第10話 世界が変わった瞬間2

 次の日曜日、雪子はまた正太郎の部屋で勉強していた。

「……あの、正太郎さん」

「何だ?」

「この前の大島明美さんの墓参り、ただ正太郎さんのお母様の親友の墓参りをしただけとは思えなかったんですけど……事情を聞いてもいいですか」

 しばらくの沈黙の後、正太郎が話し始めた。

「あの人は……明美さんは、俺の本当の母親なんだ」

雪子は、目を見開いた。


 明美は、自由奔放な性格で、女学校を卒業した後喫茶店で働いていた。そして十九歳の時、妊娠している事が判明した。相手は妻子持ちだった為、結婚する事が出来ず、一人で産む事にした。しかし、経済的に一人で育てる事が出来ず、生まれた正太郎を既に結婚していた聡子の養子にする事にした。


「正太郎さんは、自分が養子だった事を知っていたんですか?」

「十五歳の時に知った。本当の母親が誰かまでは知らなかったが」

「……でも、よく明美さんが母親だとわかりましたね。お母様……聡子さんは、何も教えていなかったんでしょう?」

「写真に写っていた明美さんが、俺に似ていたからな。それに、わざわざ俺を墓参りに誘うなんて不自然だ」


 それと、もう一つ明美を母親だと思った理由がある。女学校を卒業した後で撮った写真や、正太郎が生まれた後で撮った写真では、明美はオシャレな服装をしていて、ハイヒールを履いていた。

 しかし、正太郎が生まれる少し前の時期だけ、明美はヒールの低い靴を履いていた。服装を工夫して大きなお腹を隠していたようだが、転ぶ事を恐れて靴には気を付けていたのだろう。


「……明美さんは、俺が十二歳の時に亡くなったそうだが、最後まで『正太郎の事を頼みます』と母に言っていたそうだ」

正太郎は、そう言って静かに微笑んだ。


「あの、もう一つ、気になっている事があるんですけど……」

雪子が話を続けた。

「何だ?」

「聡子さんは、どうして私も墓参りに誘ったんでしょう?」

「あー、それは……将来に向けてと言うか、何と言うか……」


 正太郎が、頭を掻きながら言った。珍しく歯切れが悪い。しばらくの沈黙の後、正太郎は溜息を吐いて口を開いた。

「雪子」

「はい」

「まぜ前提としてなんだが……俺はお前に惚れている」

「はい?」

つい聞き返してしまった。信じられなかったが、正太郎の真剣な表情を見ると、冗談とは思えない。


「俺がお前に惚れてるのを母は知っていたからな。俺が将来お前と結婚する事を考えているのなら、色々と交流を持った方が良いと思ったんだろう」

「……私、正太郎さんに惚れられるような事しましたっけ?」

「お前は覚えてないだろうな」


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