仕事始め

第19話 仕事始め

 四日は仕事始めである。あまり出社したくないのだけど、若手はいろいろと準備があるわけで、特別な事情がない限り顔を出さねばならない。

 今年は新年早々に災害があったために帰省から戻れない社員もおり、彼らの分の仕事も引き受けねばならないからなおさら休めないのだった。


「今夜は遅いのかい?」


 仕事の準備をしている私に、彼は尋ねてきた。

 こうしてスケジュールの確認をするのはいつものことである。彼は家で留守番なので、あらかじめ帰宅の時間を伝えておくと夕食の準備をしてくれる。


「うーん……例年通りなら夕食までには帰りますけど、今年は今年なので」


 ちょっと予測がつかない。今日の仕事は主に新年の抱負を語って終わる感じなのだが、状況が状況なだけになんとも言えない。

 私が曖昧に返すと、彼――神様さんも困ったような顔をした。


「僕が本気を出したら、確実に帰れるようになると思うけど、そういうのは望んでいないんだよね?」

「まあ、そうですね……無事に帰宅できる程度の加護は、ちょっとほしいかも」


 なんとなく嫌な感じがするのだ。他の怪異に遭うことはおそらくないだろうけれど、普通の人間が普通に不幸に見舞われることはある。私が警戒しているのは後者だ。

 私が返せば、神様さんは目を瞬かせた。


「珍しいね。今夜は雪でも降るのかい?」

「それはないと思いますよ。暖冬のとき、この辺は雪が降りやすくはなりますけどね」


 これまで私から彼に力を求めることはほぼなかっただけに、驚かせてしまったようだ。


「ふむ……君が不安に感じるってことは、きっと何かがあるのだろう」


 そう返して、神様さんは私に両手を出した。


「握って? 僕の加護を授けるよ。あと、駅までお迎えに行くね」

「助かります」


 私は素直に神様さんの手を握る。温かくて大きな手は安心感があった。

 たぶん、大丈夫。


「お仕事、頑張ってね」

「はい。明日は代休なのでゆっくりできますからね」

「ふふ。期待してる」

「別にそういうニュアンスをこめたつもりはないんですけど」

「ふふ」


 神様さんは上機嫌だ。ということは、おそらく何も起きずに帰宅できるのだろう。


「お仕事、行ってきます」


 朝の支度を終えて、私は通勤に使っている鞄を手に取ったのだった。


《終わり》

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