姫騎士さんは今日も死にたい
外清内ダク
第1話 死ぬ前に、ちょっと魔王をブッ殺す!
第1話-1 私が君を死なせはしない
追いつめられたナジャは、
ここは、太古に作られた都市遺跡の一角。
月あかりだけが崩れた石壁の隙間からさしこむ、不気味な夜。
息のつまるような静寂ばかりがのさばる聖堂
すぐ隣では、まだ10歳にもならない男の子がひとり、カタカタと小さく震え続けている。
彼の母親は、死んだ。殺された。
この子自身も、もう少しで命を落とすところだった。
それをナジャが強引に引っぱって、どうにかここまで連れてきたのだ。
だが――
『仕事は明るく前向きに!!』
グジャァッ!!
どこか、そう遠くないところから、かん高い叫び声と、気色の悪い破裂音が聞こえてきた。
(来た……)
ナジャは息を飲む。
また誰かやられたのだ。敵に。
魔王がさしむけてきた凶悪な怪物――“ぜんぜん普通の
*
昨夜おそくのことだ。街に、魔王の軍勢が攻めてきたのは。
敵は何匹もの魔獣を引きつれていた。そのおそるべき暴力によって、街の城壁は薄紙のようにやぶられ、守備兵たちは虫けら同然に
街の住人たちは、ただ泣き叫びながら逃げだすしかなかった。
ナジャもその中のひとり。近所の人々が裏山の都市遺跡へと逃げていく、その一団にまぎれて、街を抜け出したのだ。
しかし、追いつかれた。
敵が放った
親を殺された男の子を助けたのは、このときだ。
彼の手を引いて、ナジャは走った。
走り、走り、わき目もふらずにひた走り、ようやくこの遺跡に逃げこんだ。
それなのに――
*
『ひとつ! 大きな声であいさつを!
ひとつ! 今日も明るくプラス思考!』
クソみたいなポジティブ標語をバカでかい声でわめきながら、ズン……ズン……と足音を重く響かせ、確実にこちらへ近づいてくる。
(お願い……来ないで! どっか行って!)
横を見れば、男の子はその場に座りこみ、ひたすらボロボロと涙を落とし続けている。
(ちくしょう。わたしだって泣きたい。
でもっ……)
ナジャは、ひざを曲げて男の子の耳元に口を寄せ、そっと優しくささやいた。
「だいじょうぶ。わたしが守ってあげるからね」
手の中の石を握りしめる。
とたんに闘志がわいてくる。
柱の向こうから、
「ぅッぉあぁーッ!!」
グジャァッ!
(やった!)
と思うと同時に、生物的で根源的な、言いようもない恐怖がナジャの内臓をかき乱した。
“ぜんぜん普通の
体長5メートルあまりの、中年男性のような
そこから生えた手足は全部で6本。
猫のように丸めた背中から、背骨の
そして
『明るく前向きにィー』
うめくような声とともに
憤怒もない、憎悪もない、気色悪いほどに
ナジャは半歩あとずさる。
分かっていた。この程度の攻撃で倒せるような
だからナジャには、やるべきことがある。
「このォッ!」
そうして注意をひいてから、
「こっちだ! 来いっ!」
『心をこめて即対応ォォォーッ!!』
ゴアァッ!
遺跡の石壁を突きやぶり、
虫のように
その姿をチラリと後ろ目にとらえ、ナジャは
(そうだ。来い。追いかけて来い!
あの子から少しでも引き離してやるっ!)
*
追ってくる。柱を倒し、壁を
ナジャは走る。力のかぎり走る。遊歩道の高架を飛びおり、広場の崩れた噴水を踏みこえ、ヒビ割れだらけの大扉に飛びついて、せまい隙間に体をねじこむ。
向こう側へ出るなりすぐさま走る。その直後、
ガゴァ!
ぶ厚い鋼板のブチ破られる音が背中に聞こえ、
『ヒャッ! 悪いのは顧客ではない! 元気な声であいさつ! アッヒャア!』
泣きたい。泣いて立ち止まってしまいたい。
ナジャを突き動かした勇ましい
放っておけばよかった。じっと隠れていればよかった。あんな恐ろしいモンスターに、立ち向かおうなんてバカだった。
ましてや、見ず知らずの子供を助けるために自分が犠牲になろうなんて……
騎士道物語なら、そろそろハンサムな
でもそんな人、来るわけない。
なぜならこれは、現実だ。
立ち止まれば――死ぬ!
涙を目尻にためたまま、ナジャはやみくもに走り回った。
だが劇場遺跡の大ホールに駆けこんだところで、ナジャは突然こおりついた。
逃げ道が、ない。
広いホールの奥は、崩れた石材で完全にふさがれている。
右。左。どちらを向いても、高い壁にさえぎられ、虫一匹ぬけだす隙間も見あたらない。
そして背後からは……
ドォンッ!
柱と壁を踏みわりながら、にゅるり、と巨体が滑りこんでくる。
気さくな笑顔を満面にはりつけた、
『笑顔で応対』
呆然と、ただ呆然と、ナジャは
気持ち悪い。吐きそう。怖い。
なのに肉体は、逃げだすことも震えることも忘れている。ただぼんやりと棒立ちして、怪物が来るのを待っている。
(ほんとに怖いと、人間ってこうなるのか)
「あ。わたし、死ぬんだ……」
見上げるような巨体が、ナジャの前にそそり立つ。
ハンマーにすら似た剛腕が、ナジャの頭に叩き込まれた……
……かに思われた、
そのとき!
ギィィィィィィィインッ!!
耳をつんざく轟音とともに、
『アギャッ……』
悲鳴をあげてのけぞる
その暴力からナジャをかばうように、女が、りりしく立ちはだかる。
ナジャは呆然と彼女を見上げた。
ゆるりと弧をえがく猫背ぎみの長身。
荒れてボロボロになった
使いこんで
左手には黒く輝く光鱗竜の盾。
右手には淡い青光をまとう抜き身の魔剣。
どこか気品を感じさせるたたずまいは、さながら絵物語から抜け出た姫君のよう。
姫にして騎士――
彼女は、そう、まさに姫騎士。
「大丈夫」
姫騎士が、ちら、とナジャに視線をくれた。
「私が君を死なせはしない」
ダンッ!!
床を踏み割り姫騎士が走る!
肉迫までミリ秒。うめく
ゴッ!!
爆音。
だがまだ
が。
「
姫騎士は風のように跳躍。敵の3連パンチを軽く飛びこえ、
「
と縦一文字に打ちおろす!
バッギィッ!
その一撃で
傷口から吹き出た鮮血が、姫騎士の顔を斜めに染めあげる。
その戦いにナジャは――見とれた。
初めて見る本物の戦い、殺しあい。
ひどく
「きれい……」
な物に見えていたのだ。
――と。
背中じゅうで肉がもりあがり、ふくらみ、のびて、何本もの触手を形づくりはじめたのだ。
触手それぞれの先端には、竜の大アゴを思わせる口がひらき、そこから凶悪な牙が針山のようにはえてくる。
いまや
無限に再生し、無限に変態しつづける怪物、“ぜんぜん普通の
その正体は、魔王の呪いによって変身させられた
過度のストレスで精神を破壊され、他人に同じストレスを押し付けることでしか自我を保てなくなった、哀れな犠牲者なのである。
もう、人間に戻すことは……できない。
だから、
「私の手で終わらせてやる」
姫騎士のつぶやきにこたえるように、
斧槍にも似た無数の触手が、嵐のごとく周囲を無差別に
この猛攻を、姫騎士はたくみな足さばきでくぐりぬけ、その勢いでふたたび
魔剣の切っ先を
『ひドォォォッ!?』
触手の先の口という口から、いっせいに絶叫をほとばしらせる
『明るる前向きぢれれ!
元気なあいさ! 声!』
しかしその攻撃は、姫騎士の舞うような身のこなしに全てかわされ、ただのひとつも当たらない。
と、そのとき、姫騎士からそれた触手の一本が、遺跡の石柱をブチくだいた。
勢いよく飛び散るガレキ。その飛んでいく先に、無防備なナジャの姿がある。
「うわ!?」
あわてて逃げだすナジャ。だがとても間にあわない!
「く!」
姫騎士はとっさに
ナジャの前に着地し、我が身を盾とする姫騎士。
「さがって」
「あっ、はい!」
逃げるナジャ。彼女をまきぞえにしないために、姫騎士は前進。みずからオトリとなって
そこへ、
『
「
気合一声、姫騎士は天高く
『ヴゥッ……』
空中から見おろす姫騎士の目には、熱い涙が浮かんでいる。
「わかるよ。つらいな。苦しいな」
彼女の中にあるものは、暴走する
「でも」
姫騎士はクルリと空中で反転。天井に足をつき、ひざを曲げて力をためて、
「
ダッァッ!!
天井
「ィイ
轟!!
切っ先が
*
光が、遺跡の中にさしこんでくる。
どうやら夜が明けたらしい。
ナジャは、つみかさなったガレキの下から、
「ぶはあーっ!」
と砂ぼこりを吹き上げ、はい出した。
見回せば、劇場遺跡の中はもうメチャクチャである。
柱はほとんどが砕けちり、石壁には大きな亀裂が無数に走り、天井からは今もバラバラとガレキが落ちてきている。
その遺跡の中央で、じっと、立ちつくしている人影がある。
姫騎士。
姫騎士は、グジュグジュに溶けゆく
「あの……騎士様。ありがとうございます、助けてくれて……」
と、ナジャが数歩あゆみ寄ったところで、ガクッ! と姫騎士が姿勢を崩した。
姫騎士は膝立ちになり、腰の
その
「し……死ぃっ……死んでやるゥーッ!!」
いきなり自殺をはかる姫騎士!
「え!? ちょ!? なぁー!?」
あまりにも
「ちょちょちょちょ!? なにしてるんすか!?」
「はなしてェ! 死なっ……死なせてよぉぉ!!」
「いやいやいや! 待って、ちょっと、落ち、つい、てっ!!
こ……のぉッ!」
ナジャは、力ずくで姫騎士からナイフをむしり取り、手の届かないところへ投げ捨てた。
すると、とたんに姫騎士はへたりこみ、ぽろっ、ぼろっ、と涙をこぼしはじめる。
「ごめん……ごめんなさい。ごめんね……」
しきりに謝る姫騎士に、ナジャは困惑した。
「えっ? なに? なにが?」
「君に怖い思いをさせちゃった……
もっと早く助けに来たかった……
でも道に迷って……探すのに時間かかって……
私はダメだ……
役立たずだ……
クソ虫だっ……
私なんかっ……死んだほうがいいんだあああ〜っ!!」
「は? え?
……はあああぁぁぁ〜っ?」
戦闘中とはまるで別人。
あんまりといえばあんまりな
*
どこにでもいるポジティブ少女、ナジャ。
一騎当千の
のちに世界を救うことになる2人の……
これが、出会いだったのだ。
(つづく)
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