この世界の廃神様

@_ZAB_

序章 〜《一変》〜

第1話〜第5話 【悪夢】

 憂鬱。

 これほど自分にピッタリな言葉はないだろう。

 自分に合いすぎてそれ以外の言葉を認めたくなくなるほどピッタリだ。

 そんなことを考えていると不思議と『憂鬱』という語に好意を持つようになった。

 その行為も含めて僕...常立 一重トコダチ ヒトエは存在自体が『憂鬱』なのだ。

 朝の通勤・通学の時間にしては恐ろしいほど静かな電車内で僕はこうやって自虐する。

 それだけが通学中...いや、一日の唯一の楽しみだ。

 「次は...天ヶ原...天ヶ原です」と、電車の案内が聞こえる。

 「そろそろか...」と、電車のブレーキ音でかき消されるほどの小さな声量でつぶやく。

 「憂鬱だ...。」

 電車は完全に静止し、僕の声だけが響く。


 国立天ヶ原アマガハラ高等学校

 偏差値70越えのいわゆる進学校ってやつだ。

 横浜の街中にあるこの高校の最寄駅である天ヶ原駅は横浜駅から国営地下鉄の天上テンジョウ線一本で行ける。

 しかし、建設後にバスの方が早いということが発覚してからは生徒のほとんどが使わなくなった。

 それでも僕がこの地下鉄を利用する理由...もちろん静かな方がいいというのもある。

 だが、もう一つ...僕は



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 学校に着き、席に座る。

 教室を一周、見渡す。

 

 「まだ来てないか...」


 と、息を吐くように声に出す。

 

 「誰が来てないって?」

 

 一瞬背筋が凍る。

 だが後ろを振り向くと気が抜けた。

 後ろには不思議そうな顔をした女...豊野 二千花トヨノ ニチカがいた。

 

 「どうしたの?そんな驚いた顔して...」

 「いや...なんでもない...。」

 

 僕はそっけなく応える。

 豊野は

 

 「そっか...なんか...ごめんね」

 

 と言って、自分の席へ向かおうとする。

 僕は豊野には聞こえない程度のため息をつく。

 

 「あっ...そうだ」


 と何かを思い出したように豊野が言う。

 

 「部長が今日も部活やるってさ...。」

 「......分かった...今日も講堂でやるだろ?」


 と一応聞く。

 

 「うんそうだよ...じゃあまたあとでね!」


 と手を振りながら離れていく。

 僕の心の中が少しだけ温まる。

 表ではそっけない態度をとりながら僕は彼女との会話を自身の心を癒すために利用している。

 ただ...それで心の中の傷が完全に癒えることはない。

 これはあくまで、だ。

 

 「原因を絶たなければ...」


 と小声で呟く。

 

 「「原因...ねぇ...。」」

 

 また背筋が凍る...だが今度はさっきとは比べ物にならないほどの悪寒を感じる。

 後ろを振り向くと悪い意味で僕の予感が的中した。

 僕の背後には気持ち悪いほど不敵な笑みを浮かべた2人の男女がいた...。

 

 「よぉ久しぶり...w」

 

 気味の悪い声で男...伊岐 七斗イキ ナナトが言う。

 

 「ちょっと顔暗くなってない?まあ陰立だから当たり前かw」

 嘲るような声で女...伊美 七津木イミ ナツキが言う。

 彼女は続けて


 「宿題はちゃんとしてきてくれたんだろうね?陰立クン」

 

 僕は「......これ...」と言いながらカバンから2人分の宿題を取り出す。

 伊岐は「やるじゃねぇかw」と言いながら僕の手から宿題を奪い取るように受け取る。

 

 「よかったなぁ。これで無能だった陰立クンにも一つ取り柄ができた。」と伊岐が、

 

 「感謝しなさいよ!」と伊美が言う。

 

 その後、2人は満足したようにそれぞれの席につく。

 まもなく朝のSHRショートホームルームが始まる...。



 朝のSHR後、僕は真っ先にトイレに向かい洋式トイレに向かって胃の中のものを全部吐き出した。

 今朝、朝食を抜いてきたからかあまり吐かずに済んだ。

 進学校といってもイジメはごく稀に起こる。

 その典型例が僕だ。

 普通の学校であればイジメを止めようと教師が動く。

 だが、この学校は普通じゃない。

 偏差値がそこそこ高く、しかも国が多くの税金を使って建てた進学校でイジメなんかが起こっていると世間が知ればどうなるか。

 当然、世間から国への信頼はズタボロだ。

 それを避けるため教師はおろか国でさえ僕へのイジメを隠蔽している。

 教師という公務員を含め国は、国民の信頼のためなら1人の犠牲をいとわないクソの集まりだ。

 法律という兵器がなければ僕はイジメっ子を含め皆殺しにしていたであろう。

 それくらい僕の心はズタズタに切り刻まれ、頭の中は『憂鬱』という言葉で埋め尽くされているのだ。

 僕は吐き出した吐瀉物としゃぶつを流し、水道で口をゆすいだ。


 「もうすぐ一限目か...」


 僕はもう、イジメっ子らがつけたあだ名通り『陰』のように生きていくしかない...。

 たとえその選択が、自分を余計に追い詰めるとしても...。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 帰りのSHRが終わると僕はすぐに講堂へ向かった。

 この講堂は本来、学年規模の授業を行うときのみ使うはずだ。

 しかし今は、体育会室が改修工事中のため僕の所属する演劇部は講堂で練習せざるを得ないのだ。

 講堂につくと、豊野と2人の男女の先輩がいた。

 僕が3人に近づくと、男の先輩...宇地原 三令ウチハラ ミレイが、


 「あっ。常立君、お疲れ様!」


 と言ってきた。

 それに続けるように、今度は女の先輩...須田 智三スダ トモミが、


 「ごめんね。今日は部活やらない予定だったんだけど、香角カスミ先生が明日出張でいないらしいから...。」


 と言う。

 僕は、


 「先輩が気にすることではないですよ。僕、ちょうど今日暇でしたし。」


 と憂鬱を悟られないよう優しい声で伝える。

 もちろん、暇だったというのは嘘だ。

 伊岐たちから今日の分の宿題を頼まれているから暇ではない。

 だが、先輩達の頼みを断るのは流石に気が引ける。

 宇地原先輩はこの演劇部の部長、須田先輩は副部長である。

 2人とも僕の一個上で、僕には優しくしてくれる。


 「今日は、終盤の動きの確認と注文しなきゃいけない用具の確認をする!」


 と部長が言う。

 僕たちが今練習しているのは、来年度の4月に行われる大会で演じるものだ。

 内容を簡単に要約すると

 

 〔主人公がこの世界に嫌気がさして自ら命を絶ち、異世界に転生。異世界で王族と仲良くなり、数多の魔物を束ねる王...魔王に転生で得た力を使って立ち向かう!〕

 

 と言うものだ。

 まあ、もっと簡単に言えば


 〔厨二心満載の異世界転生物語!〕


 だ。

 物語の原案は宇地原先輩だ。

 高二でこの内容の物語を1ミリも恥ずかしがらずに部員に淡々と伝えた部長に僕は変な憧れを抱いてしまった。

 この部活の顧問...香角 刻四カスミ トキヨ先生も異世界転生系が好きと言うのもあり、この案はすんなり通ってしまった。

 ん?待てよ...。

 僕の中である一つの疑問が浮上する。

 僕は、


 「そういえば、香角先生は?」


 と聞く。

 すると豊野は、


 「さぁ?そういえばどこにいるんだろう?ちょっと部長に聞いてくるね。」


 と言い、部長の方へ聞きに行く。

 部長は豊野と話したあとハッとし、急いで講堂から走って出て行く。


 「なんだか嫌な予感がするな...」


 と呟きながら、僕はスマホを取り出し、ゲームを起動する。

 僕も実は部長と香角先生と同じように異世界転生系が大好きだ。

 僕が今遊んでいるゲームも異世界転生の物語を基に作られたオープンワールドゲームだ。

 こんなこと誰にも言えないが、自分は廃人並みにこのゲームをやりこんでいると思っている。

 ゲーム内のトーナメントではいつも1位をとり、レベル,戦闘力共にカンストしていて、今はただミッションをこなしながら次のアプデを待つだけである。


 「はぁ、今日もミッションやるか...」


 といつも通りミッションをしようとしたその時、


 「大変だあああぁぁぁーーー!」


 と部長が大声で講堂に戻ってきた。

 部長は続けて、


 「香角先生が学校中どこを探してもいなかった...」


 と気が抜けたように言う。

 「やっぱりそうか...」と僕は心の中で呟く。

 香角先生は性格がヲタクよりだから、早く家に帰る習性がある。

 定時になると何食わぬ顔で学校を去って行く彼を、人々は『定時の神』と読んでいる。

 須田先輩が、


 「どうします、部長?活田イケダ先生もいないですし...今日は流石に部活はできないのでは?」


 と聞くと、部長は


 「...そ、そうだな...。本当はやりたかったが...顧問も副顧問もいないのなら...流石にできない...よな...。」


 と今にも泣き崩れそうな声で答えた。

 見てるとこっちまで悲しくなってくる。

 こうして演劇部の練習は中止となった。

 帰り、天ヶ原駅までの道でトボトボと悲しそうに歩く宇地原先輩を見かけた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



  2月16日。

 僕は天上線に乗り、珍しく電子新聞を読む。

 新聞を開くと見出しには、


 〔あの悲惨な事件から9年...横浜市立小学校全焼事件〕


 と書かれていた。

 9年前...僕がちょうど7歳...小学生の時だ。



 9年前の2月16日20時。

 とある横浜市立小学校にて火災が発生したと消防に連絡が入った。

 消防がついた頃には、火はすでに校舎全体を覆っていた。

 その頃校舎から逃げ出した2人の少年は、まだ中に人がいると口述。

 消防士たちによる決死の消化活動が行われたが、火が完全に鎮火したのは翌日の8時。

 その後、校舎内から2人の男女の子供を発見。

 直ちに病院へ搬送されたが、意識不明の重体。

 9年経った今もなお、2人の意識は回復していない。

 事件の数日後、警察による現場調査が行われたが、校舎は既に全焼していたため調査は打ち切り、真相は闇の中へと葬り去られた。



 僕は天ヶ原駅を過ぎ、その次の駅で降りる。

 そして、この辺では一番大きい大学病院へ向かう。

 受付に着くと、


 「506号室のお見舞いに来ました。」


 と言いながら、証明書を見せる。

 受付からカードキーをもらい、エレベーターで5階へ向かう。

 506号室の前まで行き、カードキーで中へ入る。

 2つのベッドの前まで行く。

 ベッドで寝ているのは、五藤 富地ゴトウ トミジ五藤ゴトウ 乃々華ノノカである。

 2人とも僕の友人だった。

 9年前の今日、例の事件が起こるまでは。

 あの日、意識を失った2人は9年間ずっと意識不明だ。

 医者によると回復の兆しはもうないそうだ。

 意識を失い喋ることもできない友人に僕ができるのは、こうやって定期的に見舞いに来ることぐらいだ。

 たとえ2人が認識してくれなくても寄り添う。

 それが僕のできる唯一のことだ。



 何時間経っただろうか...。

 窓の外を見ると、日が沈みかけてる。


 「そろそろ帰るか...」


 と思い、帰る支度をしていると...

 ガラガラ

 と勢いよくドアが開けられた。

 ドアの前には1人の男が立っていた。


 「おまえは...」


 僕は、男を睨みながら言う。


 「ん?...なんだ。誰かと思えば一重じゃないか...。」


 ドアの前の男...宇摩 阿比留ウマ アビルは冷静な声でそう言った。

 阿比留は続けて、


 「一重が来ていたなら、俺はもういいか...。」


 と言い、部屋を出て行こうとする。

 僕は咄嗟に、


 「待てよ」


 と強い口調で言う。

 阿比留は頭だけ僕の方を向き、


 「なんだ?」


 と言う。

 僕は、


 「アンタは、2人を見て何も思わないのか?」


 と問う。

 阿比留は体をこちらに向けて、


 「何も...って何?」


 と聞き返す。


 「あの日、オレとアンタは2人を置いて逃げた。そしてそのことをずっと黙っている。...それについて何も思わないのかって聞いてるんだよ!」


 ...そう。

 9年前の2月16日、例の小学校にいたのは富地と乃々華と阿比留,そして僕の4人だった。

 僕たち4人は面白半分で夜の小学校へと侵入した。

 しかし、学校内で唯一鍵のかかっていなかった理科室にて、気分を上げるために僕がマッチで火を起こした後、誤ってマッチを落としてしまい、様々な物質に引火。

 火は瞬く間に広がり、校舎全体を包み込んだ。

 僕と阿比留は、富地と乃々華を置いてなんとか校舎外へと逃げられた。

 だが、校舎の外でいくら待っても富地と乃々華は出て来なかった。

 僕と阿比留は、自ら火を起こしたことと2人を置き去りにしたことを秘密にした。


 「僕はなんとも思わない。起こってしまったことはもう仕方がないだろ?」


 と阿比留が冷たく言い放つ。

 その瞬間、僕の中の何かが壊れた。

 もう...



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 僕は、阿比留への殺意を堪えながら、


 「アンタは、自分が犯した罪をわかってるのか?」


 と静かに聞く。

 阿比留は、


 「罪?僕らの取った行動は僕らの身を守るためにしたことだろう?僕らに非はないはずだ。」


 と言う。


 「校舎に勝手に侵入し、マッチで校舎を火事にし、友人を火に巻込み意識不明にした。それでも自分に非はないと言えるのかよ!」


 僕の感情はもう抑えられないほど燃えている。

 僕は、間髪を入れずに


 「オレとアンタのせいで2人の意識は戻らなくなった。オレとアンタは犯罪者で2人はその被害者になっちまったんだ!」


 と言い放つ。

 阿比留は黙り込む。


 「なんとか言ってみろよ!!」


 と僕は脅迫するように叫ぶ。

 部屋の中は恐ろしいほど静かだ。

 しばらくして、阿比留は


 「それでも...たとえ一重が僕を犯罪者呼ばわりしても...僕は...自分の罪を償おうとは思わない...」


 と静かに、でもはっきりと告げる。

 僕は、弱々しい声で


 「なん...で...」


 と言う。


 「僕が罪を償ったところで2人は救われない...いや、誰も救うことができないからだ。それに、2人も僕らが罪を償うなんてことを望んでないと思う...。」


 と阿比留が言う。


 「アンタ...正気か?」


 僕は倒れそうになりながら阿比留に問う。


 「正気だ。僕は秘密を明かしてまで罪を償うくらいなら、悪人にだってなってやる。あの日からそのつもりだった。」


 続けて、


 「さようなら...常立 一重君。きっと今のままの君と会うことはもうないだろう。」


 と阿比留は僕を突き放すように言い捨て、部屋を出て行く。

 僕は数十分間、何もできなかった...。

 気づけば外はもう真っ暗だ。

 僕は支度を終わらせ、ドアを開ける。

 そして後ろを振り向き、


 「2人とも...ごめん。オレは...結局何もできなかったよ...。」


 と言い、


 「さようなら」


 という言葉と共に病室を去る。

 受付にカードキーを返し、外へ出る。

 外は無音の世界が広がっていた。

 月と電灯の光だけが虚しく照らしている夜道を、僕は喪失感を抱えながら歩く。

 まるで、9年前の2月16日の帰り道のように...。

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