アウトサイダー / 魔法宝石店『マザリン』盗難事件 - 4

「……とまあ、こういった経緯の事件があったわけです」



 要所を伏せた上で、俺は話を終えた。

 たとえば『善き者たちのガルツ』の件は要点だけを伝え、限りなくぼかした。人名もだいたい誤魔化したし、リーアルが使ってくれた術なども、漏洩したくない情報ではあるのでこれもまた伏せた(もっとも、俺に使われた二つの魔法は長時間にわたる儀式の際によく使われるポピュラーなものらしいので、隠すほどではなかったかもしれない)。

 盗賊どものボスを相手にした戦いぶりなんかも――個人的にはかなり自信があったのだが――ルレアは好かないだろうので簡潔に済ませた。

 俺が気になった点を相談するのに必要な点だけを過不足なく伝えたつもりだ。



「結局盗まれた宝石は取り返すことができ、実行犯は全員逮捕。用心棒の方も無事で見つかり、事件は解決、となったわけですが……」

「……犯人の方たち、必要以上に傷付けたりしませんでした?」

「いやいや」

 思わず苦笑してしまう。ルレアはジェラートを食べながら真剣な顔だ。

「俺の話聞いて一番の感想ですそれ?」

「だって気になったんですもん」

「じゃあお答えしますが、してませんよ。すぐに上司も来ましたし……」


 ほっとした表情を見せるルレア。実際は神聖魔法の治療がなければ死ぬくらいの傷は負わせているが、それは無力化に必要な過程であり、ルレアの危惧とは別だ。



「気がかりは、宝石のことです」

 深く煎られたコーヒーを口にしつつ、ようやく本題の話に入る。

「結論から言ってしまうと、その盗賊たちはトパーズを盗品交易場に売り下げようとしていました」

「わ、そうだったんですね」

「ええ。そしてその対象は、盗まれたインペリアルトパーズとは別のものでした。……が、その見分けをつけることは、盗賊はおろか、宝石店の店主にすらできなかったんです」

 事件後確かめたことだ。盗賊が持っていこうとしたトパーズとそれ以外のトパーズの差については、店主もまったく見当がついていなかった。


「うーん……たとえば宝飾品に使うものであれば、私たちの目から見てほんの少しの形や色味の違いでも、職人にとってはそれ以外ない! というくらい違う、ということはありますよね」

「それならそれで、魔法宝石ではなく宝飾品専門の宝石店に当たるのではないか、というのが店主の意見でした」

 リネア・リロバム区は古い地区で、そんな所にある店は、大体実用性を重視している。『マザリン』もその例には漏れなかった。

「見てくれが重要な宝石が欲しいなら、もっと別の店があります。それこそ北区の方にでもです」

「それもそうですねえ」


「謎はもう一つありまして」

 俺はさらに話を続ける。ここから先の謎も大きい。

「そもそもその目当ての宝石をどうやって見つけたのかという話があります」

「どうやって見つけたか?」

「そもそもそこで取り扱っているのは、最初話した通り、魔術媒介用の量産品なんです。普通に使う限り、一つ一つで区別なんてされません」

「……商品として扱われる時も、きっと『トパーズ』という枠の中の一つでしかないんですよね。何かお野菜を買う時に、多少質の善し悪しがあっても、絶対にこれじゃないとダメ! っていうのがないみたいに」


 ルレアの言葉に頷く。

「そんな状態で、誰がどうやってその『目的の石』を見つけて、盗品交易所の店主がそれを指定するに至ったのか……考えれば考えるほど分からず。まさか盗品交易所の店主に直接聞く訳にもいかないですし」

「なるほどお……」



 ルレアはジェラートの最後の一口を食べると、ナプキンで口元を拭く。そして、こう言った。

「心当たりがあります」



   *   *



「わあっ」

 店に入ったルレアが、声を上げてびくりと後ずさった。白いフードの中の三角耳も、驚きでピンと立っている。

「……何かありましたか?」

 笑いを噛み殺しながら尋ねると、ルレアがじっとりとした目で見上げてくる。

「ありましたか? じゃないですよ! 蝋人形見せるために……わざとでしょ! わたしを先に入れたの……!」

「代役を務めたこともある仲ですからね」

「もうっ。アスカルさんがレディファーストしてくれるなんて、ってちょっと嬉しかったのに……!」


 食事を終えた後、ルレアの『心当たり』をはっきりさせるべくやってきたのは閉店間際の『マザリン』だった。

 財宝守護騎士殿は、今日も勇ましく来客を出迎えている。



「おや……アスカル様」

「どうも」

 店主のシルヴァールは、先日よりもいくぶんか血気良い様子で俺を迎えてくれた。その視線は自然にルレアへと滑り落ちる。

「いらっしゃいませ。お探しの品が?」

「はい。トパーズを見せていただけますか? できれば直接」

「もちろんです」


 シルヴァール店主はケースを開き、飾られているトパーズをルレアに差し出した。

「周囲に影響が出なければ魔術の試用も可能ですが、消費分に応じて料金を頂きます。鑑定魔法類もどうぞご自由にお使いください」

「ありがとうございます」



 店主へ微笑を返すと、ルレアは一つ一つ宝石に触れ始める。少々手が空いて店頭に並んでいる宝石を何となしに眺めていると、店主が俺へすすと寄ってきた。

「あの方とはお付き合いを?」

「んぶ」

 今度は俺が声を上げる番だった。

「……違います」

「おや、それは失礼致しました。本日はなかなか気品ある身なりをなさっていたものですから……」


 その指摘に、ぎくりとなって背筋が伸びる。

 確かに事件の時に着ていった地味で気安い私服と、ルレアと食事に行く時の服装は分けているが、当然ながら他人に指摘されたのは初めてだった。

「では、ご友人で?」

「……ええ、ああ……まあ」

 次いでシルヴァールにそう問われると、今度は歯切れの悪い答えを返してしまった。

(いや、冷静に考えれば『友人』としか言いようがないんだが……)

 そう思う一方で、なんとなく『友人である』と言葉に出して俺たちの関係性を定義することには、いささかの抵抗があった。

(くそ……心なしかシルヴァールも優しげな目をしている。やめてくれ)



「あ」

 ルレアが声を上げた。両手でいくつかあったうちのトパーズの一つを手にしている。

「これだ。これです、アスカルさん」

「……分かったんですか?」

「はい。ええと……すみません、少し魔力いただきます」

「よろしいですよ」


 シルヴァールの許可が降りると、ルレアはじっと目を閉じる。集中した様子の彼女の手元から、やがてそのトパーズと同色の光が溢れ始める。

(……ん? 詠唱は――)

 そう思った瞬間に光はすぐ止み、彼女も集中を解いていた。


「ありがとうございます。お代は……」

「それくらいの量であれば結構です。アスカル様のお客様ですから」

「えっ……そんな、悪いです。わたしがお役に立った訳でもないのに……!」

 恐縮するルレアだったが、シルヴァールは目を細めて笑った。

「どうか私のためと思ってお受け取りください。少しでも恩を返したいのです」


「……良いですか、アスカルさん?」

 ルレアの言葉に俺も頷いた。

「俺がこれから宝石を使った魔術を覚えることがあるならその恩は取っておいてもらいたいですけど、生憎そういう予定もないですし」

「分かりました。ありがとうございます、店主さん。アスカルさん」



「どうぞまたいらしてください」


 シルヴァールの挨拶を背に、俺たちは『マザリン』を後にする。俺は横を歩くルレアに尋ねた。

「……さっきは何を?」

「魔力を少しだけ抽出しました。地の魔力だから、砂みたいになってます」

 そう言って、ルレアは手のひらを見せてくれた。血色の良い手のひらの中に、確かにきらきらと光る砂粒のようなものがある。


「すみません、俺が無知なのかもしれませんが……詠唱も何もなしにそういうことってできるんですか?」

「あ……えっと、そうですね。これは魔術じゃなくて、もっとこう……感覚的なことなんです」

「感覚的な……?」

「はい。魔術が楽譜通りの演奏なら、今したのは鼻歌みたいなもので、でもどっちも曲にはなる……みたいな」


 分かるような分からないような比喩だ。ルレアは続ける。

「でも、ほとんどの人はできませんよね。少なくともわたしは、わたしたち以外でこれができる人は、今まで二人しか見たことないです」

「『わたしたち以外』……ああ、つまり」

「はい」

 ルレアは頷く。

「妖精特有の、魔力に対する感覚野。それが答えです」



   *   *



「うお」

 ルレアと共に『善き者たちのガルツ』へ足を踏み入れた俺が声を上げたのは、そこに思わぬ出迎えがあったからだ。

 ノモル。店主プラタ・ギンの隣にいた、泥色の子ども。それが『マザリン』の蝋人形よろしく入ってすぐの所に立っていたのだ。


「来たね、アスカル。面白いヤツを連れて来たじゃないかア」

 そう言ってきたのはプラタ・ギンだ。片膝を立て、煙管を片手に笑っている。

「ノモルが自分から動いて客を迎えるなんて初めてだよ。お嬢ちゃん、名前は?」

「はじめまして。ルレアと言います。この子はノモルというんですね」

 挨拶を返した彼女に、プラタ・ギンは答える。

「ああ。アンタの親と同じ。妖精さ」



 イヌが人間に分からない匂いを嗅ぎ分けることができるように、妖精もまた、人間には分からない魔力の微妙な差異を感じることができるという。

 片方の親が妖精である半妖精のルレアにも、そういった妖精知覚が少しばかり存在するらしい。それによって彼女は詠唱もなく魔術のような現象を引き起こすことができたし、人間では分からない魔力の差も感じ取ることができた。


「あなたが欲しかったのはこれだよね?」

 ルレアがしゃがみこんで、あのトパーズから抽出した魔力の粒子を差し出すと、ノモルはどこか興奮した様子でこくこく頷く。彼女が微笑むと、ノモルはその指先で粒子をつまみ、掲げあげてじっと見つめる。

 かと思えば、口まで覆うその上着の中から、何かを取り出してルレアに差し出して見せる。彼女は驚き、また笑ってノモルを見る。

 それは子ども同士のじゃれ合いのようでもあった。



「ノモルがあんたを気に入ってたのも、その子の魔力の気配があったからだろうねエ」

 プラタ・ギンはその様子を見守りながら言った。

「たとえ混血でも、妖精なんてそうそういやしない。ましてやこんな街中じゃね。ノモルにとって、その子は初めての『他の妖精』かもしれないなア」


「……ノモルのことを聞いても?」

 俺自身の納得のための質問だ。跳ね除けられるかとも思ったが、プラタ・ギンは意外なくらい穏やかな口調で語る。

「私たちが理解しやすいように定義するなら、ノモルは『リネア・リロバム区の妖精』だ。この一帯の泥の下からあいつは生まれ、今は私と一緒にいる」

「土地に根ざした妖精……」


 そもそも前例の数が少ない妖精だが、その少ない前例の中に、古い屋敷にどこからともなく現れたり、歴史深い街の守護者として敬愛されたりといったものがあった。

 ノモルもそういった前例と共通点がある個体というわけだ。


「あのトパーズが『マザリン』にあったのが分かったのも、ノモルの力で……?」

「そうだね。ついでに、ここに来るまでの迷路もノモルがやってる」

「……凄まじい力だな」

「妖精ってのはそういうもんだ。私だって、いつかノモルの気紛れで地の底まで沈められるかもしれん」


 口ではそんなことを言いながらも、プラタ・ギンの表情は穏やかだ。

「しかしノモルがあんなにはしゃぐなんてね……」

 それはさながら、子を見る母親のようで――




「いや」

 俺は意図して刺々しい声を出す。

「まさか良い話で収められるなんて思ってないだろうな」

「何だ? 無粋だねエ……」

「事実としてお前のふざけた商いのせいで『マザリン』は店主も店員も被害を受けてるんだ」

「あんたが止めたんだろ?」

「結果論だろうが……!」


 一転して鬱陶しげな目で俺を見るプラタ・ギン。

「何だい。つまらん話をさせようとするんじゃないよ。私は別に盗んで来いなんて言ってないだろ」

「言っ、て……はいただろう!」

「あの宝石を盗んで来いってエ? ちゃんと思い出しな。そんなこと言った覚えはないよ。私は買ってきてくれればそれで良かったんだ」

「盗品交易場を開いておいてよくもいけしゃあしゃあと……」

「それもあんたらが言ってるだけだ。ここは物々交換も受け入れる店だ。看板読んだかい? 書いてあるだろう、『善き者たちのガルツ』ってなア」


 ぐ、と言葉に詰まる。アーウィン殿を平気で出入りさせているだけあって、俺のようなやつが少し口を出した所で小揺るぎもしない。

「それよりあれを見なよ」

 プラタ・ギンが意地悪い声音で囁き、指さした。その先ではルレアとノモルが互いに魔力の光らしいものを舞わせ、きゃいきゃいと遊んでいる。

「仲良いよなア。妖精同士でしか通じないものがあるんだ」

「まあ、そうだろうな……」


「気にならないかあ? ノモルが『男』か『女』か」


 プラタ・ギンの指差す先で、二人はぎゅうとくっつき合い、ノモルは彼女の柔らかな胸に半ば頭を埋めている。


「…………」



「気になるのかア!!」

「おいッ……ふざけるなよ! 何も言っていないだろうが!」

「否定しなかったじゃないか!」

「それは……!」

 それは当然、俺が『真実の門焚』のせいで嘘言を口にできないからである。

(いや、それだと俺が気にしていることに……いや事実あそこまでくっつかれたら気になるだろうが男か女かッ……!)



「アスカルさん?」

 俺たちの騒ぎに気付いた様子で、ルレアが声をかけてくる。プラタ・ギンに余計なことを言われる前に、俺は早口で言った。

「ルレアさん、そろそろ戻りましょう。あまり長居しても良くないです」

「私は構わないけどねエ」

「良く、ないです」


 強い口調で言い切ると、ルレアは少し残念そうな表情を見せたが、ノモルの頭を撫でると、俺の方へと来てくれた。

「すみません。わたし以外の妖精の子と遊ぶの、やっぱり楽しくて……ノモルちゃん、すっごく可愛いし」

(ちゃん付け……女でいいのか?)

「アスカルさん?」

「いえ」



「では失礼」

「失礼しますね。今夜はありがとうございました」

 ルレアを連れ、俺は店を後にする。その背後からかけられる声。

「またいつでも来な。お前たちのどっちもね。面白いからなア」

「またね」



「…………ノモル!? ノモルあんた今喋ったのかい!? ノモル!!?」


 くすくす笑いながら手を振るルレアをよそに、俺はげっそりとした顔で帰路に就くのだった。

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