3、傷ついた心に触れて

 私は先生と再会し、高校をサボって街を歩いた。

 表情の硬い私を慰めるように優しく接してくれる先生に甘えてしまう私。それは、あまりに二年前と変わらない、安心させてくれる先生と過ごす時間だった。


 二人で昼食を摂り、プラネタリウムを鑑賞して、アクセサリーショップや雑貨店に寄り、最後には観覧車に乗った。


 私は一日の思い出を積み重ねていく中で、クラスメイトに白い目で見られたことも、酷い言葉を浴びせられたことも、報道記者に追い回され、何度も写真を撮られたことも、少しずつ記憶の奥にしまうことで、身を壊し瘡蓋かさぶたとなっていた傷口を癒してその痛みを軽減させることが出来た。


 辛いことや苦しいことは山ほどあった。父が帰って来なくなり、母がヒステリックになって父の悪口を吐き、メディアの記者を怒鳴りつけて壊れていったことも、全部が全部、私を行き場のない少女へと変えてしまった。


 だけど、それらの嫌な記憶も、先生の手が、言葉が、真っすぐな瞳が、少しずつどうでもいいことにさせてくれた。



 ――今日はうちに来るかい? 千鶴ちゃんがいいなら、今日はずっと一緒にいよう。


 

 観覧車の頂上付近になって、先生は私の瞳を見つめて言った。

 私は先生の真剣な表情に外の景色が見れなくなった。

 そして、一度俯いて考えるふりをした私は、視線を上げて救いを求めるような弱い自分を殴り捨て、先生の言葉に頷いた。


 もう、行く場のなくなった私の側にいてくれるのは先生だけだった。

 だけど、それを理由に一晩先生と過ごそうとするのはとても辛くもあった。


 だから、私は先生を好きだった気持ちを思い出すことに必死だった。

 ただ優しいだけじゃない、先生の魅力を確かめて、堪らなく愛おしいという気持ちで埋めていくのに必死だった。



「先生……好きです……」


 

 自分に言い聞かせるように、信じさせようと震えた身体で私は先生に言った。


「千鶴ちゃんの気持ち、とても嬉しいよ」


 先生はそう言葉を紡ぐと、迷いなく私の身体を抱き寄せ、潤んだ私の瞳を見つめながら口づけを交わした。


 唇の感触を確かめ、私も震える身体を抑え、負けない力で唇を押し付けて先生の気持ちに応える。

 呼吸も忘れてキスの感触を味わい、気が付いたように荒く呼吸をして、また何度も唇を合わせた。


 私はこれで、幼い私を卒業できたのだろうか?

 先生の心の中に入れてもらうことが出来たのだろうか?

 

 麻薬のように脳を焦がす衝動の中で、そんなことだけを限られた理性で思い浮かべながら、心地の良いキスに私は酔いしれた。


 そうして観覧車が地上に戻ってくるまで、私たちの初めてのキスは続いた。

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