ヒトラーが告げる

猫提督

序章 アルプスの山小屋

1968年 ドイツ統合帝国 ドナウ=アルプス大行政管区


 ドイツ統合帝国とイタリア王国の国境線となっている「アルプス山脈」の麓にある小さな小屋に「鷲の巣」と書かれた看板がぶらぶらとたれさがっていた。

 中に入れば、数人の常連客と統合前にヨーロッパにおいて圧倒的軍事力と冷徹無比な民族政策を行っていた巨大勢力「ドイツ第三帝国」に関連した写真や品物が立ち並んでいた。

 出入り口に前にあった本棚にはアドルフ・ヒトラーの「闘争・わが生涯」や元宣伝大臣ヨーゼフ・ゲッペルスの書いた「私が見た総統」などが置かれていた。

 店の店主は、ちょっと内気な学者肌の中年であり、入れてくれるコーヒー以外は、好んでかかわる要素が見いだせないくらいに陰気な男である。

 鼻の下にある青髭は、この前までのしっかり整っていた鼻髭をきれいに剃った後らしく、伸び始めはいつもこのような状態となっているらしい。

 「しかし、大戦が終わった後はどうなることかと思っていたが、ここ最近は平和になったものだな」

 「確かにな、昔みたくゲシュタポや親衛隊が目を光らせるのもなくなったしな」

 常連たちは、最近になって変わってきた空気を感じながら、目の前に並んでいたシフォンケーキにフォークを通すと、サービスで別皿にて持ってこられた生クリームをくぐらせて口に運んでいた。

 10年前に起こったとある男の死により、ドイツ統合帝国の前進ともいえるドイツ第三帝国の崩壊と一連の事件が発生したことをこの場にいる者たちの多くが認識している。

 しかし、その事件がいかなるもので、ドイツ帝国にいかなる影を落としていたかについては、この店の奥に掲げられている一枚の少し薄れた写真の人物たちしか知らない話である。

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