【三題噺 気・幕・電撃】雷獣

2017/6/14


 今日から4日間、■■県■■■市■■町近辺の■■■■■■■■キャンプ場を拠点に動植物の分布調査を行う。同キャンプ場は■■■川の支流と豊かな森や山に囲まれ、多くの動植物が見られる事で知られている。

 県外に出ての分布調査は実に5年ぶりらしく、大学周辺では見られない動植物の調査や遠方での活動ができることもあり、学生たちのモチベーションも高い。車内で言葉を交わしたり資料を眺めたりしている彼らを見ていると、学生時代の若さに溢れていた頃を思い出す。まだまだ若輩者の身なのだから、熱意で学生に後れを取るわけにはいかない。


 しかし、数日間調査をするにあたって気がかりな情報もあった。大平教授と共にキャンプ場の管理をしている夫妻のところへ伺った際、近隣で大きな獣の痕跡が見つかったと伝えられたのだ。いわく、獣避けとして設置していた電撃柵が数日ほど前に破られていたという。幸い畑の方は荒らされていなかったものの、電撃柵を破れるとしたら大型の鹿か猪……熊の可能性もあるかもしれない。それ以降畑の被害や新たな痕跡は確認されていないそうだが、学生に何かあってからでは手遅れだ。教授と話し合った結果、予定されていた調査範囲を大きく縮小し、何か異変があった場合はすぐに撤収する、という方針になった。管理者夫妻も、新しい情報が入り次第伝えるとおっしゃってくれた。願わくば何事もなく調査を終えたいところだが、何が起きても大丈夫なように準備をしておくべきだろう。



2017/6/14 14:02


 ア……アーアー……アーあー、ハローハロー……これ、ちゃんと文字起こしできてる?    デキテルヨー


 はいオッケー、じゃあ大平研究室熊竹班の熊竹、細木、南美で定期巡回を始めまーす。

 今回はテントから北の森の方をぐるっと回る感じですね。初めての調査なので、大体の道順を把握していくのもコミです。マップを南美ちゃんにやってもらって、細木はイラスト担当ですね。細木画伯の植物画をお楽しみ\おいやめろって\ちょうたのしみ~(笑い声)

 

(以下、35分ほど雑談が続く)


 えー、ずっと基本的にはオオバヤナギの林が続いています。たまにヤチダモとかカラマツが生えていますね。地面に水気があるからかコケ類が結構多い気がします。あとはヤマクボスゲが目立ちますねー。お、細木イラストできた?


(以下、7分ほど雑談が続く)


 えーっと、今、大体調査範囲の端の方まで来ました。ほんとはもうちょっと奥の……山に近い方まで行くはずだったらしいんですけど、熊が出るから\クマダッケ? あー違うか、なんか野生動物が出るからってことなのでこれで終わりです。

 ちょうど目立つ木があるので、ここにカメラを設置して帰ろうと思いまーす。これ雷落ちたと思うんですけど、べっきり割れちゃってる木のそばです。回収する人は覚えておいてねー。デモスゲェナコノキ  コノマエノアラシノトキカナ……ア、アれ?

 ……ん、南美ちゃんどした。

 え、今なんかあっちの方に青っぽい生き物がいたんだけど……。

 どこどこ……あー、あれ?

 多分違う。もう逃げちゃったかも……。大きさが狼くらいで青っぽい毛の色してたんだけど気づかなかった?

 ……え、えーと、今南美ちゃんが変な生き物を見たそうです。狼みたいな大きさで青っぽいやつ……らしいので、これから定期巡回する人は気を付けて探してみてね。


(以下、20分ほど雑談が続く。キャンプ場に戻ったところで文字起こし終了)



2017/6/15


 昨夜から今日の午前4時頃にかけて、学生たちと交代で夜間観察を行った。キャンプ場のそばを流れる支流近くに天幕を張り、水を飲みに来る野生動物を観察する目的である。アナグマやニホンシカ、ハクビシンといった野生でよく見る動物しか観察できなかったが、ニホンシカの親子が現れた時は学生(特に熊竹くん)も興奮していたようだ。しかし私の経験から言って、このような自然環境にしては水辺を訪れる動物の数が少なかった気がする。まぁ、若い学生が10人ほど、それも数人は起きていたので、その気配を気取られたのかもしれない。

 午前4時という遅い時間での就寝だったが、野外で寝るのが久しぶりだったため3時間程度の睡眠で目が覚めてしまった。幸い眠気はあまりなかったので、昨日学生たちが設置した定点カメラの映像を確認する。

 しかし、いくつかのカメラの様子がおかしい。カメラからの映像を映すモニターは暗く沈み、"signal lost"の表記だけが画面中央で光っている。"signal lost"……つまり、カメラに何かがあり信号が途絶したのだ。

 信号が途絶えたのは、5か所に設置したうちの3つ。その中には、昨日南美さんが青い動物を見たという場所に置かれたカメラも含まれていた。

 野外に置くことが前提なだけあり、カメラは十分頑丈に作られている。それが異常を起こすということは、意図を持って攻撃されたか意図せずカメラを破壊できるほど大きな生物がいるとしか思えない。もう少しすれば大平教授も起きてくるはずだ。今後のことについて話し合わなければならないだろう。



2017/6/15 12:26


 ア……ア、ア、あ。これからカメラの回収に向かいます。現在は私1人です。大平教授と話し合った結果、これ以上の調査は危険であると判断し撤収することにしました。教授と学生さんは天幕を片付け、ロッジの方へと避難しています。


(以降5分、無言)


 ……あ、ありました。これは……大丈夫なようですね。次に向かいます。


(以降12分、無言)


 ……ふぅ、こちらも無事です。残りは3つ……信号が途絶したものですね。カメラを壊した動物が夜行性だと考えれば、陽の高いうちに回収しなければなりません。次に向かいます。


(以降7分、無言。時折息を吐く音と思われる不明な文字が記録される)


 ……はぁ、はぁ。湿度が高いせいか、妙にけだるく感じます。3つ目のカメラはこのあたりに……あぁ、ありました。確認してみます。





 ……ナンダコレ


 ……レンズは無事です。しかし、大きなひっかき傷……のようなものが入っています。傷は内部にまで達していて、焼け焦げているようです。

 これは、少し想定外です。てっきり踏みつけられたかモニタとの接続範囲外まで持ち去られたのだと思ったのですが……。これが本当にひっかき傷なら動物の仕業で間違いないでしょう。ですが焼け焦げは一体……?


 次に向かいます。


(以降18分、無言。不明な文字が断続的に記録される)


 はぁ、はぁ。4つ目は……あれですね。

 やはり同じような傷がついています。先ほどのカメラがあった場所からはずいぶん離れていますが、縄張りが広い動物なのでしょうか。


(20秒ほどの沈黙)


 あまり考えたくはありません。人間がカメラを見つけ、破壊して回っていたとは。ですがその可能性も視野に入れる必要がありそうです。一応大平教授にも連絡しておきましょう。では最後に、熊竹くんの班が設置したカメラの方へと向かいたいと思います。


(以降2分、無言)


 そういえば、熊竹くんの班の細木くんが面白いことを言っていました。

 "雷獣"という伝説上の生き物の話がこの■■県にはあるそうですね。雷と共に空から落ちてきて、また雷があると空に駆け上っていくとか。細木くんは民俗学にも精通していて、私も学ぶことが多々あります。

 はぁ……そういえば、どのような流れで雷獣について聞いたのでしたっけ。


(10秒ほどの沈黙)


 あぁそうだ。電撃柵が壊されたという話を伝えた時です。たしか、伝承によっては雷獣は電気を食べるという話があり、そこからの連想だと言っていました。

 

(20秒ほどの沈黙)


電気を食べる生き物ですか。たしかに深海に生息するバクテリアの一種は電気をエネルギーとして取り込むことが知られていますが、電撃柵に流れているような電流を接触するなんてとても……。


 ……イヤシカシ、畑が荒らされていなかったのは……いえ、考えすぎですね。電撃柵を破ったはいいものの、電流に怯えて逃げていったと考えるのが自然でしょう。まさか、電撃柵に流れる電流自体が目的だったなんて……。


(以降10分、無言。先ほどよりも頻繁に不明な文字が挿入される)


 あっ……ありました。こちらは特に異常はない……



 ……なんだ。カバーが外れて、ちが、剥がされてる?

 引っ掻いた跡があります。焼け焦げて、バッテリーが無い……?

 

(3秒ほどの沈黙)


 急いでロッジの方に戻ります。


(以降2分沈黙。不明な音が頻繁に挿入され、時折何か呟いていると思われる文字が記録される)


 はっはっはっ……無事な、カメラを……失敗でした……っ。餌をっ、持ってきっ……、もう追いつか……っあうぁっ!!\ドッ、カラッ……

 ぐぁっ、あう、あああアアァァァイゥッ


(不明な文字が3秒ほど記録されたのち、断絶)


 

 




備考:■■県立■■■■大学に勤める内藤講師(仮名)は、主に背部や腕部に複数の切創を負った状態で保護された。また傷口付近にはⅠ度の熱傷が確認された。現在は■■県の医科大学付属病院にて治療を受けている。

 発見時、氏が所有していたカメラ5台とスマートフォンにはいずれも損壊が見られ、その全てから、バッテリーを抜き取った痕跡が見つかった。

 なお、本稿はアーカイブ化した内容の一部(固有名詞等)を加工したものであり、可読性の観点から人物名は仮名で置き換えている。

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