凍土に芽吹く友情

クマイ一郎

第1話 突然の留学

 おれの名前はクロイ、生まれも育ちも、神奈川は丹沢山系のツキノワグマだ。おれの親父オヤジはここらではちょっと有名な経営者で、豊富な丹沢山系の水源をもとにした飲料水ビジネスとか、栗やドングリを材料にした加工食品販売を中核とした多角経営の事業をしている。


 おれは今、県内で唯一のクマ高等学校に通っていて、あと一年したら大学を受験する予定だ。まだ受験勉強も本格化してないクマ高2年の夏休み、おれは何をして遊ぼうか考えるだけでわくわくしていた。


 「クロイ、ちょっといいか。」

 「なんだよ、親父オヤジ。」


 この、「ちょっといいか」が曲者くせものなのだ。この「ちょっと」が本当にちょっとで済んだためしなどない。


 「いや、こんどの夏休みなんだけどな、お前なんか計画あるのか?」

 「やっぱり夏だから、宮ケ瀬湖に泳ぎに行きたいし、静岡とか山梨の方の山に行ってみようとか、いろいろ考えてるよ。」

 「そうか、悪いんだけどな、夏休みに留学に行ってくれないか。」

 「留学?」


 考えてもいなかったオヤジからの提案におれは一瞬とまどった。ただ、親父オヤジがこういう持ち掛け方をしてくる場合はだいたい、おれに拒否権はないのだ。どうせなんだかんだで丸め込まれてしまうのだから、下手に反抗するよりは、交渉して何かバーターで手に入れた方が良い、おれは小さいころからそう学んでいる。


 「いやな、お前、北海道のヒグマ議員のスズキクマオ先生、知ってるだろ?」

 「あのロシアのクマとのパイプが太い政治家のおっさん?」

 「あの人がな、『日露大型肉食獣交換留学プロジェクト』っていうのをやってるんだ。だけど、今年は北海道で希望者がいないらしくてなぁ。」


 話が読めてきた。おそらく、希望者がいないから、代わりにおれを行かせるつもりなのだ。既に面倒くさいストーリがおれにはよめてきたが、ここでは賢く立ち回らなければならない。


 「へー、ロシアかぁ、おれは寒いの、苦手だからなぁ。」


 とりあえず、ジャブとして拒否はしないがマイナス要因を提示する。


 「うん、まあでも、ロシアと言っても夏だからな、零下になるってことは無いと聞いている。それに、場所はイクルーツクでそんなに寒くはないぞ。なあ、クロイ、悪いけど日本の面子メンツもあるから、夏休みのあいだ、ロシアに留学に行ってくれないか?」


 予想通りの展開だ。さて、ここでどう返すか…


 「興味はあるんだけどなぁ、あまり寒いと眠っちゃうかもしれないし、そろそろ、受験の準備とかしないといけないし、将来の事を考えたら、なにかバイトでもして商売を学ばないと、とか思うんだよね。」


 さりげなく、なんか商売のネタが欲しいという事を言ってみる。


 「そうか、じゃあ、今あるドングリ菓子の加工工場あるだろ、ロシアから帰ってきたら、あれを子会社にして、お前に株式を譲渡してやる。」


 親父オヤジも思い切った提案をしてくる。確かに今、親父オヤジはドングリ工場の新設を計画していて、そうなると現状の小さい工場は不要になる。自分で企画して小規模に新製品のパイロット版を作ってマーケティングしていくのは面白そうだ。いい製品が出来たら、親父オヤジの新工場で量産してらえば、グループ全体の利益になる。ビジネスの実地勉強をしたいおれとしては、これなら条件としては申し分ない。


 「親父オヤジ!おれ!ロシアに行きます。」

 「そうか、悪いなぁ。どうも新潟から船便になるそうだ。切符と滞在費は全部クマオ先生の方で都合してくれるそうだ。二ホンツキノワグマの参加は初めてだから、珍しがられるぞ!」


 こうして、おれは自分でもよくわからないうちに、短期留学でロシアに行くことになった。



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