悩むだけ、損な話 1

<どピンク>


 瑞樹は衝撃を受けた。ピンク色の空に。正確に言えば、ツツジの花の色と同じ。


「おお! 異世界に来たって、感じだねぇ」


 イリスが感想を述べた。異世界シルフィアの空は、藍色を隅に押しやり。淡紅色が主役の座を獲得していた。


 二人の後ろ。負傷者が運ばれていく。声を張り上げて、空きのある病院を探していた。言い合う声を除いても、賑やかだ。行き交う者たちの数が多い。それぞれ、外見は異なるが。話題は侵入者に関してのひとつだった。


「ラナンを連れてきても、良かったな」


 イリスはつぶやく。異世界シルフィアに入る審査は、簡単だった。武器の有無を調べられただけ。ラナンと呼ぶ、携帯端末。人工頭脳を搭載した、自立思考型。今頃は、ローディア夫妻に、不満を漏らしているだろう。


 深く息を吸う。瑞樹は意識的に。何度目だったか。傍らに立つ、イリスは平然としている。負けてたまるかと、普通に呼吸する。息苦しくて、深く吸う。


「ああ。気づかなくて、ごめん。高地で訓練を積んでいるから。慣れていない人は、辛いよね」


 イリスは瑞樹を障壁で包む。中を酸素で満たした。ホウッと、安堵する。


<原因は?>


「世界を守る壁が薄くなってきているせいだね」


<住んでいる人たちは、平気で暮らせるんですね。少しずつ、進んでいったから>


「うん。ミズキくんがシルフィア世界に来たのは、最近なんだね」


<空が夜の色に染まっていた頃です。直後に、侵入者の一報が入りました。戦えそうだからという理由で、兵士として抜擢されたのです>


「私も見間違えたからなあ」


<……>


 交わした会話から、イリスは推測した。苦笑いして、瑞樹は説明する。夕べ来たばかり、と。


 無理もないと、イリスは思う。瑞樹は大人びている。環境が早い成長を求めたと想像できた。


<なぜ、ここに?>


「棒を返してもらおうと思って」


「こんな所にいたか、ミズキ。兵士は、全員集合だぞ。今回の件で、報奨金が出るそうだ」


 瑞樹が訊く。イリスが答えた。さっと、彼は棒を隠す。仲間の兵士に、連れていかれた。ちゃんと、軍に入隊していた人が強い。


 帰るまでに返してもらおうと、イリスは思い直した。


「ねえ、塔の天辺に登らないの?」


「今回は、許可を取ってからにしたいね」


 紫がかった赤い色の空を突くような、高さのある塔を持つ城。肩にいる、ネネが訊く。初めて、私設武闘団に行った時を思い出して。イリスは捕まりたくないと答えた。


 イリスは左右に横歩きする。たくさんある塔の中で、一ヶ所欠けている所を見つけた。キセラを助けるために、ランセムが折った話を聞いている。現在も兵士の城への出入り口として使われていた。


「ふ~ん。つまんないの」


「予約しても、一年待ち。騒動で、どちらも取りやめになりそうだね」


 ネネを無視して、イリスは推測を話す。後ろに控える、グロシュライトとセツナが同意した。


 今居るのは、石畳の城前広場。少しでも、城の近くに住みたいと無秩序に広がった、町を迷いながら抜けて辿り着いた。


 広場は待ち合わせにも最適だが。城や庭園の一部が公開されていて、入場まで待つ場でもある。予約制だが、空きがあれば。当日、早い者勝ちで、入場できる。


「後宮に入るしかないのかなぁ。伝手はあるけど。はねつけられるかな。考えるだけで、じんましんが出そう」


 イリスの独り言。セツナとグロシュライトが同情のまなざしを向ける。ネネはどこにでも行くよという態度だ。


 城への潜入を考えた時。真っ先に、思い浮かんだのが、城で働くことだ。城内を自由に歩ける。何年も募集していないと知って、断念した。


 フェウィンのための後宮が作られた。取り仕切るのは、メデイアと呼ばれる女。世界を治める、シルフィアと同じ。純粋なシルフィア種族で、そのことを誇りに思っている。


 メデイアが集めた、王族や貴族の子女。純粋さを基準にしたと考えられる。彼女らが連れてきた、使用人を見れば判る。メデイアのお眼鏡にかなわなかった人たちが、後宮の外の城内で働いているからだ。

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