いつか、届く

林風(@hayashifu)

第1話

介護の仕事をしてたことがあります。そのとき、右も、左もわからないぼくに、ひとり、仕事を教えてくれた、利用者さんがいました。

長さんです。

アルツハイマーのかたで、おもしろくもないのに、笑うひとでした。

でも、ぼくには、そのひとが、笑って許してくれている、と理解してたんです。


トイレ介助の仕事を最初、任されました。どうしてよいか、わからなかったのですが、デイルームで「はい、長さん、トイレ行きましょ」と、トイレに誘導すると、長さんは、笑ってました。


なにを笑ってるのかなー?とも思ったんですが、少し、緊張がほぐれました。

トイレに行って、便器に座ると、にやにや笑ってます。

つられ笑いをしてしまいました。

「もー、なに笑ってんすかー」

と言ったんですが、それでも、長さんは、にやにや笑ってました。

それが、ぼくの、最初のトイレ介助の仕事でした。

それで、すごく、その業務の緊張がほぐれたんです。利用者さんを、トイレに誘導するのが、こわくなくなりました。


送迎で、帰り、長さんを家の近くまで送ると、奥さんが迎えにきてました。

これが、長さんの奥さんか。


それから、ことあるごとに、

「長さん、奥さん、きれいっすね!」

とおべんちゃらを言うようになり、長さんは、にやにや笑ってました。


時が経つと、長さんの認知症がすすみ、便器のそとで、便をするようになりました。

それでも、ぼくは、

「もー、長さん、どこでしてんすかー」

と、ぼくも、にやにやしながら、便を掃除してました。

長さんも、にやにやをやめず、男が二人、トイレのなかで、にやにや、にやにや。


こんな風に、長さんは、奥さんが失敗しても、笑って許してた、やさしいひとだったにちがいない!そんな、長さんに、ほろり、奥さんはきたんだろう。

勝手な想像をしていました。


ある日、申し送りで、「誤嚥性肺炎で、利用終了です」と、知らされました。

涙は、出ませんでした。長さんがどこかで笑ってる。長さんの笑顔しか浮かびませんでした。


負けないように笑う。そのことを長さんは、教えてくれたんだな。

そんな理解を勝手にしましたが、その、仕事を教えてくれた、感謝の気持ち、いつか、届く!そんな、予測がしてたまりません。



いつか、いつか、感謝の気持ちが長さんまで、届け!そう、こころで、決着をつけています。

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