第2話 男の話♯1

その日、一日の研究が終わった頃、男は大学の喫煙所で1人煙草を深く吸い込んでいた。


不意に携帯が鳴った。


画面には彩華の二文字が浮かんでいる。


あれからどれだけ時がたったのだろうか、彼女と連絡を避けていたのは。


正直電話に出たくない。


現に、辛いあの日を思い出すのは今日じゃないと風に転がる落ち葉が言っている。


電話を切ろうと携帯に指を掛けたが、既に昼にも彩華から電話があったと示す通知が目に入り、仕方なく携帯を耳に当てた。


「あっ、あの。久辺さんですか…」


電話から聞こえてきたのは男性の声だった。


「えっ?はい。そうですけど。」


戸惑いのあまり、ぶっきらぼうに答えてしまう。


「あの、急にすみません。」


「いや、誰。」


「あっ、あの。彩華の彼氏の佐久間と言います。彩華がやばくって、今、彩華の携帯から掛けているんですけど。」


段取りの悪い男だなと思った。彼氏の話は前に聞いていたが、声を聞くのは初めてだった。


佐久間いわく、最近、彩華の様子がおかしいのだと言う。


また、彩華は早くに母を亡くし、父も既に他界しているため、身内で相談出来る者が見つからなかった。そこで彼女(彩華)から親しい仲だと聞いた僕に電話を掛けた次第らしい。


彼の口調と焦り方から、かなり緊迫した状態なのが分かる。


「あの!旅費と宿代は出しますから。東京にある彩華の家に来てください。お願いします!」


どう考えても嫌に決まっている。

あの日の事を知らないとはいえ、助ける気にはなれない。 しかし、彩華に恩があるのは事実だ。世間体もある。行くしかないのだと思う。

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