夜の部 18:00〜24:00
夜の部 二杯目
(昼の部 二杯目の夜まで時間は遡る……)
夜の部 二杯目
昨日の初回相談に引き続き、口裂け女サキコが宇蘭に言われたとおり“相談”をしにやってきた。昨日と同じカウンターの席に座る。
駆は早速、じっ、とサキコのセーターに包まれた胸元を見てみた。なるほど、確かに立派かもしれない。どこぞの姉とは大違いだ。
「え、なんですか」
サキコは駆の視線に気がつき、胸元を両腕で抱くように隠した。そして警戒心をもって口を真一文字に結ぶ。我に返った駆はすぐに誤魔化すことにした。
「ああ、いや。すみません、初めて会いますよね。俺は駆、ここの店長やってます」
「はあ、そうですか」
「翼の弟です」
「翼さんの弟さん──」
昨晩の初回相談に乗ったのは翼だった。その名前を出し、弟だと告げられたのでサキコはやっと警戒心を解いた。
我ながら何をやっているのか。太一の馬鹿が感染ったのかもしれない。
「サキコさん、こんばんは。うちのカケルが失礼しました」
丁度、翼が厨房から出てきたので駆は内心胸を撫で下ろす。
「翼、サキコさんが来てくださったぞ」
「見りゃ分かるってば、どうせ助平な視線でも送ってたんでしょ」
「客の前だぞ、やめろよ」
「はいはい、二人とも喧嘩しないの」
いつのまにか、オーナーの宇蘭も台に乗りカウンターに出ていた。サキコは宇蘭、駆、翼の三人に出迎えられ、少し緊張した。まさか従業員の三人全員で相談に乗ってくれるつもりなのか。何だか申し訳ない気持ちになってくる。
「あ、本当に、他のお客さんを優先して良いですから、私は今日は帰りますので」
「わあわあ、大丈夫ですよ。呼ばれたら行けば良いので、相談乗らせてください」
翼は慌ててメニュー表を渡した。
サキコも話を聞いてはもらいたいので、とても控えめにちょこんとそれを受け取る。
「あ、えっと。じゃあ、ブレンドコーヒーをアイスでお願いします。あとチキンカレーをください」
サキコが夕飯代わりにフードメニューも頼むと、翼は威勢よく「あいよぅ」と答え、駆に顎で指示を出した。
「ほら、カケル」
「チッ、こき使いやがって」
駆は小声で言うと、背中を丸めて厨房へ入っていく。
そして駆がカウンター裏へ見えなくなると、翼は愛想笑いでサキコに会釈をした。
「ごめんなさいねえ、愛想悪くて。弟には後でキツく言っておきますので」
「いいえ、私、怒ってないですよ。駆さんは面白い方ですよね」
「いやいや、どこが。全然面白くも何ともない男ですよ。あいつ見てるくらいなら、その辺の雑草見てる方が面白いです」
「ふふ、そんなにですか」
翼はサキコと打ち解けてきたようだ。宇蘭は頃合いだな、と話を振ることにした。
「では、サキコさん。昨日の話の続きだけど」
宇蘭ははっきり言おうか迷っていた。アナタの気になる彼はお馬鹿さんですよ、とは言い難い。しかし、決めつけるのは良くないと云うのも分かっていた。決めるのはサキコ自身なのだ。あくまで宇蘭は「相談」に乗っているだけ、結論を出してはいけない。
「やっぱり、このお店のお客さんだったからお話聞けたわよ。もちろん、サキコさんのことは伏せて話を聞いたわ」
宇蘭が言うと、サキコはマスクの下で表情を明るくした。
「本当ですか、彼、なんて言っていましたか。私のどこが、その、良かったのでしょう」
翼と宇蘭は目を見合わせて黙った。そして二人の視線はちらりとサキコの胸元へ。
いや、多分彼は完全に欲望に従っただけですよ、とは言えない。
宇蘭はふと浮かんだアイデアを告げた。
「少なくても、悪い印象は持ってないと思う。だから自分で見てみたら?」
「え、自分で、ですか」
「そうよ。彼は明日の“昼の部”にもまた来るはず。お店に来るのを待ち伏せして、様子見て、そのあと尾けて、自分の目で一日追ってどんな人間か判断してみれば良いんじゃないかしら。人間なら捕まるかもだけど、貴女は妖怪だし、待ち伏せも尾けるのも専門でしょ」
「な、なるほど」
サキコはううむ、と唸っている。
宇蘭の隣で話を聞いていた翼も同感だった。まさか太一が「巨乳好き」だからなのですよ、とはサキコにも失礼で言えたものじゃない。それなら、直接自分の目で見てもらって決めた方が良い。
三人で唸っていると、厨房からチキンカレーとコーヒーの支度を終えた駆が戻ってきた。注文の料理はサキコの前に優しく置かれた。
「くだらないこと言ってんなよ、宇蘭。お前面倒くさくなったんじゃないだろうな」
「違うわよ。会って話すのは良いと思う。でも、実際に人間性を見てからの方が良いでしょ」
その方がサキコの為だ。
太一が私生活もどうしようもない奴なら最初からサキコに接触させない方がいい。自分で見てもらった方が早いのだ。
サキコは意を決したように頷いた。
「はい、私、明日の昼、直接彼を見てみます」
翼も決意を固めたサキコに激励を贈る。
「がんばです、サキコさん。私も明日出勤してますから、上手く誘導しますね」
「はい、よろしくお願いします」
「大丈夫かなあ」
駆は店内を意味もなくぐるりと見渡した。今夜も異形の者どもが楽しくくつろいでいた。
────夜の部 三杯目に続く
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