できもの(短編)

藻ノかたり

できもの

青年には、体のあちこちに、小さなデキモノがあった。


そのデキモノは、直径五ミリくらいで高さは三ミリくらい。特に痛かったり、かゆかったりするわけではないのだが、ある変わった能力があった。


それは「人の夢を潰す」という能力。


青年は最初、何の気なしにデキモノの一つを潰した。潰した瞬間、どこからか小さな悲鳴が聞こえた気がしたが、彼は空耳だと思った。


翌日、青年はバイト先の同僚が、郷里に帰った事を知る。苦しんでいる人達を助けたくて、医者になるべく大学を目指していたのだが、ついにその夢を諦めたとの事だった。


そう言えば、デキモノを潰した時に聞こえた悲鳴は、そいつの声ではなかったか。


青年は、その夜ふたたびデキモノを潰した。今度も小さな悲鳴。その二日後、住んでいるアパートの大家と出会った折、彼女は嬉しそうにこう言った。


「娘が歌手になる夢を諦めて、家に戻って来てくれたんですよ」


青年はデキモノの能力を確信し、使い方のコツも会得していった。


最初デキモノを潰した時、青年は医師志望だった同僚の事を考えていた。青年はその同僚と一緒に作業をしていたのだが、思いがけず大きなミスをしてしまった。そして、たまたま青年だけが上司の叱責を受けたのだ。


「何でオレだけが」


やり場の無い怒りを覚えた青年は、同僚の顔を思い浮かべながら、ふと目に入った腕のデキモノを悔し紛れに潰したのであった。


次にデキモノを潰した時は、青年は大家の娘の事を考えていた。青年はその娘の事を直接は知らなかったが、以前に写真を見せられていたので、どういう顔かは知っていた。


大家の娘は歌が大変がうまく、貧困に苦しむ国々をまわり、人々に歌で希望を与える事を夢見て奔走していた。しかし一人娘を思う大家の心痛は、はたで見ていても気の毒になるくらい酷かった。


「叶える事なんか出来そうにない夢を追って、人の良い大家さんをこれほどまでに苦しめるなんて……」


大家に大変世話になっていた青年は、またもや怒りの矛先をデキモノに向け、それを潰したのだった。


まず、夢を潰したい者の顔を思い浮かべる。その後、デキモノを潰せば、思い浮かべた人物の夢も潰れる。青年はそれを確かめるべく、テストを繰り返した。デキモノは一つ潰すたびに、すぐに体の他の場所に出現した。


青年は、色々な人の夢を潰していった。最初は、普段青年が嫌な奴だと感じる者の夢だけを潰していたのだが、段々、無差別に他人の夢を潰すようになっていく。


爪に火を灯すように貯めたお金で、念願のマイホームを買おうとしていた隣人の夢。やっとの思いで新製品を世に出そうとした、近所にある町工場の経営者の夢。果ては、弱者を救うための法案を成立させる為に、人生をかけて活動していた政治家の夢……。


青年はそんな善良な夢さえも、次々と潰していった。


「オレは神だ。全ての人間の夢は、オレがコントロールできるんだ」


青年は、人の夢を潰す事に没頭するようになる。デキモノを潰した時、どこからともなく聞こえてくる小さな悲鳴。それを聞く事が、彼にとって至福の悦びとなっていった。


だが青年は、一つ大きな勘違いをしていた。


彼は、自分が一番最初に夢を潰したのは、医師志望の同僚だと思っているのだが、それは違う。


青年が、医師志望の同僚の夢を潰した少し前の事……。


「母ちゃん、大丈夫だよ。オレ頑張ってるからさ。今度の司法試験には必ず受かるよ。うん、わかってるさ、うん、うん」


弁護士を目指し、バイトをしながら勉強している青年は、その夜 田舎の母親と電話で話をしていた。


「そうだよ。オレの夢は弁護士になって、苦しんでいる人達を助けて希望を与える事なんだ。それがオレの”夢”なんだ。そうなった時の晴れやかな自分の顔が、今から目に浮かんでいるよ」


そう言いながら青年は無意識に腕のデキモノを触っていたが、つい話に力が入り、デキモノを潰してしまった。


青年自身の小さな悲鳴がどこからか聞こえてきたが、電話に夢中の彼が その声に気づく事はまるでなかった。

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できもの(短編) 藻ノかたり @monokatari

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