1-3「磔の男」作戦

1958年 ドイツ第三帝国 ベルリン~ウィーン間鉄道


 アドルフ・ヒトラーの命令書を持った三人は、内部に同封されていた写真や資料から旧オーストリアの首都であるウィーンに向かう車内にて、緊張感を持ちつつも優雅なる鉄道の旅を謳歌していた。

 外は、南部地方の田舎町でとしてはよく見られる刈り取られた後の麦畑を食い漁るカラスの群れと麦束が畑のあちこちにあり、冬の始まりを予感させる景色が広がっていた。

 列車での移動に疲れを見せ始めた大尉は、車内に設けられている簡易バーにて少し温いながらも南部の名産品でもある黒ビールを飲みながら体と喉を癒していた。

 「お隣よろしいですか?」

 スーツ姿の男が、大尉の横に付くと彼と同じジョッキを手に取り、サーバーから注がれる黒ビールをくみ取る。

 スーツの男も戦場帰りのようで、頬や耳たぶに傷が目立っていた。

 「どうぞ」

 「ありがとうございます」

 大尉とスーツの男は、黒ビールをあおりながら、暗くなりつつある車窓の景色を眺めていた。

 スーツの男は多弁家らしく、大尉の横で聞きもしない話を長々と語ってきた。

 正直、列車の旅に辟易していた大尉にとっては、彼の長話が聞けることにより少しだけ気晴らしを行うかとが出たのだ。

 「・・・・ですから私はね。っといけないもうこんな時間か」

 彼がそう言うと車内の時計では20時を少し過ぎた状況で、他二人は同じ食堂車の席で夕食に手を付けていた。

 「晩御飯を食べそびれてしまいますな。失礼しますよ」

 スーツの男は、数枚のマルクを置くと自身の客室に向かい、食事券を取りに行った。

 「やけに話す人だったな。私も夕食とするか」

 大尉もジョッキに残っていた黒い液体を一気に飲み干すと、手元のマルクを小銭で止めて、後ろにいる二人へと歩いていく。

 「鉄道の旅を楽しんでいるみたいですね。大尉」

 全国指導員がおだてるように声をかける。彼女の表情は、未だに硬いものの冗談じみた話ができるくらいには落ち着いたようだ。

 「まあな。しかし、列車の旅っていうのはどうも慣れないんだよ」

 「おや。軍人であるなら、”列車の旅”は切っても切れないんじゃないの?」

 大尉の一言に全国指導員は、皮肉交じりにコメントする。

 近代戦にとって一番必要な要素は、いかに素早く大部隊を展開できるかであった。陸上においてそれを可能にするのは鉄道であり、ドイツ軍人にとっては伝統ともいうべきものでもあった。

 ドイツ帝国の前進であるプロイセン帝国の頃、フランスとの戦争が近づいていることを認識した同国参謀本部は、直ちに大量の人員を全国からフランスの国境に一気に集め、即時戦闘に備えた。

 結果は、時のフランス国家元首である「ナポレオン三世」を捕虜とする大勝を治めてドイツ建国式をヴェルサイユ宮殿の鏡の間にて執り行われた。

 その後も欧州大戦や血塗られた十年などでは、航空機や船舶、自動車と共にヨーロッパの各地にて多くの物資や人などを多く送り届けていったのである。

 だが、その輸送方法は決して優雅なものではなく。客席がある車両ならまだいいものであり、ほとんどは詰込み型であれば貨物車両に兵士を押し込んでおり、まったく休めることなく劣悪な環境で寝泊まりしていた。

 そのせいか、戦争帰りの兵士たちの中には、列車の旅を嫌っていう者たちもいた。

 大尉は、将校であった事から座席付きの客車をあてがわれいたのであろうが、それでも長い鉄道の旅は身体に来るものがあったようである。

 「ところで、さっきまで喋っていた御仁はどこの誰だったのかしら」

 全国指導員は、さっきまでのふざけたような笑みを変えて大尉に問い始める。

 「誰だろうな。俺が飲んでいると、横に付いて飲み始めたんだ。話好きな奴だったから、しばらく話し相手になっていたんだよ」

 大尉は、バーに置き去りになったグラスを軽く眺めながら答える。

 「冗談はよしてください。大事な仕事の最中によそ者とおしゃべりなんて」

 全国指導員が憤慨した表情で大尉に詰め寄る。ひょうきんでもない大尉は、彼女を威圧するように睨み返すと、近づいた顔にでこを押し当てる。

 「だったらなんだ。ずっと部屋にこもって車窓でも眺めていろっつうのか!」

 二人が自席でバチバチしているのを見かねた記者は、二人をグッと引き離した後に溜息を吐く。

 「あんたらが暴れだしたら誰が抑えるんですか。私は、抑え役じゃないんですよ」

 彼らがそのような会話をしていると列車はけたたましい警笛を鳴らしながらブレーキ音を響かせて停止する。

 「なんだよ!一体どうなっているんだ」

 「びくつくんじゃない。戦争は終わっているんだから、砲撃や爆撃を食らったわけじゃない」

 記者の驚きをよそに大尉は、その衝撃を使って座席に座り込むと記者を手でなだめながら落ち着かせる。

 「だとしても落ち着ける状況ではないでしょう。部屋に戻ったほうがいいのでは?」

 「そうだな、君の言う通りかもしれない」

 三人は、困惑するほかの客をよそにゆっくりと後ろの客車に戻っていった。

 しばらくすると車内に数人の人間が入ってくる。

 「我らは、鉄道警察だ!これより抜き打ち検閲を執り行う。皆様には正規の身文書と行き先を記した切符をもって待機していてください」

 鉄道警察は、秩序警察(オルポ)指揮下の組織であり、鉄道職員などの監視やサボタージュ対策のの業務を主のため、ほとんどがパートタイムの職員のはずである。

 「鉄道警察が検閲?あいつらにそんな権限はないはずよ」

 全国指導員は、鉄道警察が持つ権限について多少の理解があったらしく、このことが不当ないし別組織がそれっぽく名乗っているのかもしれないと想像を巡らした。

 「なんにしても、列車を止める権利はないんだろ。なんで止めて検閲なんてするんだよ」

 「そんなことどうでもいいでしょ。とりあえず身分書とか見せたら済むんですから、出してきましょうよ」

 記者は、そう言って自分部屋からカバンを取り出すと、慌てて身分書を持ち出す。

 残る二人も怪しみながらも自身の身分書をとると声のしていた方向を警戒しながら外へと出て行った。

 「君たち」

 食堂側より、一人の男が近づいてくる。彼の制服は、パートタイムの鉄道警察が着れるやっすっぽいものではなかった。

 ピシっとした襟首に黒に近いグレーの生地、防止についたトーテンコップと首元に記された「SS」の文字は、彼らが親衛隊であることを示していた。

 (クソッタレ!列車が止まった時に気づくべきだった。そんなことするのはあいつらしかいないからな)

 状況を理解した大尉は、自身の脳内で、自分の甘さを反省しつつ、彼らの存在を再認識していた。

 「そう、そこの君たちだよ」

 親衛隊の男は三人に近づくと、そのまま彼らの持っている身分書をぶん捕るよう攫っていくと、それを確認する。

 「ほー。三人ともウィーンに行く予定なのかね。南部行の終点とはいえ、すごい偶然だな」

 「いやはや、親衛隊士官殿。私共は、仕事の友人同士でして、たまたま大きな仕事が終わり時間の余裕ができましたので、一緒に観光しようと思いましてね」

 親衛隊がいぶかしみながら三人の身分書と切符を見ていたので、記者が合わせるように説明してくれた。

 他二人も後ろで首を振りながら、彼に合わせるように説明する。

 「ふーん。だったら問題なさそうだね」

 親衛隊がそう言って三人を一瞥した後、後方の客車へと向かっていく。

 「ふー。親衛隊が検問してくるとはね」

 「国内とはいえ、政治犯がいないとは限らないでしょ。抜き打ちの検問は、よくあることじゃないの?」

 ドイツ国内においても、民主的、共産的思想にかぶれている人間は少なからずおり、更に殲滅すべき対象であるユダヤ人も多くが隠れ住んでいることから、このような抜き打ち検閲を行うのも当然のことと言えた。

 「とにかく。物品があさられる前にやばいものをしまい込みましょうよ」

 「そんなものは、持ってないから大丈夫よ」

 2時間の検閲は、乗客数人を引っ張り出す程度で終わり、他の乗客と列車職員の疲労を与えるものとする以外には与えるのがないものであった。

 これにより、終点であるウィーンの到着は、明日の昼となることが決定し、彼らの予定がまた一段度遅れてしますことになったのである。

 車窓の前に流れていくオルぺ・ブリッツのヘッドライトが光線をのばして進む方向を指し示していた。

 列車より降りた親衛隊士官と兵士たちが、何時ものように連れ出した者たちをその場で”処理”すると、一人スーツ姿で親衛隊将校の外套を身にまとった男がゆっくりとその場にいる将兵からの敬礼を受けて出迎えられていた。

 「状況について聞かしてくれないか?少尉」

 彼が愛煙するゴールデンブレンドを口に近づけながら確認すると、横にいる少尉が火を近づけながら答える。

 「本国から報告のあった資料などは一切見つかりませんでした。もしかしたら別のルートかもしれません」

 「そうか。そう言えば一人軍人のような男がいたが、その男はどうだった。一等客車だ」

 スーツの男が隣の士官に大尉のことについて確認すると少尉は、そこを担当していたものを手招きして呼びつけると、そこを担当していた者は、素早く彼らのもとへと走ってくる。

 「お呼びでしょうか。少尉」

 「彼が、君の担当していた客車について確認したい事が有るそうだが、君の所に怪しいやつはいなかったか」

 少尉がその兵士に尋ねると、彼は体をピシッとしたままに答えた。

 「はい!報告に上げさせてものの通りであります」

 スーツの男は、彼の回答を聞いた後、ゴールデンブレンドを吸い込むと、軽く天を仰ぎながら吐き出して、胸元のルガーP08を彼の頭に向ける。

 「そうか」

 回答と同時に彼の頭に9mmの風穴を広げさせて、後ろには脳肉の残骸と黒赤い液体が飛び散ることとなった。

 「彼が本命だと思うが、出発した以上は仕方ないな」

 スーツの男が、そのまま置いてあるオルぺ・ブリッツに乗り込むと、他の親衛隊員たちも急ぎ足で”処理”品とスーツの男が処分した親衛隊員を積み込んで、そのまま各車両へと分乗していった。

 「ウィーンに戻るぞ。あの老人に邪魔だてされないようにしないといけないからな」

 「はっ。総統後見様」

 総統後見と呼ばれる男が乗り込んだ車列は、彼の言葉に応えるように発動機の回転音を唸らせながら前進を始めだした。

 怪しげな影は、ひそかに動く三人の後を追いつつあった。

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