第6話〜第10話 【始点】
3月10日。
今日は特に行事もなければ、部活もない。
強いて言うなら、来週に3年の先輩の卒業式があるくらいだ。
それでも僕は学校へ登校する。
これではまるでイジメられるために学校に行くようだ。
まあ...実際そうなのだけれど...。
僕は伊岐たちに宿題を渡す、ただそれだけのために登校する。
そんな考えたくもないことを考えながら駅から学校への道を歩いていると...
「...ん?こんな道あったっけ...?」
いつも下の方を向きながら歩いている僕でも気づくような裏路地があった。
僕は路地の中へと進みながら、いつもの風景を思い出す。
「ああ、そっか。ここ、前まで工事してたわ。」
昨日,一昨日の土日で片付け終えたのだろう。
それにしても汚い。
片付け終えたその日のうちにヤンキーの溜まり場になったのではないかと思うくらいには汚い。
路地の突き当たりに近づくと小さな人影が2つ...そして
「おいおいマジかよ...」
その2人の子供はボロボロの服を着ながら屈んで泣いていた。
めんどくさそう...と思いつつも引き返さずに話しかけてみる。
「おい、大丈夫か?」
そう聞いても、2人はずっと泣いている。
はぁ、仕方ない。
「これ、やるよ。」
と言いながら僕は、財布から一万円札を取り出し、渡す。
2人は札を見た途端泣くのをやめて、そっとそれを受け取った。
2人は無言で一礼して路地から走って逃げて行く。
僕はゲームの大会で得た賞金である程度裕福になった。
見ず知らずの子供に万札を渡せるほどには...。
それに、あの2人はきっと親に捨てられた孤児だろう。
どの道、見捨てるわけにはいかない。
僕は路地を出て、学校へ向かった。
教室へ着くと、もうすでに伊岐たちがいた。
伊岐は、こっちへ来るや否や
「よお、陰立クン。例のブツは?」
と聞いてくる。
僕は、
「はい、これ」
と言いながらいつも通り宿題を手渡す。
伊岐たちは満足げに自分たちの席に戻った。
今日はやけにおとなしいな...?
僕はそう考えながら読みかけの本を開く。
それを読もうとすると...
「ショートホームルーム始めるぞー。全員席につけー。」
と言いながら担任の香角先生が教室に入ってくる。
もうそんな時間か...。
欠席者を確認した後、香角先生は連絡事項を読み上げる。
「えっと...今日の連絡は...卒業式と
まず、卒業式について...一年生は参加を認められていないため、先輩のお誘いがあっても参加しないように。
次はDTW。卒業式後つまり再来週は、例年通り一週間かけて学校内のデータ全てを整理する。生徒は月火水の3日間だけ登校し、3日目に終業式を行い春季休暇に入る。DTWの間は入学時に配布された
なが...。
僕だけじゃなくクラス全員がそう思っただろう。
香角先生は数学教師で文系とは縁がないため、要約せず文はそのまま読むことがほとんどだ。
というか、何かを要約しているところを見たことがない。
「以上が連絡事項だが、何か質問はあるか?」
と先生が聞いたが、教室内は静かなまま。
「ないようなら、これでショートホームルームは終わりにするぞー。一限目は数学だから理数棟のS31教室に行くように。それじゃ解散!」
と先生は僕たちの思考を置き去りにして、教室を出て行ってしまった。
教室内は静けさに包まれた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
静けさに包まれたまま終わったSHRの後、僕はS31教室に向かう。
僕のクラスの数学担当教師は香角先生だ。
定時の神と呼ばれたり、要約が全然できなかったりする彼でも、数学の才能だけは誰にも負けない。
この学校の生徒の入試における数学の得点率は彼にかかっていると言っても過言ではない。
それだけ彼は生徒からも学校からも期待されている。
教室に着くともうすでに香角先生が黒板に文字を書いていた。
香角先生の授業は進むのが早い。
1年の3月にはもう2年の内容をやるくらい早い。
それでも誰1人として授業についていけない人がいないのだから驚きだ。
「それじゃあ、授業始めるぞー。」
香角先生がそう言い、一限目の数学の授業が始まった。
いつも数学の授業は100分あるとは思えないくらい早く感じる。
「今日は、ここまでかな...。次は、言語文化だから文学棟のL23教室だな。それじゃ、解散!」
香角先生がそう言うと、クラスメイトはそれぞれ休憩時間に入った。
授業の合間の休憩時間は20分。
少し長いが、この時間で仮眠を取れるからありがたい。
僕はS31教室を出て、L23教室へ向かう。
この高校では教科書・ノートの代わりに、1人2枚のタブレットが全生徒に配られる。
どの授業でもタブレット2枚とタッチペン1本だけを持ち歩けばいいのでメチャクチャ便利だ。
また、生徒は全員
それを使えば学校電子図書館からさまざまな本を借りることなどができる。
それくらいこの高校は電子化が進んでおり、データ整理のためのDTWも必要不可欠になってくるのだ。
僕はL23教室に着くと、机に突っ伏す。
昨日、伊岐たちの分の宿題をやってたのもあり、とても眠い。
少しして、女性の教師が入ってきて、
「それじゃあ、言語文化の授業を始めます。」
と言った。
女性の教師...
実は僕の所属する演劇部の副顧問でもある。
言語文化はもう1年の内容を終えて、1年でも解ける入試問題をひたすら解いてる。
正直自分は、こういう作業に近い授業の方がハマりやすい。
特に、100分授業だと...。
二限目の授業が終わると、次は昼食だ。
僕は食堂へ向かう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
食堂へ着く。
僕は注文カウンターへ行き、注文をする。
「B定食で。」
と言いながら、SCと500円玉を出す。
「100円のお返しです。」
と受付の人が渡してきたお金と食券を受け取り、奥へ進む。
B定食の列に並んで少し待つ。
この食堂は、毎日A・B・Cの3つの定食がある。
A定食は運動部向けに作られた豪快な料理が多い。
B定食は普通の人が食べるような量で作られる。
C定食は小食の人向けに作られた量が少なめの定食だ。
ほとんどの生徒はB定食を選ぶ。
A定食は600円,B定食は500円,C定食は300円である。
正直、潰れないか心配になるくらい安い。
さらに、食堂を半年以上使っているとSCを出すことで20%割引にしてくれる。
400円で昼食を食べられるのはマジでありがたい。
受け取りカウンターに着き、食券を渡すとすぐに定食が出てきた。
今日の主菜は唐揚げ。
3年生の食堂利用可能日が今日で最後だからと言う理由から今日のメニューは人気No.1の唐揚げになったらしい。
定食を受け取り、空いてる席に向かおうとすると
「あっ。常立君じゃん。」
と後ろから声をかけられた。
後ろを向くと、宇地原先輩がいた。
「常立君って誰かと一緒に食べる約束とかしてる?」
「いや...特にしてませんが...。」
「じゃあ、お互い1人で寂しいってわけだ。一緒に食べない?」
先輩は畳み掛けるように質問してきた。
「僕は全然いいですよ。」
と答えると、
「よし!じゃあ席とってあるからおいで。」
と先輩は歩き出した。
僕は先輩についていく。
そういえば、先輩と一緒に食べるのって初めてだな...。
「なんだ...これは...」
席に着くと僕は驚いた...なんてレベルじゃない。
先輩が案内してくれた席には2つのトレーが置いてあった。
どちらのトレーもB定食だ。
「あれ...先輩って1人で寂しいんでしたよね?」
「えっ...まあそうだけど...なんかおかしい?」
「先輩...何がとは言いませんが...気をつけてください。」
僕はそう言い、席に座る。
僕たちが食べ始めてから5分後...
僕は視線を自分のトレーから先輩のトレーへと移す。
「嘘だろ...」
僕は二度見をし、そう言った。
なんと先輩はもう2つのトレーの上の料理を食べ終えていたのだ。
早食いの大会に出て余裕で優勝できるレベルだぞ...これ。
たしかにこれだけ早く食べ終えてしまうのならば一緒に食べる人がいなくなるのも合点がいく。
僕は急いでトレーの上の料理を食べる。
「なんか待たせちゃったみたいですみません。」
「いやいや、そもそも常立君誘ったのは僕の方だし...」
「確かに...」
僕と先輩はそう話しながら食器を返却しにいく。
「じゃあ、またね常立君!」
食器を返却すると、先輩はそう言って去っていった。
それにしてもあんなに食べても苦しそうな顔をしないあの人の胃袋は一体どうなっているんだ...?
僕はそれだけが不思議で仕方なかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
国立天ヶ原高等学校の昼休みは2時間もある。
そんなに休み時間があって何をするんだと思うが、大体の生徒は自習室で勉強する。
そんな大体の生徒にならい、僕も食堂から自習室へ向かう。
日の当たらない少し薄暗い廊下を歩いていると誰かに肩を叩かれる。
僕は無意識に後ろを振り返る。
後ろを振り向いた途端思考が停止する。
目に入ってくる情報が何かで阻害される。
ようやく思考ができるようになると同時に腹部に重い痛みを感じる。
僕の後ろには悪魔のようにニヤニヤしている伊岐と伊美がいた。
僕は2人を睨みつける。
だが、できてその程度。
僕は手も足も口も動かせなかった。
伊岐が手を振り上げた瞬間、僕の意識はプツンと途切れた。
風を感じる。
ここは外か...。
目を開けて周りを見る。
僕は校舎の壁を背に寄りかかっていた。
右足の近くには財布が落ちている。
嫌な予感がする...。
そんな嫌な予感は見事的中。
財布の中の現金はほぼ全て抜き取られていた。
まあ、金なんていくらでもあるからどうだっていい。
ただ誰かに暴力を振られたという事実は正直ショックだ。
僕の頬に涙が垂れるのと同時にチャイムが聞こえてくる。
今は何時だろう...。
僕はまた、目を瞑る。
「...く...!...ち君!」
誰かの声が聞こえてくる。
「常立君!」
僕はハッとする。
「先生!?」
「常立君、大丈夫?」
「あっ...まあ...大丈夫...です。」
「本当に?」
「あっ...やっぱ...ダメかも。」
香角先生に詰め寄られて嘘をつこうにもつけなくなった。
「誰にやられたんだ?」
「僕が見た限りは伊岐と伊美の2人でした。でも今思い返すと後ろに他の2人もいたような...。」
「そうか...。」
「まあ...そんなに心配しないでください。現に僕はこのように生きてるので...それにどうせ......」
「...でからじゃ遅い...」
「はい?」
「死んでからじゃ遅いんだよ!!!!」
香角先生が珍しく声を荒げたので僕は黙ってしまった。
「この件はしっかりと上に伝える。もし伝えても対応しなかった場合は...」
普段見ない香角先生の真剣な顔に僕は気圧されてしまった。
「皆殺しにしてまでもこの環境を変えてやる...。」
僕は何も言えなかった。
今まで香角先生は僕へのイジメをなんとか解消しようと努力してくれた。
でも何も変わらないまま、学年末になって僕も香角先生も薄々気づいている。
香角先生は僕の怪我の状況を確認すると僕を保健室へ運ぼうとした。
しかし僕が咄嗟に、
「すみません...少し一人にさせてください...。」
と言うと渋々去って行った。
1時間くらい経っただろうか。
僕はゆっくり立ち上がり、殴られたところをおさえながら校舎の中のトイレへ行く。
鏡を見る。
とても醜かった。
顔は痣まみれで、かけていたメガネのレンズはヒビだらけだ。
あまりの醜さに僕は吐いてしまう。
吐瀉物をそのままにして僕はトイレを出る。
トイレを出たあと、僕は階段を駆け上る。
なぜこんなことをしているのかは分からない。
でも、なぜかこうしないと気が落ち着かない。
階段を上り切ると扉があった。
扉には
『関係者以外立ち入り禁止』
と、もはや入ってくださいと言わんばかりの定型文が書いてあった。
僕は、何故か鍵のかかっていない扉を開けて入る。
扉に入った先は当たり前だが、屋上だった。
僕は柵へ近づく。
屋上の柵は僕でも簡単に越えられるほどの高さだった。
僕はずっと...考え続けていた...。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
僕はずっと...考え続けていた...。
今、僕と伊岐たちの間で起こっているイジメを滅する方法を...。
このイジメによって、香角先生に迷惑をかけているのは火を見るよりも明らかだった。
僕は自分の...いや、香角先生のために、このイジメという病の
でも無理だった...。
一年という月日を要しても、イジメはなくなるどころかみるみる悪化していった。
明日には、香角先生が上にこの件を直接伝えに行くだろう。
彼が本気なら、皆殺しとまではいかなくてもなんらかの反発はするだろう。
そうすれば...彼は確実にクビだ。
僕にはそれを止める術は無かった。
鏡で自らの醜い顔を見るまでは。
自分を見て気づいた。
このイジメという病の
僕は、自分の目の前にある腰程度の低さの柵を掴む。
空を見上げる。
墓石のような鈍色の空はこんな僕を受け入れてくれなさそうだ。
ただ、決心はもうついてる。
僕は柵を跨ぎ、校舎の淵に立つ。
「あとは...一歩......踏み出すだけ...。」
と呟きながら、目を瞑る。
その瞬間、激しい耳鳴りが始まった。
真っ暗だった目の前がいきなり真っ白な光に包まれる。
〜「...よ... ...年よ... 少年よ...」〜
誰だ?
何かが呼びかけてくる。
〜「少年よ...汝の望むままに世界を変えよう...」〜
何を言ってるんだ?
世界を変える?
僕の思うままに?
〜「少年よ...汝の望む世界を述べよ...」〜
なんだ?
コイツは転生の話でもしてるのか?
だとしたら...
「魔力のある世界にしてくれ。それだけが僕の望みだ。」
僕は見えもしない何かに向かってアニメのような理想を語る。
〜「少年よ...汝の望み...聞き届けた...。」〜
その言葉の直後、僕の視界の光は消え失せた。
瞼を開ける。
「...眩しい...。」
僕の目の前には僕に向けたスポットライトのように夕日が輝いていた。
「さてと...」
もう僕が恐れるものは何もない。
転生後は魔力のある世界で波乱万丈な人生を送れるだろう。
僕は遂に、床のない空中へと飛び出す。
地面を見続ける。
1秒後、僕が目を瞑るのと同時に
「ドスンッ」
と鈍い音が鳴り響く。
これは、ある意味では、僕の新たな人生の始まりだった。
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