2、二年ぶりの再会へ
外の空気の冷たさは家の中にいた時と比較にならないほど冷たく、外に出たことを早速後悔するほどだった。
白くなった地面を紺色のブーツで踏みしめ、駅のホームで電車が来るのを待つ。地面が溶けた雪で滑りやすくなっていることを注意喚起するアナウンスが繰り返しスピーカーから流れていた。
溜息が付くほどの人の数に嫌気が差しながら満員電車に乗り込み、手すりに摑まって時が流れるのを待つ。
座席に座り疲れた様子で眠るOL、手鏡をずっと見て化粧の具合を確かめる女学生、新聞を眺めるサラリーマン、隣にはずっとスマホゲームに集中する中学生がいて、その誰もが自分が一番大切で、他人などに興味がないように私には見えた。
高校のある駅に辿り着く前に私は電車を降りた。
私服に着替えた時点で学校をサボることはもう決めていた。
ただ満員電車に乗り込み、罪の意識を紛らわせたいだけだった。
クリスマスの装飾がされている駅前を抜け、広い公園に私は辿り着いた。
待ち合わせ場所によく使われるこの公園は、平日ということもあるが、吐く息が白く染まるほどの冬の寒さのせいもあって
私の父、進藤礼二が一家三人を殺害した容疑者として警察に逮捕されて以来、私の生活は一変した。私の父は警察に身柄を拘束され留置場に送られて以来、メディアから唯一の容疑者として報道された。
私も警察からの事情聴取を受け、メディアからは追い回され、高校に行けばクラスメイトからも白い目で見られる。そんな日々にもう心は擦り減り続けていた。
陽が昇り始め、雪は止んだが寒いことには変わりない、私はぼんやりとしたまま都会の喧騒を離れ、虚ろ眼で公園を歩いた。
「千鶴ちゃん……」
私の名前を呼ぶ声が聞えた。あまりに二年前と変わっていない、私のよく知る声だった。
「先生……久しぶり、ですね」
返事は出来たが、目は泳いでしまい、声は掠れていた。
あぁ……どうして再会してしまったのか、私は救いを求めてはいけなかったのに。そんな気持ちが心の奥から込み上げてくる。
「久しぶりだね……二年ぶりだ。綺麗になったね」
先生は感無量といった表情を浮かべ私を誉めると、私の前に立って優しく乱れたマフラーを整えてくれた。
二年ぶりの再会、でもあの当時とはあまりシチュエーションが違う。
二年前、このクリスマスイブの日に私たちは初めてのデートをした。
高校受験の勉強のため家庭教師に来ていた奥野先生は私の初恋の人になり、私から誘って二年前の今日デートに出掛けたのだ。
あまりに幼いわがままな思春期の衝動。私の願いに応えてくれた奥野先生は中学生の私に当然手を出すこともなく、ただ街を歩いて回るだけの一日になった。
だけど、それでも私は幸せだった。幸せだと思ったから、好きという言葉を伝えられず家に着いた夜はずっと泣いていた。たとえ先生に断られても、勇気を出して告白したかったと、後悔を一杯に思い浮かべて泣いていた。
ただ優しく寄り添ってくれた先生の姿が遠く見えて、それが自分のわがままが招いたことなのだと思い、余計に悲しかったのだ。
「どうして……こんなところにいたんですか……」
私は期待感を隠せぬまま聞いた。
紺色のコートに身を包み、二年前と変わらない眼鏡を掛けた、160センチの私よりもずっと背の高い真面目な容姿をした先生の姿。
こんなに心がぐちゃぐちゃになっていなければ、会う前に美容院に行って、マニキュアも塗って、ちゃんとした服を着て、メイクもしてきたのに。何とも私は不甲斐ない気持ちになった。
「君にまた会えるんじゃないかと思ってね」
先生の言葉に胸が締め付けられる。簡単に喜んではいけないのに、心の奥底にある本能的な衝動が熱を帯びて、幸福感が込み上げてくる。
「憐れみに来たんですか……残虐非道で醜い犯罪者の娘になった私を」
私は必死に自分の本能に抵抗するために言った。こんなクリスマスイブの日に再会をして、先生に期待してしまう怖さに私は震えていた。
「憐れむつもりはないよ。だけど、千鶴ちゃんは”何も悪くない”と言って欲しかったんじゃないかな? ずっと、苦しんでいるかもしれない千鶴ちゃんを放っておくことは俺には出来ないよ。それに、俺も今は独り身だからね、先日同棲していた人と別れたばかりだから」
少し寂しそうな表情を浮かべ、先生はそう言った。
身体が自然と目の前に立つ先生の胸の中に包まれる。
何もかもを失くした私にはあまりにも暖かい服越しの感触だった。
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