昼の部 三杯目

       昼の部 三杯目

   

  

 美玲は今日も学校帰りに一人で来店した。

 いつものようにカウンター席に座ると、裏メニューを注文した。

 

「今日はブレンドのアイスコーヒーをお願いします」

 

「おう」

 

駆は注文を受けてキッチンに背中を丸めて入って行く。それと入れ替わりに神妙な顔つきをした翼が慌てて出てきた。

 

「美玲ちゃん! 良かったあ、無事だね。エドくんは?」

 

「エドですか。そうなんです、今日ちょっと変だったんです」

 

「変? とりあえず無事ってことかな」

 

「無事って何ですか」

 

「あ、ううん。いいのいいの、生きてるならさ!」

 

 どうも噛み合ってないな、と美玲は気になった。大体「生きてる」って何だろうか。

 

「気にしないでいいわ」

 

またいつの間にか宇蘭が翼の横に現れていた。何か愛想笑いをしている。美玲は気になったが、追求はしなかった。それよりも話を聞いてほしい。

 

「まあ、何でも良いですけど」

 

美玲が諦めてくれたので、宇蘭と翼は内心ほっとした。

 丁度その時、駆がブレンドのアイスを持ってきて美玲の前に出した。ようやく相談スタートだ。美玲はコーヒーをストローで啜ってから口を開いた。

 

 

「今日もお昼休みにエドの様子を見に行ったんです。あの、ほらエドは日の光が苦手だから倒れてるといけないと思って。そしたら──……」

 

 

 

 

 ──。


 美玲はお昼休みに毎日エドの様子を見に行っている。彼は身体が弱いため体調を崩していないか心配なのだ。学年が一つ違うために授業中まで見張れない。さらには、わざわざ会いに他学年のクラスまで顔を出すのはネックに感じていた。しかし、自分が守ってやらねばという使命感の方が遥かに強い。

 友達の少ないエドは一人、窓際の席でサンドイッチを食べてるはずだ。今日もそのつもりで様子を見に来た。

 

 しかし今日は違った。

 エドがサンドイッチを食べていない。コンビニで売っているピーチティーのパックにストローを突き刺して飲み、安い菓子パンを一緒に食べていた。いつもはエドの母が作る芸術的なまでの三角形をしたサンドイッチだというのに。どこか「優雅さ」が不足しているように感じた。

 

「ちょっとエドどうしたの」

 

思わず美玲はエドを呼び出すのではなく、自分から教室に入って行ってしまった。一個上の学年の生徒が教室に入れば妙な緊張感が生まれるものだ。しかし、美玲はそれすら感じないほど驚いていた。

 

「何かあったの?」

 

美玲が足を組んで座るエドに聞くと、エドは緊張したようにびくっと肩を震わせ、そして意を決したように顔を向けた。

 

「お、おう。美玲か」

 

「え? 今“おう”って言った?」

 

「な、なんだよ。わ、悪いのかよ。あ、あっちいけ。メシ、食ってンだよ……ぉ」

 

「なにその喋り方」

 

 呆れて目を細めた。何かの影響を受けたのだろうか。そういえば、よく見るとネクタイを緩めに締めてシャツのボタンも二つ開けている。どうやらブレザーを着崩しているようだ。普段は規定通りに着用しているというのに。

 美玲はエドの腕を掴んで引っ張り上げた。

 

「保健室行くよ」

 

「え、なん」

 

「あんたおかしいよ。やっぱり日に当たり過ぎだって、窓際の席変えてもらおうね。少し寝れば良くなると思うよ」

 

「は、離し……。離せ!」

 

なんと、エドは力づくで美玲の腕を振り払った。あまりの驚きで美玲は固まってしまう。意外にも強い力だったからだ。

 そして、「やりすぎた」と顔に書いてあるエドは口をぱくぱくさせていた。

 

「あっそ、ふうん……」

 

 美玲は自分でも分かるほど口が震えていた。怒りもあるが、何か別の嫌な感情が胸に広がったのを感じる。

 

「そういうつもりなら、もういい。勝手にすれば」

 

 とにかく気分が悪かった。

 あんなに強い力で拒絶されたのは初めてだ。腹が立って仕方がないので、美玲はそれっきり何も言わずエドに背を向けて教室を足早に出て行く。

 

 残されたエドはどうしたら良いか分からず、呆然としていた。

 

 

 

 

 ──。


 美玲は語り終え、アイスコーヒーをストローで一気に吸い上げた。また怒りが再熱したらしい。

 

「本当に普段はあんな子じゃないんです。何か悪い影響でも受けたんじゃないかと思って、私また心配なんです」

 

 

 ──翼と宇蘭は二人で駆の腹に拳骨をくらわせた。

 

「痛えよ」

 

「あんたのせいだからねカケル」

 

翼が言うと、美玲は顔を上げた。

 

「え、駆さんと何かあったんですか?」

 

「いいえ、何でもないわ。でもエドさんが何か悩んでいるのは違いないわね」

 

宇蘭は強引に駆から話の意識を逸らした。「夜の部」での話をしても美玲を混乱させてしまうだろうと判断したからだ。

 

「一回、しっかりと話してみたらどうかしら。学校だと他人の目もあるし彼も落ち着かないのかもよ」

 

「そう……ですよね、このままじゃエドの恋の応援どころじゃないですもんね」

 

 美玲はご馳走様でした、と丁寧に挨拶すると席を立った。

 

「私、仲直りしてみます。とりあえずメールして、明日またちゃんと話します」

 

「うん、頑張ってね。美玲ちゃん」

 

翼はカウンターの下で美玲から見えないように駆の太腿を相当な力でつねりながらそう言った。

 

「痛えよ」

 

「え?」

 

「ああ、何でもないの大丈夫」

 

 宇蘭と翼は手を振って美玲を見送った。

 

 

 ただでさえ問題が発生しているというのに。駆にエドを任せたのは失敗だったらしい。





────昼の部 四杯目に続く

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