「磔の男」作戦

1-1「磔の男」作戦

1958年 ドイツ第三帝国 ベルリン


 ユーラシア大陸全土を巻き込んだ一連の戦いである「ユーラシア大戦」により、全国から多くのドイツ人が集められ西はフランスへ東はウラル山脈までの各地でその血と汗、硝煙の煙に巻かれながら戦い、1948年の「サンフランシスコ講和会議」による終戦まで悲惨な時間が過ぎていった。

 後に「血塗られた十年」と言われる争乱期は、日独伊連合軍による勝利に終わり、ドイツ第三帝国もその勝利の恩恵を受けれると思っていた。

 しかし、戦後の社会体制はそのようなことを許してくれるわけもなく、ドイツの全土の国内情勢は戦争前よりも不安定になっていた。

 血塗られた十年にフル稼働していた軍需産業品は行き先を失い。戦場で戦った兵員や準軍人は、急速な労働人口の増加と海外から来る低賃金労働者より、就職するにも難しい状態が蔓延していた。

 そのため、平時であるにもかかわらず、国防軍ではいまだに多くの兵士が在籍しており、親衛隊の志願率は年々増加していった。

 政府では、なんとかこれらの対策をしようと職業の斡旋や退役軍人への給付金の支給を増やしたりして対策していたが、十年以上経ったにも現在ですら完全に解決しないでいた。

 このような状況にも関わらずこの帝都ベルリンにおいても、ゲシュタポと国家保安局による出入り調査があちらこちらで行われ、多くの市民が警察車両に乗せられて行った。

 「相変わらずひどい有様ですね。ベルリンでもこんな状態なのですから」

 フォルクスワーゲンの最新モデルで駅から総統官邸に向かう道すがらで外の眺めを見ながらつぶやく。

 彼の手には、総統府から送られた「招集命令書」が握られており、否応のない不安と漠然とした滅亡への歩みのような絶望感が目の前の景色から察してため息が出てしまう。

 彼は、先の血塗られた十年において国防軍新任少尉としてソビエトロシア方面の戦いである「討共列戦」に参加して、白ロシア方面にて戦い続けていた。

 終戦後は、大尉に昇進して南部のドレスデンにて駐屯し、戦争になった場合に備えて訓練していた。

 ベルリンにある総統官邸についた彼の前には、ドイツ第三帝国副総統であり、「エディンバラ講和」を成功させた救国の英雄である「ルドルフ・ヘス」が出迎えてきた。

 「よく来てくれたな。久しぶりのベルリンはどうだね」

 「ハイル・ヒットラー!わざわざのお出迎えありがとうございます」

 「よいよい。まぁ、今回貴殿を呼んだのはほかでもない総統閣下からなのからな。しばらくは、奥にある客室にて待機していてくれ」

 「総統閣下からですか!」

 この頃のドイツ第三帝国総統アドルフ・ヒトラーは、前年の演説後に体調を崩してから、総統官邸から出られない状態が続いていた。

 演説や党の発表は、ドイツ社会主義労働党党首であるヨーゼフ・ゲッペルスが全面に出て行うか影武者を用いるなどの対応を行っていたが、彼ほどの影響力のある演説を行うことができずにしていた。

 また、親衛隊の司令官であるハインリッヒ・ヒムラーは、自身の影響力を高めようと全国の部隊を強化し始めており。国家元帥でありドイツ貴族のまとめ役であるヘルマン・ベーリングも自分の支持者である旧貴族や国防軍の内部への影響力を高めるために動き出していた。

 このような政治情勢に憂慮していたルドルフ・ヘスは、自分の支援者や元副首相フランツ・フォン・パーペンなどの抱き込みなどを図り政府の安定を画策していた。

 客室で待たされていた大尉の前には、何人かの待ち人が待機していた。

 「あなたも招集命令でここに呼ばれたのですか?」

 隣に座っていた眼鏡姿の女性が、こちらに目を向けることなく大尉に尋ねる。

 「いかにも。口ぶりからして、あなたも同じ理由でここに座っているようですね」

 「ええ。私は、ミュンヘンで全国指導員の活動をしているものです。ベルリンには今回初めて来ました」

 彼女がそう言って書類をペラペラとめくりながら何かを確認していた。おそらく、全国指導員として必要な業務も追われながらけん引していたのだろう。

 大尉は、指導員の書類整理姿を見ながら、取っ付きにくそうに他へと目をやると、もう一人着古したスーツの男がこちらに向かって手を振っていた。

 「いやはや、お疲れ様でございます。軍服を見るに国防軍の方のようですな」

 よれた服を手で整えながら、懐からメモ帳を取り出しつつ大尉の元に近づいてくる。

 「きみは?政治関係者や退役軍人にも見えないが」

 「失礼しました。私は、『ドイチェランド』という新聞社にて記者をしているものでして。今回は、わが社へに招集命令書が届きましたので、手の空いている私めが応じてきたわけです」

 その記者は、へらへらとした表情で大尉にそのことを伝えると、そのまま話を続ける。

 「今回、我々が呼ばれたのは総統容体が芳しくないからではないかと私は見ています。そこで、今後の政治の維持のためには私たちを呼んだのではないかと思いましてね」

 なんとも不謹慎な発言に隣に座っていた全国指導員の眼鏡がよたよたな記者の顔に向いた。

 「おやおや。お嬢さんもようやく向いてくれましたか」

 記者の一言にさらに険しい表情に変わる彼女を止めようと大尉が少し大きめな声で告げる。

 「君。これ以上の不謹慎な発言は、慎みたまえ」

 記者は、不満そうな顔を向けながら、元も席に戻っていった。

 「それに、もし君が言っていたことが起こっていたら、私たちよりももっといい人間を採用するだろう。そこまで深く考えなくていいと思うぞ」

 大尉は、そう言って奥においてあるコーヒーを取りに行こうと立ち上がる。

 「軍人さん。私にも一杯持ってきてもらえますか?」

 全国指導員は、大尉のほうを一切向かないまま要求する。

 「ご承知いたしました」

 大尉はそう言ってトレーに乗せたコーヒー、ミルク、砂糖を持っていた。

 「ありがとうございます」

 一瞬だけ顔を上げて大尉に礼を言った全国指導員は、コーヒーに砂糖を二つとミルクを半部入れると口に運ぶ。

 「お集りの皆様。お待たせしました」

 守衛がそう言って大尉たちをアドルフ・ヒトラーが病室代わりにしている一室に案内される。

 「ハイル・ヒットラー!総統閣下。失礼してもよろしいでしょうか」

 守衛がそう言うと前の部屋から小さな声で返事が返ってくる。

 「構わん。入ってきたまえ」

 その声を答えるように守衛は、観音開きの扉を隣の守衛と共にゆっくりと開く。

 そこには、白い布に覆われながらいくつもの管を下に垂らしていながら、かろうじて体を持ち上げているドイツ第三帝国統治者の姿が あった。

 「諸君。よく私の呼びかけに応じてきて来てくれた。内容も詳しく記さずにすまなかったな」

 血塗られた十年を力強い指導で戦争を勝利に導き、ドイツ支配下の都市開発を率先して引っ張ってきた偉大なる人物の口からはありえないような言葉を聞いた大尉たちは、あっけにとられながらアドルフ・ヒトラーの言葉を聞く。

 「今回君たちに集まってもらったのは、この国の将来に左右する重要な仕事を頼みたいのである」

 まさか、あの記者の言っていた戯言が本当になるとはな。っと大尉と全国指導員の二人が彼の顔を見ながらもアドルフ・ヒトラーの言葉を引き続いて聞く。

 「君たちはここ最近のヒムラーやゲーリング共の行動について知っておると思うが、このまま私が寝ていては、国を割る戦争となってしまう。それは避けねばならんからね」

 三人に語り掛けるように彼が、これらの人物に政治を任せないことを説明して、今後の政権を引っ張っていく人についてのことを話そうとしていることを察することができた。

 「そんな!総統閣下のご病気はすぐに治ります。そのように弱気にならないでください」

 全国指導員がアドルフに近づいて元気づけようと鼓舞する。

 「何。自分の体の事は、よくわかるものでね。そうこの命も長くないとみているんだ。だから、今回の計画を進めることになった」

 アドルフは、一番近い全国指導員に「総統命令書000」を手渡す。

 「これは、私からの最優先命令である。現在君たちが変えている命令よりも優先される物だ」

 大尉は、その言葉に並々ならぬ緊張感を感じていた。

 「総統閣下は、なぜ我らにそのような重要な命令を私たちにお命じになるのですか?」

 アドルフは、大尉の顔を見た後に少し微笑むと、軽い言葉で回答する。

 「なぜって、今この地で信用できるような人間がいないからだよ。だから、染まっていない君たちをここに招いたんだよ」

 確かに先に挙げた人物たちは、おのおので政治抗争を行われており。ここに居るもの以上の人間であれば何かしらの影響を受けているからか、絶対といっていいほどにこれらの”指導者”による影響を一定数受けている。

 このような状況から考えるとここにいる記者が所属する新聞社は、そこまで政治の舞台には参加していないのであろう。

 アドルフは、三人を見ながら少し微笑むと、こう続けた。

 「わが軍は、確かこの地(ヨーロッパ)の戦いにおいて辛うじて勝利したが、その印象のみが先行してしまって私に対しての魅力を一気に失せされる結果となった。そのために、私は象徴として扱われてしまい、私が関与しない政治が進むようになったのだ」

 アドルフの言葉に、三人は反論できない状態であった。

 「だからこそ、今回の作戦が必要となってしまったのだ。私の引っ張ってきたドイツを新たな一歩を進めさせるためにね」

 それを言った後にアドルフは、不意に喉を鳴らすような咳をすると彼にかかったシーツを血色に染めてしまっていた。

 「見ての通り、私はもう限界のようでね。この作戦の結果を聞けるのかが怪しいところではあるが、君たちの成功を期待している」

 アドルフは、震えた手を上に掲げると、第三帝国の象徴ともなっていた「ローマ式敬礼」で彼らを見送る。

 「ハイル・ヒットラー!」

 三人は、アドルフの敬礼に応えるようにローマ式敬礼で返す。

 アドルフの病室を出た後、部屋のほうから慌ただしく声が扉越しに聞こえてくる。

 「急いで命令を完遂しましょう」

 全国指導員は、扉を眺めながら呟くと手に持った総統命令書を持ったまま出口まで歩いていく。

 「おい!一人で行くんじゃないよ」

 大尉は、慌てて彼女の後ろを追いかけて行く。

 「面白い記事になりそうですね。待ってくださいな」

 こうして、ナチスドイツ全土を巻き込んだ「総統命令作戦『磔の男』」が実施されることとなった。

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