なくした『遺書』

センセイ

 〝昨日、何故かレジで、『お願いします』が言えた。

 『ありがとうございます』は、言えなかったけど。


 それが妙に私を浮き足立たせて、最初は嬉しかったんだと思った。

 あるいは本当に嬉しかったのかもしれないけれど、私はそのすぐ後、不安でいっぱいになっていた。


 その不安は、『次』への恐怖。


 自分にとっては当たり前でない事が何故か出来てしまった時、次に期待されてしまうのが怖い。

 出来なかったらどうしようって、思ってしまった。


 誰も……そんな事に期待なんて、しないハズなのに。


 なのに、私はあろう事か、期待されてしまうんじゃないかと思ってしまう。


 それは何故か。

 多分……私自身が期待したいから。


 そう思っても、期待に応えられない、応えたくないって、自分が一番分かってるから、表立って期待なんてできなかった。


 でも、どうしても私には……自分に失望しながら生き続けるのは辛すぎる。


 それじゃあ、気づいてしまった私はどうしたらいいんだろう。


 そう考えて、私は……。〟




 ……大体こんな感じだけれど、この後に取って付けたようなさよならの文が添えてある。


「……」


 また読み返してしまった。

 これは多分……彼女の『遺書』だろう。


 彼女は……一年だけクラスが同じだった時、そこそこ仲が良かっただけで、特に一緒に遊んだりだとかもした事がなかったから、元クラスメイトとしか言い様の無い存在。


 じゃあ何故、こんな所に彼女の『遺書』があるのかと言うと……つい先日の同窓会で会った時、彼女から手渡されたから。


 卒業アルバムの後ろの方のページに、くしゃくしゃにして挟んで。


 ……まぁ、借りる予定があった訳ではないから、偶然挟まってしまっていたとかだろうけれど、彼女からしてみれば災難でしかないのだろう。


 そう……だって、彼女はちゃんと生きているんだから。


 本気で死ぬつもりで直前になって辞めたのかも、書き出して満足するタイプなのかも分からないけれど、最初見つけた時は緊急性を要するメッセージなんじゃないかと思って、後先考えずに読んでしまった。


 それで、その……自分の考える『遺書』とは程遠い始まりをするそれは、何故か逆に現実味を感じさせて、一瞬自分が別の人になったような感覚にさせられた。


 けれど、しばらく経てばすっかりこの後の事を考え始めていて、一緒に返すか返さないか、気づかなかったフリをするのか、それとも今すぐ生存確認をするのか……なんて、色々思いつきはしたものの、結局何もしなかった。


 だって……今では同窓会くらいでしか会わないんだし、多少のキッカケと思い付きだけで行動出来るような人柄でもない。


 『遺書』も、気づかなかったフリをして返すのが一番穏便だと思って、アルバムの後ろの方に挟んでおいた。


 なのに……どうして今も、目の前にこれがあって、また読んでしまっているんだろう。


『助かったよ。貸してくれてありがとう』


 平然とそう言ってアルバムを彼女の元へ返した時には、もうそこに『遺書』は挟まっていなかった。


 別に、欲しかった訳じゃない。


 ただ……彼女の元へ、この『遺書』はもう戻らない方が良いと思ったからかもしれない。


 アルバムを返すだけで、その後何をする訳でも何が起こる訳でもなく、すぐに別れて、お互い振り返る訳でも無かっただろう。


 ……それでも彼女は、また『遺書』を書くだろうか。

 アルバムを受け取りに行って、何かを感じてまた自分を責めるんだろうか。


 そしていつか、最後の『遺書』を書き上げる事になるのだろうか。


 到底分かり得なかったけれど、それでも返し損ねた彼女のこの『遺書』は、これからも彼女の元へ戻る事は無く、彼女の知らない間に、なんとなしに読み返されるのだろう。

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