第13話 どうすんの? この空気


 決勝へコマを進めたのは、さわこちゃん。

 そして、かもしー隊長だった。


 ただ、かもしー隊長は東京へ今日中に帰る必要があり、タイムリミットは20時だった。

 今の時間が19:30。

 結構、ぎりぎりなスケジュールだった。

 個人的な感想だが、今回はこのスケジュールが、番狂わせに影響したんではないかと思っている。


 決勝戦のさわこちゃんVSかもしー隊長は、やや慌ただしい空気の中で行われた。

 過去の実績からは、かもしー隊長がやや優勢。

 しかし、かもしー隊長にとってプレプレは異邦の地であるが、さわこちゃんにとっては慣れ親しんだホームだ。

 

 決勝に相応しい、気迫とスピードで、剛と柔の技がぶつかり合う。

 誰にも邪魔されることのないサシの勝負。

 両者一歩も譲らない激しい攻防に、周囲からも熱の入った声援と感嘆の声が漏れる。

 ボルテージは再骨頂へ達し、フィナーレを飾るに相応しい盛り上がりを見せた。


 そして、勝敗が決する。

 勝利の栄光を手にしたのは、さわこちゃんだった。

 33-26の差で、さわこちゃんがかもしー隊長を破ったのだ。


「お手付きが多かったなぁ」

 

 かもしー隊長が悔しそうに漏らした。

 彼の言うとおり、今回はお手付きがやけに多かった。

 おそらくは、時間がないという焦りから、ペースを乱してしまったのだろう。

 格闘技には、心技体という概念がある。

 体や技だけでなく、心の強さも勝負には必要という意味だ。


 無意識かもしれないが、帰る時間を気にしてしまったかもしー隊長は、心の部分で負けてしまったのではないか?

 僕はそのように分析していた。


 こうして、さわこちゃんが優勝し、広島での大会は幕を閉じた。


 僕たちの戦いは終わったのだ。

 けれども記念に、さわこちゃんと娘の一騎打ちを経験しておきたかった。

 広島にきた最大の理由はそれだったのだから。


 一応は、大会の後に、フリータイムが設けられていた。


 さわこちゃんに対戦を申し込むと、快諾してくれた。

 ふたりの対決に気づいた数人のプレイヤーが卓を囲んでくる。

 

 審判は後片付けが忙しいらしく誰もいない。

 仕方ないので、僕がカードをめくることにした。


 世紀の対決を、もっとも間近で見ることができるのだ。


 カードをめくり、テーブルに置く。

 ふたりの少女が目にも止まらぬ速度で、オブジェに触る。

 

 わずかに娘のほうが速かった。

 いい動きだ。

 緊張が解けたのか、いつもの感じが出ている。

 

 カードをめくる。

 今度も娘がゲットした。順調な滑り出し。


 カードをめくる。オブジェに触る。

 何度かそれを繰り返していると、さわこちゃんが「あれ?」と首を傾げた。

 

 周囲からもちょっと、困惑したような空気が流れてきている。

 さわこちゃんは、本大会の優勝者。

 娘がカードをゲットしても、負けじと取り返してくる。


 だが……。

 明らかに娘のほうが多くカードをゲットしていた。


 微妙な空気の中、記念試合は終了した。

 カードの枚数を数える。

 

 さわこちゃん、23枚。

 娘、37枚。


 勝ってしまった。

 しかも圧勝である。


 本大会の優勝者を、そのすぐ後の野良試合で叩き潰してしまう。

 娘がやったことはそれだった。


 空気が重かった。

 見ていたギャラリーも、誰も歓声をあげなかった。

 拍手すら起こらない。


 いったいどうすんねん、この空気?


 みんなそんなふうに思っていただろう。

 

……マジでどうすんの、これ?

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