怪機―九尾妖華伝―

蒼色ノ狐

第1話 邂逅

  ――それは、まさに人外の美しさであった。


 まるで金細工なのではと疑ってしまうような腰まで届く金髪も。

 見た者を魅了してしまいそうな柔らかな笑みも。

 全て、そう全てが美しかった。


「あっ……あ……」


 そんな美しさを目の前にして、俺はそんな言葉ならない声しか出てこなかった。


「ふふ」


 そんな俺を見てなのか、ソレは笑いながら一歩づつ近づいて来る。

 それに対して俺は、まるで金縛りにあったかのように動けないでいた。

 そしていつの間にか、ソレは俺の目の前に立っていた。

 まるで珍しい生き物を観察するかのようにじっくりと俺を見るソレ。

 ソレは着ている意味があるのかと言いたくなるほど巫女服を着崩していたが、有り余る美しさが下品さを打ち消していた。


 だが。

 それよりも、何よりも。

 ユラユラと揺れる九本の尾。

 そしてピコピコと動く狐耳。

 人間には不必要なパーツをソレは兼ね備えていたのである。


 ソレの名は、玉藻前。

 かつて平安の世を乱したと言われる伝説の大妖怪である。


 俺が何故こんな状況になっているのか。

 それを語るには時を少し戻さないといけない。



「おーい! 叶夜! 授業終わったぞ!」

「……ああ、信二。いつもサンキュ」


 四月の○○日。

 高校という新しい学びの場にも少しづつ慣れつつあったこの日、窓から外を見て呆けていた俺に声が掛かる。


「相変わらずボーとしてるな。話ちゃんと聞いてたか?」

「お前は俺の親か」


 俺に笑いながら話しかけて来たのは佐藤信二。

 唯一の親友……いや、友達だ。

 二人以外いなくなった教室で、俺はようやく帰り支度を始める。

 その最中で信二は興奮したように話し掛ける。


「なぁなぁ! 部活どこかに決めたか!」

「……決めてない。というかウチは部活動強制じゃないだろ」


 やりたくも無いスポーツなんかを強制されるのは嫌だったからこの高校を選んだんだ。

 見学にも行かなかったし、帰宅部で三年間通し続けてやる。


「じゃあ作ろうぜ! 同好会!」

「いや、何でだよ。普通にスポーツでも何でもやればいいだろ」


 信二はガタイもよくスポーツも万能だからどこに入っても即戦力だろうに。


「分かってないな叶夜。同好会から部活に成り上がるのが楽しいんだろうが」

「前々から分かっていたが、お前バカだろ」


 直接バカ呼ばわりされても信二は笑みを崩す事はなく俺に食い下がる。


「いいだろ? 内容はお前が決めていいからさ。妖怪についてなんてどうだ?」

「何でそこで妖怪なんだよ。もっとポピュラーなのでいいだろ」

「だって好きなんだろ? 妖怪」

「……はぁ」


 とっくに荷物を詰め終えたカバンを肩に掛け、外へと向かう俺の後を信二が追いかける。


「確かに調べてはいるけれど、別に同好会が作りたい訳じゃないぞ俺は」

「折角青春を謳歌できる限られた三年間なんだぜ? 好きな奴で集まって楽しくやろうぜ」

「お前別に妖怪好きじゃないだろ」


 下駄箱から靴を取り出しながらツッコんでいると、グラウンドから黄色い悲鳴が聞こえて来た。

 少し覗いてみると、そこには叶夜のクラスメイトがサッカーでゴールを決めたようであった。


「高梨の奴か。相変わらず女子に人気あるなアイツ」

「スポーツ、勉強、顔の全てが揃ってるからな。モテない方がおかしいだろ」


 そんな事を話ながら、俺たちは校門へと向かう。


「けどいいよな~。俺もあれだけモテたいもんだぜ」

「そうか。だったら俺に構うのを止めたらどうだ? 少しはチャンスが巡って来るかもだぜ」

「オイオイ。親友を手放してまで欲しいとは思ってないぜ?」

「……はぁ」


 俺とセットでとある特殊な思想の方々に期待の新人カップリングとして認識されてる事をコイツは……知らないんだろうな。

 それを知ったらどんな反応をするかと考えて、大爆笑する信二の顔を消しながら校門を出ると普段とは反対方向に足を向ける。


「ん? どした?」

「買い物。こっちのスーパーで特売なんだよ、今日」

「そっか。じゃあまた明日な!」

「ああ。また明日」


 そう言って俺と信二はあっさり別れた。


 ――俺にとってはとても長い別れになるとも知らずに。



「いい買い物だったな」


 今日初めて行ったスーパーだったが、品ぞろえも良かったので俺は気分よく道を歩いていた。

 今晩のメニューをカツ丼に決めると、俺は横道に入った。


「うっ!?」


 だが突然強烈な吐き気に襲われ買い物袋が落ちるのも気にせず口を塞ぐ。

 視界もグルグル回っているような気がして立っているのもやっとだったが、次第にそれも収まっていく。


「……え?」


 だがクリアになっていく視界に飛び込んできた光景に俺は絶句する他なかった。

 街をオレンジに染めていたはずの夕日はどこにも見えず、青白い月がそこにいた。

 そして賑わっていたはずの人の声も聞こえず、そもそも人の姿でさえ全く見当たらなかった。


「どうなって、いるんだ」


 呆然とそう呟くが返ってくる声は当然ない。

 思考を無理やり動かしてスマホを取り出すが、そこには圏外という見たくない言葉があった。

 まるで別の世界に放り込まれたかのような……。


「って。そんな事、ある訳が」

「「あるんだよな~。これが!!」」


 突然響いた大声に驚いて振り向くと、春だと言うのにデカいコートを着込んだ男がそこに立っていた。

 ほぼ、いや確実に不審者なのは間違いない。

 だが現状唯一の手掛かりなので勇気を持って質問する。


「ど、どちら様ですか?」

「ハハハ! どちら様と言われたら答えてやるのが筋ってもんだな兄者!」

「そうだな弟者!」

「「見て驚くといい! この素晴らしい体を見て驚き叫ぶといい!!」」


 そう言って男は一気にコートを脱ぎ去った。

 そして、その体は明らかに異様だった。

 男が男を肩車しているのはまだいいとしても、下の男は手が短く足が異常に長い。

 逆に上の男は足が短く手が異様に長い。

 明らかに異様な姿ではあるが、俺の脳裏にはある言葉が浮かんでいた。


「て、手長足長」


 その名を思わず呟くと、男たちは揃って笑い出す。


「ハハハ!! 聴いたか兄者!! こいつ俺たちの名を言ったぞ!!」

「ハハハ!! 聴いたぞ弟者!! 俺たちも有名になったものだな!!」

「「そう俺たちが手長足長様だ!! ……ってアレ?」」


 俺はその言葉を聞き終わる前に奴ら、いや手長足長から逃げ出していた。

 今までに出した事のない全力で走る俺。

 だから俺の後ろで手長足長が言った言葉が聞こえなかったのは不幸だったのかも知れない。


「ハハハ!! 見たか兄者!! あいつ俺たちが名乗っている間に逃げようとしているぞ!!」

「ハハハ!! 見てるぞ弟者!! これはキツイお仕置きが必要だな!!」

「「ま、逃げなくても食べるんだがな! さぁ! 鉄ノ器で変身だ!!」

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