人気商品「わかって君」(短編)

藻ノかたり

人気商品「わかって君」(短編)

「いやー、オレってば運がいいなぁ。っていうか、持つべきものは良き先輩って事ですよね。本当なら3年待ちの商品を、手に入れる事が出来るなんて」


科学デパート横浜支店オープン前日。このデパートの一室に呼び出された大学生のツヨシは、幸運にも「思考ダイレクト表現機・わかって君」を手に入れた。


たまたま、彼の大学のOBアカギが、科学デパートの売り場統括責任者を任されていて、そのコネで超人気商品「わかって君」を手に入れる事が出来たのだ。


この頭にかぶる商品、空前の大ヒットとなっている。効能はというと、メーカーの宣伝によれば次のようなものだ。


"現代に生きる人々の多くは、言いたい事も言えず、じっと我慢をしている事が大変多いものです。今まではそれが忍耐の美徳とされてきましたが、グローバル化が進む現代、それではいけません。


この商品、わかって君は、頭にかぶるだけでアナタが言いたくても言えない事を、アナタに喋らせてくれます。脳を刺激し、無意味な我慢をしないよう、脳に命令するのです。


さぁ、言いたいことも言えずに悩んでいるアナタ。わかって君で、新しいコミュニケーションの世界へ飛び出しましょう”


一見、言いたい放題言ってトラブルになりそうな機械だが、自動調整装置が付いていて、円滑なコミュニケーションを妨げるような内容は、喋らないように制御できるのだ。


この商品、まず海外に暮らす日本人の間で人気に火がついた。日本人は内向的で何を考えているのかわからないという、外国人の偏見を、これを使う事により見事に吹き飛ばしたのであった。それ以来、日本国内でも飛ぶように売れ出して、多くの企業がコミュニケーション支援ツールとして活用している。


ツヨシもどちらかと言えば内向的な性格だったので、就職活動をしている現在、この機械を手に入れたかったのだが、特別なコネでもない限り手に入らないほどの人気ぶりに、半ば諦めかけていたところだった。


「さぁ、早速かぶってみろよ」


先輩のアカギがすすめる。


「はい、ではお言葉に甘えまして」


機械をかぶったツヨシに、変化はすぐあらわれた。


「あ~、何かとってもいい気持ちです。開放感とでも言うのでしょうか、これは……」


普段はあまり喋らないツヨシが、だんだん饒舌になっていく。


「先輩がOBとして時々大学に来てた時には、高慢ちきで嫌な先輩だと思っていましたけど、突然電話をしてきてこれを売ってくれると言った時には、悪い冗談かと思いましたよ」


ツヨシは、まくしたてるように続けた。


「いや、ほんと。仲間内でもアカギ先輩の事は、親の七光りで科学デパートでいいポストに着いたって、もっぱらの噂でしたからね。で、それをカサにきて自慢話のオンパレード。ホントに嫌な奴ですよね、先輩って」


自分の喋った内容に驚き、急いで弁解をするツヨシ。


「あ、あの、先輩。今のは決して……!」


慌てふためくツヨシ。しかしアカギは、ニッコリ笑いながらこう言った。


「いや、いいんだ。実は明日のオープンで予約販売する「わかって君」の中に、不良品がある事が判明してね。それは肝心の自動調整装置がおかしくて、本当に本音をぶちまけてしまうらしいんだよ。だけど、どのコンテナに積まれてきた商品に問題があるのか、いまひとつ不明だったんだ」


みるみる青くなっていくツヨシを見下すように、アカギが続ける。


「で、工場に送り返している時間は無いんで、オレの事を良く思っていない、オマエみたいな連中を複数集めて実験したってわけさ。おかげで問題のコンテナがわかったよ。あ、それ不良品だけど、よかったら持って帰ってくれ」


アカギは携帯電話で商品部と連絡をとりながら歩き始めたが、振り返ってツヨシに言った。


「あぁ、おまえ科学デパートにも就職の書類送ってたよな。オレ、人事の責任者とも仲がいいんだ。まぁ、結果がどうなるかは、もう わかってるだろ。時間をムダに使わないようにな」


嘲笑するアカギの言葉に、ツヨシの顔が真っ赤に染まっていく。


「ふざけやがって……、殺してやる!!」


テーブルにあった重そうなガラスの灰皿を手に取って、アカギに向い突進する彼の頭の上に、もう「わかって君」は存在しなかった。

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人気商品「わかって君」(短編) 藻ノかたり @monokatari

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