雨神さま(短編)

藻ノかたり

雨神さま

昔々、どこかの村でのお話。


ある年の夏。その地方では日照りが続き、どこの村でも農作物は大きな被害に見舞われました。これでは年貢を納める事が出来ません。そのため、この村の人達も大変困っておりました。


「村の衆。知っての通り、このままでは年貢どころか、ワシらの食い扶持も手に入らねぇ。どうしたもんか」


村の守り神、雨神さまの”ほこら”の前で、村長が重い口を開きます。


「どうしたもんかと言われても、これだけは俺らの努力で何とかなる話ではねぇ。いっそ、村を捨てて雨の降っている土地へ移るってのはどうだ」


ある村人が、応えました。


「いや、若いもんはそれでえぇ。だが年寄りや子供はそうはいくめぇ。他の土地へ着く前に、野垂れ死にしちまうのが関の山だで」


五人の子供を抱える、別の村人が異を唱えます。


「じゃぁ、どうすんだ」


その場にいた大勢の村人が、それぞれの思いを口にしましたが、どうにもこうにも意見がまとまりません。


「……もう、雨神さまにお願いするしかあんめぇ」


村で一番信心深い青年が、最後に口を開きました。


「だが、雨神さまにお頼み申すには、祈祷師を雇わなくちゃなんねぇぞ。そんな金、どこにあるだ?」


今度は村の若頭が、不機嫌そうに異を唱えます。


「金ならあるでねぇか。みんなで貯めた金がよ。祈祷師に頼むくらいは十分あるだよ」


青年は、引き下がりません。


「あれはダメだ。もっともっと、本当にこのまま飢饉になった時、最後の命綱として取っておかねばの」


村長が、若頭の応援にまわります。


でも、これには秘密がありました。本当のところ、村長は皆から預かったお金を自らの借金を返す為、殆ど使ってしまっていたのでした。もしこの事実が露見すれば、村長と言えども村八分にされてしまいます。


「じゃぁ、どうすんだ」


カンカンガクガク、議論は堂々巡りを始めました。皆、自説を譲らず収拾が尽きません。


「祈祷師”もどき”に頼むってのはどうだべ?」


ある村人が、提案します。


祈祷師もどきとは、祈祷師の所作を見よう見まねで行うニセ者の事でした。ただ、料金は格安です。お金を惜しむ人達が、形ばかりの祈祷を望む時に重宝がられ、結構な需要がありました。


「それはダメだ。雨神さまを騙す事になる。とんでもねぇ話だ」


青年が、反対します。


「そりゃ、そうかも知れん。だが、雨神さまが必ず願いを聞き入れてくださる保証はねぇ。そん時の事を考えねばなんねぇぞ」


村長は、悪事がばれないように必死です。


正直なところ、皆、雨神さまを全く信じていないわけではありませんでしたが、昔に比べれば明らかに信仰心は薄れていました。


「そうだ。村長の言う通りだ。雨神さまに全部を託す事は出来ねぇ。なぁに、雨神さまは心の広い神さまだ。ちょっとの事には、目をつぶって下さるにちげぇねぇ」


今度は若頭が村長を援護します。実は若頭も村長の横領に一枚かんでいて、それがばれると大変な事になるのでした。


「どうだ、みんな?」


村人はそれぞれ顔を見合わせましたが、やっぱりお金は惜しいと思っていました。


「さんせい……、さんせい!」


どこからともなく、賛同の声が上がります。


「さんせい、さんせい!」「さんせい!さんせい!」


皆がそれに続きました。


「はんたい、はんたい!」


青年は、必死になって抵抗します。


しかし他の村人たちは、青年を責めたてるように大合唱を始めました。


「さんせい!さんせい!」「さんせい!さんせい!」


青年は、うつむくしかありませんでした。



「雨よ、降れ!」


早速、インチキ祈祷師が呼ばれ、雨神さまのほこらの前で祈りが捧げられます。青年は最後まで村人を説得してまわりましたが叶わず、かえって後ろめたさを感じている彼らに疎まれるようになりました。


そんな村に絶望した青年は、一人故郷を去りました。


それから幾日か後、空からポツリポツリと天の恵みが降りはじめました。


「おぉ、雨神さまが願いを聞いて下さった。これで村は大丈夫だ!」


ここ数日の間、戦々恐々とした思いでいた村長は、ここぞとばかりに喧伝します。村人たちも大喜びです。そして村を出て行った青年の事を、口々に「馬鹿な奴だ」と罵りました。


ところが不思議な事が起こります。


雨が降っているにもかかわらず、作物は育つ気配を一向に見せません。それどころか、どんどん枯れ始めたのです。こんな事は今まで一度もありませんでした。


そして、変化は村人たちにも表れます。彼らは揃って体調を崩し、体の弱い者や老人の中には死に到る者も出始めます。


皆、心のどこかで”雨神さまの祟りではないのか……”と考えたものの、罪の意識から誰も口には出しません。


状況はいよいよ酷いものとなり、移住の話が再び出始めましたが、悪事の発覚を恐れた村長と若頭は、僅かに残ったお金を携えて村を出奔しました。


村人が真実を知った時には、既に後の祭り。自らの愚を後悔しながら、皆、ほどなく死に絶え、村はなくなりました。村長と若頭が逃げる途中、野盗に襲われ殺された事など知る由もなく……。


一方、村を出た青年は他の土地でとある女性と夫婦になり、末永く幸せに暮らしたという事です。


めでたし、めでたし。



え? なんで作物が枯れたり、村人が体調を崩したかですって?


それはほこらの中で、村人たちの「さんせい、さんせい」の大合唱を聞いていた雨神さまが、これは許せぬとお怒りになり「さんせいう」もとい「酸性雨」を降らせたからでした。


雨神さまも、洒落た事をなさいますね。

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雨神さま(短編) 藻ノかたり @monokatari

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