ISEKAIキャンセル

 まず事前情報。僕、伊深イブカシム。17歳、高校2年生、男。木乃伊の伊と深窓の令嬢の深でイブカ、闘志の志と向上の向という字でシム。

 とあるS高校の2年2組、座席は真ん中左の前の席。

 生徒が全員教室から出ていっても、僕はその席に座っていた。悩みがあるみたいに、頬杖をついた。


 2月9日の水曜日、目指せ現役合格! と言ったフレーズをよく見るようになった。際立って、見えるようになった。

 進路、僕は一切考えていない。この高校に入ったのだって、一番家に近いからだ。なら家に近い大学に行くのかと言われれば、そうなのかもしれないし、そもそも大学に行かないのかもしれない。

 やりたいことなんて、特にない。

 部活は入っておらず、友達という友達は一人しかいない。その友達も幼馴染で、相手からすれば腐れ縁。

 頭は良い方じゃない、気持ちを感じ取るタイプじゃない。


 僕は善人では無い。過去の愚行を反省し、多少の善性を取り繕い、矯正した結果が今の僕だ。

 遠い他人が苦しんでも、近い他人が苦しんでも、同じこととして消化できる人間だ。


 伊深シムに目標は無い。


 やりたいこともなければ、やれと言われてやる人間でもない。

 極論、生きたいだけ。


「伊深シムは何がしたいんだ……」

 全く、分からない。

「なんだ、悩んでんのか」

「んわっ!?」

 急に声を掛けられて、机と椅子が揺れる。体がブルっと震えたのだ。

 声の方を見る、担任の山野先生だった。

「居たんすか……」

「居たんすかじゃねえ、悩む前に教室出ろ。鍵閉めるんだよ」

 すっげぇ口悪いな!

「ちょっ、担任ならもうちょっとモラトリアムに寄り添うべきじゃ!?」

「知らねーよ、進路相談したいんなら金くれよ」

「最低だ!」

 こんな人だっけ!? あんまり仕事に私情を挟まないなぁとは思っていたが、挟んだらこうなるのかよ!

「いざやりたいことをやるために金だけ稼いどけ。学生はバイトでもしろ」

「バイト禁止なんすけど……」

「そんぐらい破れ、そんぐらいを無視できる方が人間的に良い」

 人間的に良いって……

「雪降ってんだぞ? ガキはそういうの好きだろ、行けよ」

 窓を見たら、確かに雪が降っていた。今朝は降ってなかったし……さっき降ったばかりなのか、積もっていなかった。

「…………はーい」

 言われた通り、教室から出て、廊下を少し走って校門に向かう。僕は家に鬼近なので、自転車などの交通手段を使わない。

 途中から歩きになり、ぼうっと雪を見る。

 正門を全く見ず、降る雪を切って通る。

「ちょ、あの、待って」

 後ろから肩を掴まれた、先生だろうか。確かに、空ばかりを見て歩くのは不注意だったかもしれない。

 振り向くと、そこに居たのは唯一の友。2年1組、於保塚ノノハだった。

「……」

 黙ってしまった。彼女自身も気づいていないだろうが、ノノちゃんは冷静に考えたい時、流れるように左手で口を触る。それがオンオフのスイッチになっているのだろう。

「………………」

 少し語ると、彼女は超絶可愛い。それはもう、周りの男子が憧れとするほどに。それはもう、小中高構わずずっと続くほどに。

 振り返っても正面から見てもどんな角度でどんなシチュエーションでも可愛いのは反則じゃないか?

 確かミディアムヘアの、三つ編みハーフアップと言ったか、一体どう言う名称だったのか三日三晩探したので合っていると思いたい。こういう時に自分の知識の無さに苛立つ。現代っ子だからって検索機能に頼りっぱなしなのはお前の弱いところだぞ。

 雪中だろうとそれも映える。例えば少し雪が髪に降っていようと、それも愛らしい。そこに差し色のような赤いマフラーも似合う。

「…………っ……」

 うん、僕の友達は完璧だな。誰に見せたって恥ずかしくない。僕は化粧品関係に疎いし、興味も特にないのだけれど、ノノちゃんの使ってる化粧品は気になる。どうすればそう綺麗であれるのか。

「あ、ノノちゃん。誰待ってんの?」

 やべやべ、可愛さで意識飛んでた。


 少し間を置いて、彼女は白い息と共に言葉を放つ。

「伊深シム」

 僕の名前を呼ばれた。

「はい」

「シムくんを待ってたの」

「はい?」

 僕を……? 僕を待っていた?

 なにか約束したけど、僕が忘れてしまったのか? いや、違うな。唯一の友の約束さえ忘れたら、そいつは人間として終わってる。失格だ。(元から人として終わっているが、それは置いといて)


 じゃあ、なんでだろう。

「なんで僕なんか? 友達なら他にもいるだろ」

「他に友達がいるからって、誰かの代わりになる訳じゃないでしょ?」

 あと僕なんかっていうの辞めなよ、と付け加え、彼女はそう言った。

「一緒に帰ろ」

「え?」

 すごい急だ。

「嫌?」

「あいや、びっくりしただけだ」

 突然の誘いに驚いたけど、特に断る理由もないので、僕はノノちゃんと帰ることになった。

 ふたりきりだ。

「嫌なことでもあったのか?」

「なぜそうなる……」

「一緒に帰るって、あんまなかっただろ」

 ノノちゃんとこうして話すことも、無かったな。

「お前に嫌なことがないなら、別にいいんだけどさ」

 忙しいことを理由に唯一の友とコミュニケーションを欠かすなんて、あってはならない。

「まぁ、うん……どんな時でも私は一緒に帰りたいと思ってるよ」

「なんか告白みたいだな」

「……」

 黙ってしまった。本日2度目である。これは完全に僕の返しが悪かった。

 実は僕、かなり緊張している。

「……ははっ」

 風の音なんかがよく聞こえる中、ノノちゃんの笑い声が聞こえた。

「?」

 笑うところあったかな。

「いや、そうだったよね。シムくんはそうだった。私が忘れてたんだ」

 君が笑うと、心温まる。見ていて癒しだ。眼福ってやつだろう。できるだけ近くで見ていたい。

「明日もさ、用がないなら一緒に帰ろ?」

「おう、もちろん」

 先程のような冷たい雪ではなく、赤く暖かな花びらが舞っていた。

 そんな、満ち溢れる幸せを隣でかみ締めている。

 将来がどうなるか分からないけど、一つだけわかる。

 僕は明日、於保塚ノノハと一緒に帰る。

 ────そう思っていた。



 荘厳な音色。金楽器やらが音を重ねて、旋律となる。ソプラノ歌手の神聖な祈りの声が、身体全体に、細胞に入り込む。

《──────者よ、────!》


「……ん?」


 音の色合いは淡く鮮烈で、


「どうしたの? シムくん」


 ゆったりとなだれ込むそれは、


「今、何か、音が……」


 羊水に浸かって、ぷかぷかと浮かぶ。あんな気持ちを思い出す。


《資格ある者よ、世界を救え!》


 今度ははっきりと、空から聞こえた。立ち止まって、少し前と同じく、寒空を見上げる。


 落下する金属球が、目の前に在った。


 今まで味わったことの無い痛みが一瞬走って──意識が途切れた。



「いっっっでぇぇェェェェェぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!」

 頭が吹っ飛ぶ感覚! 吹っ飛んだことは無いが、明らかにもってかれる感覚!

 目を開けるのが怖い、いや、目があるのか? 今どういう状態だ? 音は、自分の声は聞こえる。触覚で言うなら、ちょっと暖かい。血液、じゃないな。空気が、あたたかい。

「なんだっ!? 何が起きたんだ!? ノノちゃん! そこにいるか!?」

 手で自分の顔を触る。

 目も鼻も口も耳も、有る。触られている感覚もする。触っている感覚もする。

 さっき走った痛みとは反対に、異常のある所はなく、全ての器官が正常だ。


 固唾を飲む。


 僕は満を持して、目を覚ました。


《やぁ、お目覚めかな? 伊深シムくん》

 頭に、そんな声が響く。


 目の前に広がる景色は、こたつとクッション、テレビと同じ台に乗ったゲームハードとソフト類。

 照明がないのに明るく、暖色の多いその空間に、キトン風の衣装に身を包んだ山野先生がくつろいでいた。


 今さっき閉じたであろう漫画を手元に。

「──────はぁ?」

 なんだこの状況。

「……先生?」

《ん、ああ。姿を借りているだけ……ちょっと失礼》

 頭に響く声が、薄くなっていく。

「あー、あー、マイクチェックワンツー」

 発声テストらしきものを終えてから、山野先生が視線を送ってくる。

 「どんな感じ?」ってか……

「……なんすか」

「しっかり聞こえてるかい?」

「……はい、で? ここどこっすか」

 さっきから、なんなんだその口調。姿を借りてるだけとか、キャラ変? 厨二病……いや、子供の厨二病も見てられないのに、大人の厨二病なんか兵器みたいなもんだろ。存在がパンデミックだよ。

「まずは、第一の質問から答えよう」

 第一の質問……? そう何個も聞いたつもりは無いけど。

「ここに於保塚ノノハは居ない。ここには私と君しかいないよ」

 ふたりっきりだね、と山野先生は添えた。

 なんだこの感情、これが不快って奴か。

「続いて第二の質問だけど、私は山野先生という人物ではない。その人の姿を借りているだけの神様だよ」

 厨二病だ! 兵器だ! パンデミックな存罪存在だ!

「か、神様ね…………」

「信じてないみたいだねぇ」

 どっからどう見てもくつろいでるだけの先生だろ。

「君は手と石化が好きだ」

 確信した。

 こいつは超自然、超常の存在だ。

「成程……どうやらお前は神らしいな」

「あれ、神だってわかったのに口調悪くなってない? お前になっちゃったよ」

「邪神の可能性もある。先生は敬意を持つべきだけど、自分の信仰しない神は悪魔と変わらんだろう?」

「日本は八百万の神がいると聞いたんだが!」

「しかし僕は無宗教だ! へっ、神も悪魔も同じことよっ!」

 初詣には行かない派だ。

「そんな……神を全部悪魔扱いって……ッ……」

 自称神が膝から崩れ落ちた、滑稽である。とは言っても見た目が山野先生なので、ちょっとハラハラする。

「うぅぅ……酷い、現代っ子の信仰はこんなものなのか」

「急に人の性癖を言う神なんか信仰されねーよ」

 ……マジで悪魔だろ。

「つーか、なんで僕はこんなとこに……さっきまでノノちゃんと下校してたんだが? なんで?」

「そうだね……じゃあ、三つ目の質問から答えようか」

 もう立ち直ったのか、神はさっきと同じ様にこたつに入って質問に答える。

「ここは、君と話す為だけの精神世界だよ」

「精神世界……?」

「よくある奴だよ。深層意識的な、下界との時空と違うから長居しても良い的な」

 よくあるご都合主義の逆竜宮城か。

「ちなみに金属球をぶつけたのも私、呼ぼうと思ってさ。今の君は魂だけの存在だよ」

「はぁ? つっても……」

 どこからどう見ても、私服姿の僕だ。魂っぽく半透明では無い、完全に不透明な存在だ。

「じゃあなんで君は制服じゃないんだ?」

「……!?」

 制服姿じゃ、ない。

「んじゃ、肉体の僕は?」

「道端で倒れてるよ」

 やばいじゃんこいつ。

「今すぐ肉体に戻せ! ノノちゃんが心配するだろ!」

「だから言ったろ? 君と話すだけの精神世界だって。時間の流れは違うよ」

 ……ん、つまりこいつは僕と話すためだけに幽体離脱させた神様……? 

 いやいや、そんな。

「……ぼ、僕を呼んだってことか? このどこからどう見ても普通な僕を? なんの特徴もない学生を呼んだのだと?」

 返答に一笑を挟まれて、

「そうだけどさ。身体も野郎同士だし、そう固くなることは無いだろう」

 更に緊張する。

 僕を呼んだ理由は、なんだ?

 もしかして、いやまさか。在って欲しくない妄想が頭を過ぎる。

 異世界転生or異世界転移。

 もしそうなら最悪だ、僕は異世界になんて行きたくない。

 あれ。

「……ん? 野郎同士って、山野先生は女だぞ」

「えっ? まじ?」

「うん、マジ」

「……いやぁ、そっか、口調だけじゃ分からんな……」

 少しだけ、緊張がとける。へっ、性別の鑑定もできない神がいるものか。

「ちょっと逸れたね。話を戻すと、君に頼みたいことがあるんだ」

 頼みたい事っつったって神社の掃除とかだろ、オーケーオーケーやってやろうじゃんよ。

「で? なんだよ。神棚でも掃除すればいいか? なにか買って供えればいいか?」

「うんうん。やる気があって結構結構、それじゃあ本題なんだけど……」

 異世界以外ならやってやるよ!


「異世界転生して欲しいんだ!」

「ふざけんなテメぇーーーッ!」


 こたつに足を乗せて、神の胸ぐらを掴み、頭突きを一発入れる。

「いったァっ! なにすんのさぁ!」

「なにすんのさぁ! じゃねーよ馬鹿神! 人に金属球ぶつけて幽体離脱させた挙句、今の肉体捨てて新たな世界行ってこい! だあ?! いかれてんじゃねえのかお前!」

 僕は僕で現実世界にやることがあるって言うのに、それお構い無しに人生計画を揺るがせてんじゃねえよ!

 愛する家族も友も居る世界にさよならバイバイできねーよ!!!

 普通の幸せを噛み締める為に!! 僕がどれだけ我慢したと思ってんだ!!

「せ、正論だッ! 初めてそんな正論言われた! 日本男子高校生は二つ返事で異世界転生してくれるものだと思ってたのに!」

「理想見てんじゃねェーーー!! 無条件にどっか遠くに行きたいなんて、そいつが行くべきところは精神科だろうが!」

 自称神をクッションへ仰向けに押し倒す。こいつ、身体もっつってたから精神は男でいいんだよな! じゃあ知らんぞ! 僕の拳が火を噴くどころか泡吹かせるまで殴ってやるぞ!!! マウントとってこれからやんのはボコボコのボコだよ!!!

「ぐうっ……」

「音を出すな!」

 神(先生)を押し倒す経験なんて、もう二度としたくねぇ。

「…………や、優しくしてね」

「気持ち悪ぃこと言ってんじゃねぇ!」

「ひぃっ……」

 かちころすぞ! 神!

「どうしたら許してくれますか……」

「さっさと僕を肉体に戻せ!!」

「いや、でも、もう神の加護とか掛けちゃって……」

「知るか!」

「周りを美少女だらけの強制ハーレムにする恋の祝いとか掛けちゃって……」

 それ呪いだろ!

「いいから戻せ! 早く戻せ! お前の顔が腫れる前に!」

「ひぃぃぃっ! 許してください!」

こいつが許すかなッ!!!」

 泣き喚く神に一発入れて──意識が途切れた。

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