第7話 彗の賭け

目覚ましが鳴り、目を覚ますと進藤はすでに起きていたようで、おねだりをされる。



進藤を自分の体から引き離す。


「もうしないからね。一晩だけの約束だし。」


「やっぱりそれは撤回で。僕と付き合ってください。」


進藤が猫のように柔らかい体をすり寄せてくる。



「嫌だよ。お前の性欲処理機になるのはゴメンだ。」



なんなんだあの性欲の強さは。

あれに付き合ってたとすれば、兄をもはや尊敬する。

もしかしたら、いつの日か立場が逆転して、性欲の強さに耐えかねた兄が身を引いたのかもしれない。



「僕の中では、望月さんはもっと激しくしてる人だと思っていたのですが…。」


「頭の中で勝手にするの辞めてくれますか?シャワー浴びてくる。」


「一緒に行っていいですか?」


「ダメだ。今日は火曜日で仕事があるんだから、遅刻しないように気をつけないと。」


進藤はにやにやと笑っている。



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「やめろっ、こんなところでっ。」


望月は従業員のロッカールームの壁際に追い詰められ、進藤からキスの嵐を受けていた。



「付き合ってくれれば、会社ではしないです。」


やっぱり、失うものが無い若者に手を出すんじゃなかった。




「俺は、誰とも付き合いたくない、独りがいいんだ。そっとしておいてくれ。」


「じゃあ…一回だけ、チャンスをくれませんか?僕と賭けをしましょう。」


「賭け?」


「半期に一回の、全国営業成績ランキングに入ったら僕と付き合ってください。」


「…本気か?今、お前はランキング的にはかなり下の方なんだぞ。」


「でも、そこまでしないと、望月さんは僕が体目当てで迫ってると思ってるでしょ。僕は、本当に望月さんに憧れて好きになったんです。だから、仕事で証明します。」



進藤はまっすぐ望月を見た。

驚いた。

あの可愛いだけの進藤ではなくなっていた。

言ってる中身はおっさんを口説いてるのだけど。




「彼女はどうするんだ。同棲までしてるのに。」


「別れることになりました。」


「は?」


「実は昨日、彼女と別れ話になって。だから家に居づらくなってつい望月さんちに行っちゃったんです。」


「そういえば財布は…?」


「あれは、ウソです。」


まんまと騙された。

だが、このしたたかさがあったら、ランキングインもできるかもしれない。




「わかった。ここまで来たら賭けに乗るよ…。」


「がんばります!」


そう言って進藤は望月にキスをした。


「キスしたら、賭けの意味がないだろ!」


それ以来、半径1メートル以内に進藤を入れないようにした。



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そこから進藤の快進撃が始まった。


もともと優良客が多かったこともあり、追加の契約や紹介が増えていった。


経営者が集まる会に顔を出したり、大学の同期に話を持ちかけ、紹介をしてもらったりしているらしい。


進藤は元々公務員になることを考えて政治学を専攻していた。

その時の勉強が世界情勢の読みに生かされ、大口客も増えていった。



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「進藤…。この新規開設口座ってまさか…。」


「兄です。あと他に何件か紹介もらいます。」


ここまで来ると兄が不憫に思える。


「兄のことは、キッパリ諦められました。やっぱり恋は人を変えますね。」


進藤はニコッと笑った。


「兄もホッとしてると思うよ…。」


数字はかなりいいところまで来ている。

この支店全体もかなり営業力はついて来ているが、進藤が一番だった。



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ランキング発表の日が来た。

同行訪問ということにして営業車を出し、2人で見ることにした。


画面を開く、上からスクロールしてチェックしていく。

支店、名前、営業成績が表示される。


「……無い…ですね。」


遠藤の力なく言った。

望月もチェックするが、やはり無い。



「ランキングの最後の人と、100万差…かぁ…。」


100万円はかなりの僅差だ。

進藤はパソコンを閉じて顔を手で覆った。



「かなり凄い数字だよ。ランキング入りの金額も似たり寄ったりだし、本当に惜しかった。よくがんばったよ。」


進藤は顔を覆ったまま、黙っている。



おそらく、当面のお客さんのあてはないのだろう。

一年分のノルマは超えているので、会社的に問題はないが、要は俺との関係のことだ。



「あのさ、俺は、本当に凄い数字だと感心してるよ。俺にはできない営業の切り口も見つけたし、顧客の質もいい。これからの仕事も楽しみだと思ってる。」


進藤はまだ黙っている。



「実は、最初、今回のことをきっかけに、お前は仕事を辞めちゃうんじゃないかと思ってたんだよ。お前の頭の良さであの資格が取れないわけないんだ。だから、元々金融に興味がないのかなって。だから、仕事がんばりたいって言われたのは嬉しかったし、問題児のお前が今やこの支店のエースでみんなを引っ張ってるんだよ。本当わからないもんだよな。」



望月は一度、深呼吸をした。



「俺は、お前のがんばりを見て、この仕事で初めて感動した。ほかの支店でも売上の改善はしたけど、それはあくまで俺の『想定内』だったんだ。面白かったけど自己満足で終わりだった。でも、お前の成長はそんなんじゃなかった。」



進藤が手を下ろし、ゆっくりとこちらを見た。



「ありがとう。人は変われるんだ、って教えてくれて。まあ、もしまだお前が付き合ってほしいというなら…それでもいいかな、と思ってるよ…。」



進藤は目を見開いた。



「本当ですか⁈」


進藤は望月に抱きついてキスをした。


「ちょっと!待てって!」


望月は進藤を押し退ける。



「嬉しいです…本当に…。」


「まあ…どこまで持つか、わからないけど…。」


望月は乱れたネクタイを直しながら言った。



「なんでそんなことを言うんですか?」


「今までまともに人と付き合ったことがないからね。」


「それなら……僕がリードするんで、大丈夫です!」


最近の若者、前向きだな。

思わず笑みがこぼれた。



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その日の夜、望月は、進藤の成長ぶりやランキングについてメールで長谷川に報告した。

普段の望月は特定の誰かに肩入れすることはない。

このあり得ない行動の意味を、長谷川なら汲み取ってくれるだろう。

望月はパソコンを閉じた。



「………あれ?僕、寝てました?」


ベッドに横になっていた進藤が起きた。


「別に、そのまま寝てていいよ。もう、遅い時間だし。」


「帰るつもりは最初から全然ないんですけどね。」


「でしょうね。」


「何もしないんで、一緒に寝ましょうよ。」


何もしない、には怪しんだが、ベッドは一つしかないので布団に入る。

進藤は擦り寄ってきたが、すぐにまた眠りについた。


今まで誰かを可愛いとか、愛しいとか、思ったことがなかったが、進藤の幸せそうに眠る横顔に自然に触れたくなった。



カーテンの隙間から月明かりが差し込んでいた。

星の瞬きが綺麗だった。

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