君のピアスが外れる時
ミヤ
第1話
「なんだこれ」
強い風が吹き、桜の花びらが渚の視界を遮る。
顎のラインで切り揃えられた黒のボブヘアがふわりと舞う。
右手の親指と人差し指で摘んだ銀色のピアス。太陽光を反射し、きらりと光るそれは祖母の家の庭に落ちていたにもかかわらず綺麗で、不思議な魅力を感じさせた。
風が吹き止んだのを見計らって渚はピアスを空にかざした。
「ばあちゃんのかな」
綺麗なそれに惹かれた渚はどうしてもそれをつけてみたくなった。
靴を脱いで庭の窓から家の中に上がり込む。
大きな平屋に住む小さな祖母は廊下をドタバタと走る渚に優しく声をかける。
「なぎちゃん、おはぎあるよ」
渚は祖母の声を無視し、ついこないだ与えられたばかりの自分の部屋に駆け込む。
中学卒業後、渚は東京から東北地方の田舎に引っ越してきた。
両親と離れ母方の祖母の家で暮らすことになる。
2年前に祖父を亡くした祖母はこの大きな平家にしばらく一人で暮らしていた。
丘の上にある公立高校に合格した渚は数日前にこれまでの友と涙の別れをしたことなんかすっかり忘れ、春休みを満喫していた。
自然豊かなこの地域では、渚が見るもの感じるもの全て新しかった。
目の前の海では魚がわんさか釣れる。
畑では新鮮な春野菜がどっさりとれる。
広大に広がる沼だと思っていたものは実は田んぼで田植えはこれかららしい。
桜で一面ピンクなこの村も半年もすればオレンジや赤に衣替えをするらしい。
冬になると身長よりも高く雪が積もるらしい。
日当たりのいい8.5畳の少し広めの部屋につけられた大きめの丸窓の淵に腰をかける。
窓を鏡にして、右の耳たぶにつけた中学の友達から誕生日にもらった花の形のピアスを外し、代わりにさっき拾ったピアスをつけてみる。
「可愛いじゃん」
その言葉は耳たぶできらりと光るピアスに向けた言葉なのか、はたまたピアスをつけた自分に向けた言葉なのか。
人間とはナルシストな生き物である。
無意識に呟く渚が瞬きをした一瞬のうちに外の景色はガラッと変わっていた。
窓から見える桜の木は枯れたしょぼい木に代わり、暖色で統一した自分の部屋は白や黒を基調としたシックな部屋に。
さらには和を象徴する畳でさえフローリングの床に変わってしまっていた。
驚いた顔をしたのは渚だけではなかった。
目の前のデスクチェアに腰掛ける栗色の髪の毛の青年が渚を見て目を見開いている。
長いような一瞬なようなそんな時間が彼らの間に流れた。
先に口を開いたのは渚だった。
「ここどこ?」
その言葉に青年はムッとしたような顔をした。
「俺の部屋だよ。お前、誰?」
ぶっきらぼうな口調に渚もムッとしてみせる。
「私は私の部屋でピアスをつけて気づいたらここに…」
渚は自分が座る窓枠に金色のピアスがあることに気がついた。
それはさっき渚が見つけ現在つけている銀色のピアスの色違いのようだった。
「あれ、これ…」
「返せ!」
渚が金のピアスを掴むと、真っ赤な炎が渚を襲った。
「あつっ…!」
火傷こそしていないものの、一瞬の出来事に何が起きたかよくわからなかった。
「次は燃やす」
青年の言葉に渚は慌ててそのピアスを彼に投げつける。
「今の、何?」
渚の心底不思議そうな顔に青年は眉をひそめる。
「俺のピアスだって言ってんだろ」
「そうじゃないよ!今の火だよ火!あれ何!?」
大声を出す渚に顰めっ面が止まらない青年。
少し考えるためか時間を空けてから口を開いた。
「お前、どこからきた」
「どこって…」
「俺聞いたことある。世界は二つあって、もう一つの世界に住む人間は魔法を使えないって」
一人で完結していく青年に今度は渚が痺れをきらす。
「一人で進まないで!私も困ってるんだから!」
「お前が住んでいた世界をAとすると、今いる世界がBだ。お前は何が原因かわからないが世界Bに転移しちまったんだ。そして世界Bには魔法が存在する。これは一般常識みんな持ってるもんなんだ。俺は火の魔力を持つから火を扱う」
一気に話出す青年の聞き慣れない言葉の数々に渚は頭を抱える。
「とにかく、帰れるの?」
「お前がどうやってここにきたのか。それがわかりさえすれば帰れるはずだ」
渚は彼の言葉にここにくる前の行動を思い返してみた。
これしかない。
「ピアスをつけたら、ここにいた」
渚は耳に髪をかけ耳たぶについてる銀色のピアスを青年に見せた。
「お前それ…」
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