イリスとは、何者か? 7

「雲に乗るところを目撃していてさ。自分たちも乗りたいって、だだこねられた。俺にはできないから、足場に妥協してもらった」


 抱えていた、子どもたちを下ろす。こちらも、土産まで買ってもらっていた。家族に駆け寄る。大興奮で話す。キースはイリスに話した。


 別の二組の家族に、同じ説明をする。引き継ぐ。


 プレーティン統一政府(国連と同じ)に、請求する。惑星全土に分かれて、異界の生き物が襲ったからだ。人死に無し、建物への損害も無し。何かと理由を付けて、出し渋る。町を建て直すより、安上がりは当たり前だが。無料奉仕は許せない。


 イリスも含めた、複数の私設武闘団は粘り強く交渉する。携帯端末越しで、もどかしかったが。危険手当て、被害に遭った子どもたちの飲食代、土産代も上乗せ。希望金額を上回る額が支払われた。


 参戦した私設武闘団で、平等に分ける。サソリの分は、キースが受け取った。


「ロゼウスタ補佐官。今日は、上がって良いよ。後は、こちらでやっておくから。報告書は頼む」


「はい」


 部屋を出る前に、ローディアに呼び止められる。イリスは帰宅の指示に頷く。


「それから、成人仕様の旅券。行動範囲が広がるな」


「ありがとうございます」


「異世界で結婚したら、こちらでも手続きするように」


 ローディアから、新しい旅券を手渡される。感動して、イリスは眺める。しばらくの間。これから、立場的にも安定する。最後の言葉を聞いて、首長が直々に手渡す意味を理解した。連れてきて、会わせろ、と。


「いつも、頼りにしています」


 イリスは感謝する。ローディアとキースの口添えもあって、今回の件も決まった。


「サソリの副団長だからな。これから、シルフィア世界に渡るんだろう? 恋人探しに」


 当然といった口調で、キースが言う。異世界の名前を出す。イリスは口を一文字に結んだ。


「これを欲しがる、物好きがいるのかね」


「損な役割を押し付けて、ごめん」


「いいや。イリスさんが羽を交換する片割れが見つかったら、手合わせさせろ。見極めてやる」


 火に油を注ぐことを、キースが言う。ビリッと、イリスは空気を震わせる。彼の話の続きを制した。詫びに、戦わせろと頼まれる。


「うん。判った」


 深い呼吸を繰り返す。イリスは承諾した。戦わせたくないのが、本音だが。武闘中毒者のキースを引き下がらせるためには、必要だった。


 キースは小言を聞くために、軍の施設へ。イリスは公務員に用意された、集合住宅に帰る。


 真っ先に、面倒なことを片付ける。今回の事の顛末を書いた報告書を、携帯端末で送る。寝台に寝転がった。


 生活感がない部屋だ。仕事柄、いつでも飛び出せるように、物は詰めたままだ。淡紅色のスーツケースと肩掛けカバンに。


「忘れていた!」


 イリスは跳ね起きる。グロシュライトを呼ぶ。自らの推測を話す。今回の件を踏まえて、起こり得ることも含めて。彼の意見を求めた。


「メフィストさんの使い魔のネネさんを連れていくのは、いかがでしょうか?」


「う~ん」


 グロシュライトの提案。イリスは悩む。闇を司る存在の筆頭の配下。メフィストとは、どこかで拾った名前らしく、本名は判らない。いまいち、信用できないところがあるが。


「妥当かな」


「では、交渉して参ります」


「よろしく」


 イリスが決断する。グロシュライトの気配が消えた。次の瞬間、気配が戻る。床の上に、ネネ。メフィストの読みも確かだ。


 すこぶる、ネネの機嫌が悪かった。エルミレア種族を小さくした姿。メフィストが名前を拾った所では、猫と呼ばれる動物らしい。毛が黒いので、黒猫だ。


「ネネちゃ~ん」


 ツーン。ネネがそっぽを向く。忙しさのあまり、会いに行けなかったのが災いした。イリスが抱っこしようとする。逃げられた。部屋の中で、追いかけっこする。きっかり、一仕事できる時間。


「ミャア!」


 イリスが睡魔に負けて、寝台に倒れる。背中に、ネネが乗る。勝ったと鳴く。


「日頃の疲れが出たのでしょう。休ませてあげてください」


 起きてこない、イリス。ネネは前足で叩く。グロシュライトが声を掛けた。掛けられた上掛け布団に、ネネは潜り込んだ。


「どこ行くの?」


 翌朝、身支度を整える。二つのカバンを、ローディアに預けた。イリスにネネが訊く。


「先延ばしできなくなりましたので、シルフィア世界に行きます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る