人物、団体、個人の考えなどとは関係ありません。
だからこそ、この気持ちに嘘なんていらない。
そうじゃなきゃ、神様は恋をする心なんて与えてくれなかったのだから。
■ ■ ■
私立早乙女学院にはとある伝説がある。
それは、屋上で告白を成立させると永遠の愛を手に入れられるというものである。
校舎裏や桜の木の下といった全国的に有名な場所よりも、学院の屋上を告白スポットに指定する学生が多い。
中高一貫校ということもあり、毎週のように学生同士の告白がみられ、その結果多くの愛が実り、そして散る場所でもある。
そして今日、とある人物が学院の屋上で告白をしようとしていた。
夕焼け空も今日の終わりを告げるように、太陽が地平線に沈もうとしている。今日の気温は例年よりも低く、肺にたまった空気を吐き出すと白く濁って空に溶ける。
屋上には落下防止のためにフェンスが張られているが、風よけの役目を果たしておらず凍えてしまうような突風が吹き抜ける。
「わたしと、つきあってください」
寒空の下、溢れんばかりの愛を込めて告白をした。
この学院の中等部の制服は学院指定の白を基調としたブレザーで、その上から分厚いコートを羽織り、首元をマフラーを巻いている。
だが、そんな防寒対策をしてなお、体を震わせるような冷たい風が吹き抜ける。
卒業式が終わり、中等部として登校するのが最後になるこの日。
全ての部活動が休みになった学院にはもう生徒は残っておらず、帰宅していないのは二人だけになる。
まるで、世界中の人間が二人だけになってしまったかのような静けさの中、固唾を呑んで返事を待っている。
愛の告白をしている人物、
白く輝く銀の長髪。碧く透き通った丸い瞳に、シルクのようなきめ細かい肌。
とても小さく小柄な見た目とは対照的に、少し大人びた凛々しい顔つきは、すれ違った誰もが振り向く完全無欠の美少女のようだった。
容姿に関して言えば、沙癒は完璧と言ってもいい。
現に、沙癒に告白をする人間は後を絶たず、幾度となく様々な人間から告白を受けている。
しかし、沙癒はすべての告白を断り、誰とも付き合おうとしなかった。
なぜならば、沙癒には既に想い人がいるのだから。
『この気持ちはきっと恋だ。
私は彼の事を好きになってしまった。
好きなんだと、彼に伝えたかった。
もうこの気持ちは、抑えきれない。』
小さな体に抱えた大きな恋心。
その気持ちを目の前にいる彼に伝えて、緊張の趣きのまま覗き込むように返事を待っている。
「――ダメだ」
しかし、彼はハッキリとその告白を断った。
「俺、お前とは付き合えない」
突き放すように、強めな口調で沙癒の告白を否定する。
「どうして? どうしてつきあえないの?」
長い丈のスカートを両手で握り絞め、肩に力が入る。決して強い力ではないけれど、悔しさが指の先まで込められている。
黒を基調とした高等部の制服を身に着けた彼は、少し困った様子で黒髪の頭を掻いてた。
どう話せばいいだろうか、どんな言葉を選べば傷つかないだろうか。
今の関係を続ける上で、沙癒にいうセリフは何が適切だろうか。
彼が考えるのは、沙癒がどうすれば傷つかないだろうか、と。
「沙癒、お前手が真っ赤じゃないか!」
スカートを握った手はしもやけで赤く腫れ、指先は微かに震えている。
元が白く美しい肌ということもあり痛々しさが際立つ。
そのことに気が付いた彼は沙癒の両手を優しく握り、そのまま大きな両手で覆い包む。
「手、あったかい」
白い息を吐いて、にんまりとやわらかい笑顔を浮かべる。
体格の違いから生まれる身長差、それにより生まれる上目遣い。
その破壊力はすさまじく、思わず彼は頬を赤らめてしまう。
そう、彼は決して沙癒の事が嫌いではない。
むしろ、好きといっても差し支えない。
痛いことや辛い出来事には無縁であってほしい。
温かく、清らかな毎日を過ごし、一生幸せでいてほしいと願っている。
それを叶えられるのであれば、彼はどんな犠牲でも払うだろう。
「でも、やっぱり、俺はお前とは付き合えない」
「どうして、どうしてダメなの?」
出来るのであれば、沙癒の隣でその役目を担い誰よりも大切にしたい。
他人に沙癒を取られるなんて、考えたくもない。
「……それは、お前は俺の大切な――」
涙で潤んだ眼を見ると、彼は罪悪感で心がいっぱいになる。
それでも、彼は告白を受けるわけにはいかない。
その理由は――。
「――俺の弟だからだよ!」
……弟。
……そう、彼は男なのだ。
聞き惚れてしまうような甘い声。
可愛らしく、
そして、誰もが振り向くような可憐な美貌。
そんな完全無欠の存在である才川沙癒は、今をときめく
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