アポトーシスで永遠を

烏川 ハル

第1話

   

「えっ、ウイルス関連じゃないんですか?」

 新しいボスの前で、俺は間抜けな言葉を発してしまう。


 広い意味では分子生物学者だが、俺の専門はウイルス学だ。内部タンパク質の構造と機能の関連を研究したり、新しいワクチン開発の目的で組換えウイルスを作ったりしてきた。

 前者の方が研究の自由度も高く面白かったけれど、より実用的なのは後者で、学会発表の反応も遥かに良かった。素直に嬉しいと同時に、自分では面白かった研究が他人からの関心は低かったと改めて実感して、寂しい気持ちにもなった。


 そもそも学者とか研究者というものは、世間からどう思われているだろうか。

 例えば「すえは博士か大臣か」という言葉もあるが、博士と大臣は大きく違う。大臣は政治家なので、それだけで凄い給料がもらえるだろうに、博士の方は単なる称号に過ぎない。

 いや、一種の資格というべきだろうか。博士となって初めて、研究者として雇ってもらえる。ただ博士号を得ただけでは一銭も入らず、そこから自分で職を探さないといけないのだ。

 自分で職を探すという意味では普通の会社就職と同じで、それこそ給与の面でも一般的なサラリーマンと同様だろうが、身分の安定性は全く異なる。大企業の研究職や大学の教授職を例外として、普通に俺のように小さな研究機関に雇われたり大学のポスドク研究員だったりすると、一年や二年といった短期契約の繰り返し。雇用形態だけは、まるで高給取りのプロ野球選手みたいだ。


 そんな俺が今度転がり込んだのは、主にアポトーシスを研究しているラボだった。

 アポトーシスといえば昔、まだ俺が大学に入る前、研究者の間で凄く流行はやった時期があるという。

 ちょうど当時人気のロボットアニメの中でもカッコイイ専門用語として使われていたほどで、だから生物系の研究とは縁のない一般の人々でも聞いたことのある単語だろう。

   

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