1. 誕生

 その日は雨が降っていた

 槍のような雨

 雨空を裂くような雷

 ついに人間が神に殺されるような、そんな天気の夜のこと


 町外れの家に、産声が響いた


「おぎゃー!おぎゃー!」


 母と父は泣きながら赤ん坊を抱いた


 生まれてきてくれてありがとう


 祝福の言葉を述べながら、2人は泣いていた


 夫婦に赤ん坊という幸せが訪れた


 だが、それは束の間の幸せだった



 産声を聞いた1人の商人がいた


 こんな雨の中、野宿の選択がなくなった商人は、仕入れからいそいそと帰ってきたのだ


 町について、商人はギルドの受付に言った


「町外れの家に、子供が生まれたそうだ」


 商人は、最近この町で商売をし始めたばかりの人物だ

 だから、彼はなんの悪気もなく、ただ祝福するつもりで言ったのだろう

 だが、ギルドに来ていた冒険者や騎士、ギルドの職員は顔を真っ青にした


「あぁ、そうか、だから今日はこんなに怒りのような雨と雷が降っているんだ」

「禁忌だ…禁忌の子が誕生してしまった…!」

「神の怒りをかってしまったんだ…」

「やっぱりだ…やっぱり、早く殺しておくべきだったんだ…神がお許しになるはずがない…人間と…悪名高き『魔女』との結婚など…!」




————————————————————




「はぁ、はぁ、はぁっ!」


 母は自分の持つ魔力を全て使い、人間から逃げていた


 人間達に殺されそうになったからだ

 急に家に押し寄せてきた騎士と冒険者達が、3人を殺そうと大勢でかかってきたのだ


 父は、妻と赤ん坊を逃すためにその場で人間達を食い止めた

 だが、逃げる際に背後から聞こえた鈍い音

 恐らく…


「はぁっ…はぁっ…ごめんなさい。ごめんなさい。2人をこんな目に合わせてしまって…私が…『魔女』のせいで…!」


 力がある限り、『魔女』は走り続けた

 人間の国と『魔女』の国との境目まで、懸命に

『魔女』の国にさえ入って仕舞えば、人間達は入ってこれないはずだ

 それに、少なくとも…


「この子だけは…なんとしてでも…助けない…と…」


 パァン!


 破裂音が響き渡る

 その瞬間、足に鋭い痛みと、熱が帯びる


「あぁっ!?」


 右足を撃ち抜かれた

 激痛が全身に駆け巡る

 だが、走る足を止めない

 飛ぶのに必要な魔力はもう少しでたまる

 それまで…どうにかして攻撃を交わさないといけない


 相手はただの人間だ

 魔法は使えない

 だが、『魔女』に抵抗するための武器は多く持っている

 それにやられて仕舞えば『魔女』でも死んでしまう


 必死に走った

 胸の中ですやすやと眠る我が子を守りながら

 足からの出血が酷い

 後ろから飛んでくる鉛玉が怖くてたまらない

 でも、彼女は走り続けた

 この子だけは…守り切ると


「…!おいで、私の箒よ!」


 魔力が回復したのを感じた

 手を空へあげると、どこからともなく現れた箒が、彼女の手にすっぽりと入り、空へと飛び上がる

 こうなっては人間にはどうしようもなかった

 到底人間が走って追いつけるようなものじゃない

 だが、人間も変わらず、彼女を追った



「…ごめんなさい。私達を『魔物の森』に連れて行ってちょうだい」


 箒に乗り、どうにかバランスを取る『魔女』に応えるように、箒は飛ぶ


 きっと、今でも人間は追ってきているだろう

 正直、境界線を超えても諦めないはずだ

 それに、帰ったとしても、『魔女教会』が許すはずがない

 子供が無事でいられる可能性なんて余程だ

 だから…


 切り裂く雨の中、ぼんやりと見える紫色の森

 箒はゆっくりと下降していった


 国と国の境界線であるこの森

 魔法によって広まった森


 その中に入り、ある程度奥まで突き進む


『魔物の森』は、慣れている『魔女』でも迷うほどの場所だ。空を飛ばない限り抜け出すことは不可能

 その上、この場所は魔物がいる

 入って仕舞えば殺されてしまう恐ろしい場所だ


 そんな場所の、分かりにくい木の根のそばに、魔法で作った籠をおき、その上に毛布で包んだ赤ん坊を乗せた


 母親に似て、美しい銀色の髪が見える


「ごめんなさい。あなたを最後まで見ることができなくて…今後、あなたにとって大変なことが多く訪れるはずよ。でも、大丈夫。何があっても、ママが守ってあげるから」


 こんな状況のなか、すやすやと眠る我が子に、そっとキスをする


「またね、クレーヴェル。愛しているわ」


 そう言って、母は行ってしまった


 1人残された赤ん坊は、木々によって降ってこない雨の中、すやすやと眠り続けた








 次の日の朝

 雨は止み、快晴の空

『魔物の森』に、人影が現れた


「おや、こんなところに赤ん坊がいるじゃないか…」


 大きなとんがり帽子を頭に乗せた『魔女』は、カゴの中を覗き込んだ


 赤ん坊はすやすやと気持ちよさそうに眠っている


『魔女』は赤ん坊の入った籠ごと抱き上げ、言った


「こんなところで1人…寂しかったろうに。ほら、私と一緒に行こう。きっと、幸せにしてやるから」


 自分の家に連れて行こうとしたその時だった

 ガサっと草木が揺れ、黒い影が出てくる

 そこには、黒いたてがみを持ったライオンと、その取り巻きらしきライオンがいた

 だが、『魔女』はびくともしないし、なんとも思わなかった

 なんなら…


「おやおや、魔物の王様が、わざわざどうしたんだ?ここには肉なんてないよ」


 なんてことを言う

 すると、王様と呼ばれたライオンが、言葉を話した


『————よ、分かっているだろう。その赤子は人間と『魔女』の子。禁忌の子だ。そんなものを手元に置くなど、狂っているぞ』

「うるさいねぇ年寄りは。そんなの分かっているよ。でもね、命は平等さ。そんなこと如きで簡単に失われていい命なんてこの世には存在しないのさ。ほら、この子はあげないよ。さっさと消えな」

『…分かった。だが、忘れるなよ、この森は我らの場所だ。何かあれば…』

「あーはいはい。何度も聞いているよ。じゃぁね、君たちも君たちのことをやってなよ。私はあんた達に介入しない。それはあんた達もって契約だろうさ。まったく…」


『魔女』は魔物に背を向けて、自分の住む家に向かって箒に乗り、飛ぶ


「よしよーし。怖かったろう。さぁ、家に帰ったらまずはご飯だ。たーっくさん食べさせてやるからね、クレーヴェル」


『魔女』は赤ん坊の頬を突き、嬉しそうに言った


『魔物の森』には、魔物がいる

『魔女』にとってこの魔物というのはただの使い魔でしかない

 使い魔を作るためにこの森に入ってくることはあるが、基本的には入ってこない

 だが、この『魔女』はこの森に住んでいる

 誰も住もうとしない場所に家を建て、優雅に1人過ごしていた

 この『魔女』と魔物には契約がある

 それは、お互い必要以上に接触しないことだ

 それを守りながら、双方平和に過ごしている


 だが今回、『魔女』が赤ん坊を拾ったことに関して、魔物は納得いかなかった

『魔女』も魔物も、どちらとも分かっているはずだ

 この赤ん坊が『魔女』と人間の間に生まれた、魔力を持つ禁忌の子供だということを

 これについては『魔女』にとっても人間にとってもあってはならないことだ

 禁忌の子は殺さなければならない

 なら、この『魔女』はなぜ赤ん坊を殺すことなく、こうやって大事そうに抱え、家に連れてきたのか…それは、彼女しか知らないだろう


 森の中に小さな、何もない空間がある

 そこに佇む大きな木

 その木の根の中に、家があった

 扉もあり窓もある

 なんなら外にはブランコ状のベンチや花壇、畑なんかもある

 すると、勝手に扉が開いて、中から何かが出てくる

 バスケットボールほどの大きさのフクロウが出てきた

 左目にモノクルをつけ、ぱたぱたと羽を羽ばたかせて空に浮いている


「ポッポー!主様!急に出て行ったと思いきやどこにいかれていたのでえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?」

「うるさいぞペオス」

「ぽぽぽぽぽっ!なんというものを連れてきたのですかあなたは!それは…それは…!」

「ペオス、黙れないのか。それに、クレーヴェルのことを物扱いするな。3枚に下ろすぞ」

「ぽっ!?」


『魔女』の使い魔であるペオスは、赤ん坊に狼狽えながらも、中に連れていく『魔女』の背を追った


 家の中はシンプルかつごちゃごちゃしていた

 薬剤の入った瓶が大量に並ぶ棚

 ポーションを作るための大釜や調合台

 キッチンは昔ながらのかまどだし、風呂もある

 ベッドはふかふかでちゃんとしている


 とにかく赤ん坊をベッドの上に乗せ、『魔女』は言った


「クレーヴェルは私が育てる。異論は認めないぞ。だからペオス、お前には『色彩クルールの魔女』を読んできて欲しい。ついでに街で買い物でもしてこい。欲しいのはこれだ」


 魔法でペンと紙を操り、ひょひょいっと書き上げる

 紙を預かったペオスは、恐る恐るきいた


「主様、本気でこの…『魔女』と人間のハーフを育てるのですか?『魔女教会』が許すはずが…」

「あいつらは頭が固いんだ。石頭だよ石頭。別にいいじゃないか。私には、クレーヴェルを育てる権利がある。私は…この子を見捨てることなどせんよ。ペオス。頼んだ」

「…ぽぽぽ、分かりましたよ。それでは、行ってまいります」


 ペオスはペコっと頭を下げて近くの籠を持って街に向かって行った


 静かになった家の中

 窓から溢れ日が入ってくる

 すると、それが赤ん坊の顔にあたり、目を覚ます


「おぉ、起こしてしまったか、クレーヴェル。すまないね、すぐにカーテンを閉め…」


『魔女』は目を見開いた

 赤ん坊の開いた目を見て


 左目は『魔物の森』のような紫色

 右目は泉のように澄んだ水色の瞳

 オッドアイだ

 だが、彼女が驚いたのはそれではない

 右目に入る、白色のクロス


『魔女』は頭を抱えて笑った


「はは…ははははは!まさか…ははは、こんなことがあってもいいのか?ははは…あぁ…だがまずいな……大丈夫だ、クレーヴェル。お前のことは私が守ろう。お前の父と母のように」


 赤ん坊はまた目を閉じて、眠りについた

 それを『魔女』は抱えて、外の景色を見た

『魔物の森』の中身に立つ大樹がここからでも見える

『魔女』は笑う

 そして、彼女もまた、共に眠りについた




 それから、『魔女』がクレーヴェルを拾ってから、約16年もの年が流れた

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