第3話 3
3
祐一の視線が、女性ホルモンの力で膨らんだぼくのAカップのバストに注がれるのを感じた。恥ずかしさに頬が紅潮していくのを自覚する。
「何年振りかしらね、ふたりだけで会話するの?」
「克明が、学校から消えてからだから、八年か。克明は、今、何してるの?」
「服飾デザイナーのひよっことして、中堅どころのアパレル関係の会社に勤めている」
「あれから通信教育の高校に行ったというのは、噂に聞いたけど」
「うん、そこ卒業して、才能あるかどうか分からなかったけど、服飾関連の専門学校に進んだわけ」
「服飾デザイナーかあ」
「意外?」
「それほど意外でもないかな。克明には向いている仕事だと思う」
そう言った後、祐一は、ぼくにまっすぐな視線を投げかけた。
「悪い、俺には克明に対する後ろめたさがあるのにないかに話している。克明には、謝らなければ、という気持ちでずっと生きて来た。本当に申し訳なかった」
祐一は、両手をテーブルの上に置いて頭を深々とさげて来る。
「やめてよ、土下座みたいなことするの。過去の出来事よ」
ぼくは、祐一に頭をあげさせた。
「第一、ずっと、生きて来た、なんてオーバーな言い方」
「事実だからしょうがない。学校をやめさせ、それが、よかったかどうかは別にして道を変えさせたんだから」
「学校をやめたのは、あくまで、自分の意思よ。第一、ぼくが、祐一の親友になろうとしなければ、あんな風にはならなかったんだから」
ぼくは、言った。
九年前に話はさかのぼる。ぼくは、埼玉県の文武両道を売りにするサエグサ学園高等部に入ると、野球部に入部した。サエグサ学園は、サッカーも強いが、野球も強い学校だった。
特に、野球は、学校あげて甲子園出場を目指していた。そのために、ぼくが、入学する前年に武原安治という人間を監督に据えたのだった。武原監督は、ぼくが中学一年の時、ある県の高校で監督をしていて、その学校を甲子園夏の大会に導いた。その折、ぼくは、テレビで武原監督の指揮する姿を観た。選手がヒットを打てば、拍手をし、エラーをしても怒った顔をせず、優しく頷いている。こんな監督の下で野球をしたいな、と思った。だから、サエグサ学園で監督をすると聞いた瞬間に高校受験を控えていたぼくの第一志望校は決まったのだった。
サエグサ学園野球部は、武原監督効果で急激に部員を増やした。ぼく達新入部員を入れて四十五名の大人数になった。
そんな中でレギュラーの座を獲得するのは、生易しくはない。けれど、ぼくには、自信があった。リトルリーグ、リトルリーグシニアでずっと硬式野球をやって来て、レギュラーだったからだ。
ぼくが、リトルリーグに入ったのは小学校四年生の時だった。
ある日、ぼくと父は、自分が住む埼玉県の住宅地の掲示板に貼ってあったリトルリーグ、ブラックジャガーズの募集を見たのがきっかけだった。
「克明は、野球好きか?」
掲示板の前で父は言った。以前から、何か、スポーツをやるといいとぼくに言っていた父は、ぼくの「好きだよ」という言葉に喜び、ブラックジャガーズに連絡を取った。
即入団がオーケーというわけではなかった。短距離走とキャッチボールのテストがあった。短距離走では、「速いな」とブラックジャガーズの監督に感心され、合格だった。
監督は、ぼくにどこか守りたいポジションはあるかと聞いた。ぼくは、迷わずショートと答えたのだった。テレビの野球中継を観て、三遊間の深いゴロを逆シングルで取って一塁でアウトにするショートの選手が、いかにも、かっこよく見えたからである。
大人になったぼくは、時々考えることがある。
ブラックジャガーズに入った時と、トランスジェンダーの華が咲いたのとどちらが早かったのか、と。結論は、未だに出ていない。おそらく、ほぼ重なっていたのだろう。
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