6、正体

 私はお風呂場から出て、バスタオルで身体を拭き、軽くドライヤーをして自分の顔色を確かめると、覚悟を決めてベッドへと向かった。


 寝室に入ると、奥野先生は暗い部屋でスマホ画面を見つめたままベッドの上に座っていた。トクンと胸が高鳴る。これから何をするのか、身体の方がよく理解していた。


「先生……」

「もう、大丈夫なのかい?」


 心配する先生に私は「はい」と返事をしてベッドの中に入った。

 初体験を怖がる身体に先生が優しく触れる。

 慣れた様子で安全なところから触れる先生に私は身を任せた。



 夜遅く、私は目を覚ました。自分が裸のままだったことに驚きながらカバンからスマホを取り出し時刻を確認すると予想に反してまだ日を跨いでおらず、二十二時半だった。


 奥野先生は普段からは想像できない激しい行為の後で、疲れ果てた様子でぐっすりと眠っていた。

 随分私もはしたなく声を上げていたと思い出し、急に恥ずかしさが込み上げてくる。


 相性が良かったのか分からないが、危惧していたほど今は股の痛みはあまりなく、十分耐えられるものだった。


 ホッと一息付きながら、スマホを操作してネットニュースを淡々と見つめる。部屋には十分な暖房が掛かっていて、裸にブランケットを掛けていればそこまで寒さは感じなかった。


 ふと、視線が四十インチ以上ある液晶テレビの上に取りつけられたレンズに引き寄せられた。そのレンズは真っすぐに寝室の方向を向いている。


 疑いの感情を持ちたいわけではない。ただ、この自分の中に宿った疑いを晴らして安心したいだけだ。


 私は監視カメラとおぼしきそれがレコーダーに有線で繋がっており、レコーダーは当然HDMI出力端子で液晶テレビに繋がっているのを確認した。つまりは録画をしながら液晶テレビに映像を映し出すことが可能であるということだ。

 

 監視カメラの多くがwifiわいふぁいでスマホ画面でも映像を確認できるが、こうあからさまに大きな画面で視聴できるよう接続されているのはとても不可解としか言いようがなかった。


 恐る恐る私はリモコンを手に持ち、電源を付けるとすぐに消音設定にしてボタンを押して操作していく。

 そして、簡単に液晶テレビに監視カメラで録画した映像を映し出すことが出来た。


 私は映し出された生々しい卑猥な行為に息を呑んだ。もう何を信じていいのか分からなくなった。

 どうして先生が、目が悪くて見えづらいからと電気をわざわざ付けたのか、その理由がよく分かるほどに私の裸体も交わってくる先生の姿も鮮明によく撮れていた。


 あまりにリアルな光景を茫然と眺めてしまった私はさらにボタンを押して録画された映像を見ていくと、見たことのない知らない女性が先生と身体を重ね、性行為をしている映像がいくつも残っていた。


 この人たちも先生の欲望によって……。

 いや、これが本質的に恐ろしいのは先生によって消費されることではない。

 撮影された映像が金のために他の人間に売り飛ばされ、多くの人が視聴する商品として消費されてしまうことで、それは想像するだけで身の毛がよだつほど恐ろしいことだった。


 私はレコーダーに録画された映像を消去し電源を消すと、洋服を着てカバンを手に立ち上がった。


「先生のしていることは本当に愚かなことですよ。私よりも賢い先生ならとっくに分かっているはずです」


 私はベッドでいびきをかいて眠り続ける奥野先生の方を見て小さな声で呟いた。


 先生が全てを分かった上で欲望に勝てなかったのだとしても、私にはこの非道な行為を到底許せるはずがなかった。

 私は先生にとって都合のいい女だった。そう結論付ければここで永遠に分かれることになるのも苦ではない。

 先生を起こさないよう、私は静かに玄関に向かった。

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