第13話 山田君と火曜日 終①
朱里がまさかのボンバー発言。
こいつ、何を言って……。
「朱里、それはどういう意味だ。まさか、俺の置かれている状況を知っているのか」
肩を掴んでガックンガックン揺するのだが、冷ややかな吐息しか漏れてこない。
途端にスイッチが入ったように、朱里の目に光が戻る。
「あれ……って、お兄、痛い痛い! あ、待って、うんじゃあこのまま、しよ?」
「しねえよ! そんなことよりさっき呟いた意味を教えてくれ。一体何を隠してるんだ」
はてな、と小首をかしげる朱里だが、そんなことで見逃すはずもない。
絶対喋ってもらうからな。じゃないとこの辺獄を抜け出すことのは不可能だ。
「そっかー。つい本音が出ちゃうもんだよね」
「おい、まさか……お前……」
永久凍土のような巌の眼差しが突き刺さる。
ごまかしはしていたものの、朱里は本性を隠していたようだ。
アジの開きでくぱぁして遊んだり、ウインナーを舐めてたりしていたお馬鹿な子ではない。
「愛されてない子は、その証明がない限り天にたどり着くことは無い。はじめは鬱蒼と茂る森の中。続いて闇へとつながる洞窟。そして二度と引き返せない、一オロボスの川渡し」
「言っていることが意味不明なんだが。朱里、何か変なモン食ったんか? だから食べ物で遊ぶなとあれほど……」
指を振る。小癪な行為だが、なぜか妙に今の朱里には似合っていた。
「愛欲の罪を超え、貪欲の罪に挑む様、勇敢で素敵でしたよ『お兄様』」
ぞくっときた。
そういうスタイルは守備範囲外だと思っていたのだが、いつのアホな義妹に、ゴミでも見るような目で罵られると、こう……なんかよかった。
アカン。そういう場合じゃない。
「朱里、今俺に何が起きてるのか説明できるか? どうしてこうなったんだ」
「それはお兄様が自力でお解きになることを推奨いたしますわ。私は旅の案内人であり、観測者。フフ、お兄様の行く末を案じる可愛い妹ではありませんこと」
ベッドに腰かける朱里は、妙に色っぽい。
間違っても野暮ったい長いスカートのJCが醸し出していい雰囲気ではない。
紺色の学校指定の制服は、今の彼女には幼すぎて見える。
「お兄様、貪欲の罪が何か、ご想像できまして?」
「一つも答えをもらってないんだが、まあいいか……。さぁな、何だろうか。特に誰にもクレクレした覚えはないぞ」
「お兄様のことではありませんよ。そう、この世界はお兄様が与えている救済なのですから」
きゅう……さい?
いやいや、何度もくたばって、爆発して、血反吐ぶちまけてるのは俺ぞ。
そのたびにシェリエル様に助けてもらってるんだが。
今頃目を皿のようにして、俺が生存できるかどうかを祈っているに違いない。
「悪魔は自分のことを素直に教えてはくれません。心強くあれば、その正体がどのようなものか看破できるでしょう」
「スピリチュアル色が強くなってきたな。まあいい、じゃあ朱里をその……観測者ということにしておこう。そのうえで、俺は何をどうすればいいんだ?」
手の甲を口元に当て、クスクスと笑う。あどけなさの中に垣間見える妖艶さが、いっそう俺を強く惹きつけた。
「なあ朱里、全部知っているんだろう。お兄ちゃんに教えてはくれまいか」
「そうですね、火曜日に助けるのは今回で終わりですから、サービスです――そうですね、貪欲なのはお兄様とあの茶色い雌犬、どちらでしょうか」
答えるまでもない。ってか雌犬って……朱里、お兄ちゃん悲しいぞ。
「観測者は問いかけます。どうしてあの娘は頑なに情報を得ようとするのか。闇は光を求めます。お兄様という熾火に虫が群がってくるのは、ある意味必然かと」
「……つまりは、俺が昴が欲しがっている何かを持っているということか。それが何かは分からんが、あいつが盗聴器を仕掛けていたのはそのためだったと」
「ご明察です。スバルさんが欲しがっているナニカ。それこそが火曜日にお兄様が見つけてほしいものなのです」
クリア条件、クリア条件はもの探しか。
昴が喉から手が出そうなほど求めているブツを確保せよってことだな。
「ヒント……くれないかな。いや、物品枠が多すぎて見当もつかん」
「しょうがないお兄様ですね。ふふ、いいでしょう。それはお兄様が持っているものであり、かけがえのない一つのものです」
なんだ。
命? いや、それはないか。
だったら既に水曜日になっていてもおかしくない。
思い出せ、俺は先週をどうやって切り抜けたんだ。出会ったことのある人物は覚えている。だが実際に起きたことをどうしても思い出すことができない。
「ど、で始まるものですよ、お兄様」
いや、それ詰んでるでしょ。
ど……って、おま、それは一つしかないでしょ。
「童貞――」
「独占ですわね」
……。
そう、そうそう! 俺もそうだと思ってた!
「今挑戦的なワードが出てきたように聞こえましたが」
「朱里は今日も可愛いって言ったんだぞ」
「そうでしたか。それは嬉しいですね」
セーフ。余計なことを言ってこじらせるのはよろしくない。
さて、独占と来たか。つまりは俺は一日中昴と一緒にいて、何かを満たしてやればいいのだろうか。
「さて、童貞お兄様。この時間軸はもうすぐ終わると思いますが、次は私のヘルプは期待しないでくださいね」
「いや、待て。終わるってどういうことだ」
朱里は指で窓の外を示す。
「んっ? あ……ちょ、おい……嘘だろ……」
昴がいた。
さかさまに窓から顔をのぞかせ、口を三日月のように歪ませている。
朱里は無言で窓を開き、リッカー(褐色)を迎え入れた。
いや、入れるなって。
「や、やあ昴。元気か」
「えへ、へへへ。心配してくれたんですかぁ、先輩。私もすっごくすっごく心配でしたよ!」
怖い怖い怖い。
こいつのトロ顔やべえって。
もう目が深海魚みたいなことになってんよ。
「先輩、これは罰ですよ。可愛い後輩のお仕置きですから、甘んじて受けてくださいね」
「わぶっ!」
ベッドに押し倒され、すさまじい力で押さえつけられる。
もがっ!?
口に何かを捻じ込まれた。
「汗いっぱいかいちゃいました。どうですか、美味しいですか?」
体が痙攣する。口の中の物質が何か知ってはいけない。脳にイメージが固定された瞬間、間違いなく死ぬ。
(息ができん、昴ー--っ! これを取ってくれ!!)
「ふふ、先輩のえっち。気に入ってくれましたね」
そういって昴は、スパッツをはいていたはずのスカートをたくし上げた。
広がる肌色の雪原は、まだ汚れを知らないのだろう。滑らかなシルクのように、沁み一つない丸みがあった。
「見せちゃった」
目に昴の下半身が移り、電気信号がのうに映像として示される。
ナイチンガール。
不条理な現実を受け入れた俺の身体は、末端から粉末のようになって散っていく。
「あばばばばばばばば……」
あっあっあっ、ちょっとこれは痛すぎる。
手ごねハンバーグよりひでえぞ、このミンチ具合は。
見れば天国、そのあと地獄。
またシェリエル様のヒットポイントが削れるんですね。
クソ、この殺意高いワンコは、次こそ完全に始末してくれる。
俺はもう何度目かの火曜日を、昴のエスコートに費やすと決めた。
あ、もちろん死なないように細心の努力はするよ!
ハンバーグセットはもう二度とごめんだからな。
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