第二話 「私の月」
昼の部 一杯目
昼の部 一杯目
その日の午後、来店したのは新規顧客。学校帰りの高校生二人だった。
「ここ、恋愛相談やってるんですよね。私たち相談に来たんです」
カウンター席に座ったポニーテールの女子高生はその快活そうな雰囲気に違わない、よく通る声でそう聞いた。ちなみに、その女子高生の隣に座る小柄な男子高校生は緊張したように黙っている。なるほど、翼の印象だとその男子高校生は「可愛い顔しているな」だった。
二人とも制服を着ていて、そのブレザーは見覚えがある。地域でも学力レベルの高い高校、翼にもすぐに身分が分かった。
翼も負けずに元気よく返事をした。
「あいよぅ、裏メニューですね。ワンドリンク制ですがよろしい?」
カウンター裏から黒い革張りのメニュー表を取り、それを高校生たちに差し出す。彼女らはそれに一瞥をくれると、まず女子高生の方がブレンドコーヒーを、男子高校生の方がオレンジジュースを注文した。
「カケル──! ブレンドとオレンジジュース!」
翼が振り返ってキッチンにいる駆へオーダーを伝えると、反対にキッチンから鬱陶しそうな声が返ってきた。
「居酒屋じゃねえんだ、デケェ声出すんじゃねえ」
「こっちの勝手でしょ、さっさと作れば!」
負けじと翼が言い返すのはいつものことだ。しかし、お客にとってはぽかんとするしかない。
いつの間にか翼の隣に現れていた宇蘭が、愛想笑いで彼女らに声をかける。オーナーとしてフォローしなければ。
「ごめんなさいね。この子たち、ちょっと仲良しすぎるのよ」
「はあ、なるほど」
女子高生は突然現れた宇蘭に一瞬だけ驚いた顔をした。その姿がどう見ても子供にしか見えないからだ。しかし、特に指摘することなく愛想笑いを返した。よくできた子だ。宇蘭は感心して、気分良く話を進めることにした。
「私はここのオーナー、宇蘭よ。恋愛相談をやっているわ。あなたたちは?」
宇蘭が簡単な自己紹介を終えて聞くと、彼女らも背筋を少し伸ばした。まずはポニーテールの女子高生から口を開いた。
「私は
その女子高生、白鳥美玲は隣に座る大人しそうな男子高校生を肘でこづいた。渋々と、彼も口を開く。
「エド、です。高校一年です」
男子高校生、“エド”はとても日本人離れした容姿だった。髪は鮮やかな栗色がふわふわとカールしていて、鼻は高く、目は大きい。そして人の手が加えられたかのように完璧な平行的二重瞼。さらにオリーブ色の瞳は異国情緒を感じさせた。どこか浮世離れした白さの肌も作り物めいた雰囲気が出ている。
そして何より、「幼く」見えた。小柄さや童顔さは宇蘭も人のことは言えない、見た目の幼さでいい勝負ができそうである。制服を着ていなければ高校生にはとても見えなかった。
「エドは小学生のころにイギリスから日本に来たんです。私とエドは父同士が友人でして、幼馴染なんです」
美玲がはきはき説明すると、隣にいるエドはこくり、とうなづくだけだった。
丁度、自己紹介を終えたころ。駆が注文されたブレンドコーヒーとオレンジジュースを持ってキッチンから出てきた。
いつものようにスマートに提供が済むと、話を聞いていただけの駆も相談に加わることにした。
「ブレンドとオレンジジュース、どうぞごゆっくり。……で、相談ってのは何を?」
駆が腕を組み、見下ろすようにエドを見たので、彼は縮こまってしまう。美玲はため息をついてから語り出した。
「好きな人ができたんだよね、エド。自分で話さないとだめだよ」
美玲はまるで子供に言い聞かせるかのようにエドに注意した。エドの方もごめん、と呟いて返す。なんとも悲壮感が漂う。
しかし翼は良い意味でも空気の読めないところがあるので、わあっと明るい声で反応するのだった。
「素敵じゃん、エドくん。好きな子できると毎日楽しいよね」
「え、は、はい」
「どんな子?」
グイグイいくな。駆は少し呆れたが、宇蘭も翼と同じで早く話を進めたかったらしい。重ねて質問した。
「同じ学校の子かしら?」
「ま、まあ」
エドが曖昧な返事をすると、今度は美玲が食いついた。
「え、同じ学校の子なの? 私それ聞いてないよ。だったら宇蘭さんたちに迷惑かけないでも私が何とかしてあげるよ」
「あ、や、違くて、同じ学校じゃないよ!」
美玲に詰められると、今度のエドは慌ててしどろもどろだった。
「何か隠しているわね」
口には出さなかったが、宇蘭は既に見抜いていた。
というより怪しすぎる。大方の予測はついているが、まだ泳がせてみることにした。
「まあまあ、白鳥さん。私たちは迷惑だなんて思ってないわ。これは私の趣味みたいなものだし。良ければ相談に乗らせてくれるかしら」
宇蘭は優しく微笑みながら、サービスのクッキーを二人の前へ出した。これは宇蘭が焼いたものだ。
「ありがとうございます。本当にエドははっきりしない子でして」
美玲はエドの背中をぱしん、と一回叩くと、そう言いながら頭を下げた。まるで保護者である。
駆はさすがに居た堪れなくなってきた。それは幼い頃、一分差で先に産まれただけで事あるごとに上から目線でいじめてきた双子の姉、翼への恨みを思い出したからに他ならない。
「エドさん、そう遠慮しなくていいぞ。言いたいことは言って良いんだ」
駆が珍しく優しい言い方をしてみたが、それでもエドは黙って俯いていた。
ついに、美玲は我慢の限界が来る。
「もういいよエド。相談したいって言うから一緒に来たのに、話さないなら私帰るから」
美玲は淹れたて熱々のはずのブレンドコーヒーを一気に飲み干すと、カウンター席から降りてスタスタと歩いて行ってしまう。
エドは慌てて手を伸ばした。
「あ、待って、美玲」
そしてやはりバランスを崩し、椅子から転がり落ちてしまった。
「わあ、大丈夫!」
翼はカウンターの下に消えたエドを助けようと慌てて動き出した。
しかし、その時には既にUターンして店内に戻ってきていた美玲が、エドを助け起こしていた。
「全く、もう。私がいないと何にも出来ないんだから。椅子から落ちるなんて、怪我でもしたらどうするの」
美玲がプリプリしながらエドを引っ張り起こすと、エドの方はえへへ、と笑うだけである。何となく二人のパワーバランスが知れたようだ。
「なあ、大丈夫かよ」
駆は一応声をかけておいた。
すると、美玲はぱっと顔を上げたかと思えば律儀に宇蘭、駆、翼の順番に頭を下げていく。
「本当にごめんなさい、エド、何かよく分からなくて。しっかり相談内容を決めてから、またお世話になるかも知れません。今日は失礼しました」
「え、帰っちゃうの」
宇蘭が言いかけると、美玲は「では」と短く挨拶した。そして名残惜しそうなエドを力づくで引っ張って行ってしまう。
「ほら、帰るよエド。お仕事の邪魔になっちゃう」
そんなことを言いながら、美玲は二人分の料金をカウンターにおき、嵐のようにエドを引っ張って店を出ていった。
従業員三人はぽつんと残された。
「なんだ、今の連中は」
駆が困惑気味にそう言うと、宇蘭はふふん、と鼻を鳴らした。
「駆には難しかったかしらね」
宇蘭はそれだけ行って駆の腰を指先で軽く小突くと、機嫌が良さそうにキッチンに入っていった。
翼も実に愉快という顔で駆に言った。
「まだまだお子様だってさ、カケル」
「俺とお前が生きてる時間は一分しか変わらねえだろ」
何だか妙な高校生に遭遇してしまった。
だが、宇蘭には分かっていた。彼女らはまた「夜の部」にも訪れるだろうということが。
────昼の部 二杯目に続く。
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