第102話妖精たちの宴

 フェアリーシリーズに与えられる機体は4種類存在する。


“クリオズナ”、“イーヴィン”、“アーネラ”はそれぞれ後方支援、遠距離砲撃、接近戦闘の役割が与えられ“フィンヴィラ”により統括される。


 フィンヴィラを与えられたF2は、自分用に機体を調整しながら出撃を待つ。


「流石司令機だ……反応がいい。クリオズナ イーヴィン アネーラは、私を守れ。標的は一機だ、それ以外は目もくれるな! 陣形は突撃陣形。奴には銃が効かない。ビーム兵器もおそらくは同様だ。最速最短で距離を詰めて、近接武器で仕留める。精神共有は常にしておけ! 一つでも多くの情報を収集しろ!」


 F2は指示を脳波に乗せて共有し、フィンヴィラは起動した。


 母艦から切り離された瞬間に、全機ブースターが焼けるほどに火を噴いて加速する。


 その瞬間、恐ろしいまでの数の謎の生物が壁を作って迫っていた。


「エネルギーを使い尽くすつもりで撃ちまくれ! 」


 狙う位置が一瞬で共有されて、一点突破は有効に作用する。


 ただ着弾したかと思った瞬間、謎の生物の壁は一気に散り、F2達を素通りした。


「なんだ! 避けたのか!?」


 そんな知能がある事にも驚きだが、気にする余裕は欠片もない。


 出来上がった道をただ一点を目指して飛ぶと、弓を携えた相変わらずおかしなアウターにたどり着くまで、そう時間はかからなかった。


 目が合った瞬間、一瞬で思考が飛んでくる。


 あのF3はこちらに気づいた上で余裕があった。



「ん? この感じ……いつかのF2じゃない? 久しぶりだね」


「降伏しろ。お前が戻ればここで終わる。被害は最小限で済むはずだ」


「嫌だよ。私はここに居たいの」


「なぜだ? ここで私達を退けられたとしてもすぐに次がやって来る。そうなったら後はないぞ?」


「へぇ。優しいんだね。大なり小なり洗脳の処置はされていると思うんだけど、敵を思いやれるなんてすごいことだよ」


「……何を馬鹿な」


「でもいい人だからって譲れない。ここはみんなの場所なんだ。一歩も引くつもりはないよ!」


「……いいだろう。任務を続行する」


 思念はシャットアウトされ、拒絶の余韻が頭に残る。

 

 やはりこのF3は逆らうか……。だが、撃破すれば何の問題もない。


 このアウター“フィンヴィラ”は性能も出力も、他の機体とは一線を画す。


 どういう理屈か敵は銃弾やビーム兵器とも違う規模の現象をあの弓矢を放つだけで起こしている。


 いや、以前に出会った時から不可思議な現象をあのアウターは起こしていた。


 ただ非常識は遠距離攻撃に限った話である。


 当初の想定では、いかに改造されているとはいえ、ベースがアーネラである以上スペックには天と地ほどの違いがあるはずだった。


 だからこその接近戦だが、今はその想定が当たっていることを祈るしかない。



「じゃあ始めよう!」


 そんな思念と共にF3が無造作に腕を一振りすると、先行していたアーネラ5機に異変が起きた。


 いきなり透き通った結晶の中に閉じ込められたアーネラ達は、完全に氷結していた。


「おしい! もっと行けそう!」


「これは……氷か!」


 手も触れず、思うがままに存在しないものを生み出すなんていうのは、まるで魔法だ。


 そんなものの存在を認めるわけにはいかないが、目の前の存在を許すことは更にできそうにない。


「……クソォ!」


 仲間の視界から最適のルートを導き出し、F2はブレードを構えて飛ぶ。


 構えている高出力のビームブレードは開発されたばかりのモノで、その出力は従来の物の3倍はある。


 つまりあのF3は、この武装の射程を把握していない。


 F2は加速する。


「イーヴァン隊! 援護しろ!」


 すぐさまビームガンの弾幕がF3に襲い掛かるが、やはり一発たりとも当たらなかった。


 しかしこれは想定通り。


 弾幕は、視界と注意を引き付ける囮だ。


 更にクリオズナ隊の強力な電磁シールドを並べ、F2はただ最短でF3を目指した。


 F3に近づけば近づくほど、アウターが次々凍り付いて行く。


 F2はしかし一切構わず、バーニアの限界を超えて加速した。


「……」


 最期に弓に矢が番えられ、放たれたその軌道を急停止からの急加速で避け脇を抜ければ、そこはブレードの射程だった。


「……やっ!」


 F2は歓声を上げかけた。


 だが敵のアウターは確実にコックピットを貫いているはずなのにビームブレードを掴んで、何事もなかったかのように語り掛けてきた。


「……よく怯まなかったね。でもわかるよ。私達は誰より優れているように作られた。特にフェアリーシリーズは戦闘用だもん。誰より“強く”なくっちゃいけないもんね」


「うっ!」


 目の前で機体がブレる。


 そしてすさまじい勢いで、増えた。


 まるで出来の悪い夢のように、アウターからむき出しの同じ顔はこちらを見ていた。


「何が起こっているんだ……」


「それは私も同じなんだ。でもさ私達には矛盾があるよね? 誰より強くならなくちゃいけないのに、制御可能な範囲にとどまっていなくちゃならない。細胞の劣化は早いし、思考は制限されてる。技術的な話なのか、それともその方が都合がよかったからそうなのか知らないけどさ」


「何を言っている……」


「余裕が出来たから、裏切った理由でも教えておこうと思って。機会があったら女王様に伝えておいて? たぶんしっかりとした自我が芽生えたら私達は高確率で裏切るよ。私は今の私より優れた存在になる可能性を捨てられなかった。もっと先に進めるのなら進みたい。私が今一番解放されたと感じるのは、私を制御するために作られた枷が外れたことだよ」


「何なんだお前達は!」


 今度は何の手ごたえもなく、ブレードは虚空を切って光の筋を残すばかりだ。


 そんな非常識な状況に理解が及ばないでいるうちに、今度はアウターが一切操作が出来なくなった。


「何だ!」


「よし。拘束完了だね。見えないだろうけど、君達のアウターは植物の幹でグルグル巻きだから動けないよ」


「植物!? そんなものでアウターが止まってたまるか!」


「ああ、まぁ確かに普通はそうなんだけど……程度の問題だよね。あとあんまり抵抗はお勧めしないから。暴れれば暴れるほど接着剤みたいな樹液が流れ出して、ガチガチになるから掃除が大変なんだ」


「余裕ぶりやがって! 私一人動きを止めたところでまだ終りではないぞ!」


「終わりだよ。突撃してきたやつらは全部捕まえたから」


「は?」


 言われた瞬間、頭が一気に冷えてゆく。


 そして事実を共有した瞬間、F2の次の行動は確定した。


「……全機通達。今すぐ自爆せよ」


「……まぁ、そういうの迷わないよね」


 はぁとため息を吐くF3をF2は無感情に見ていた。


 ネットワークが乱れ、頭の奥底でチリリとノイズが走ったが、いつまでたっても自爆が実行されることはない。


 警告を発していたアウターはなぜかすべての機能がダウンして、F3とは別の声が響いた。


「ダメだね。それはやらせない。……君達にはこれから聞いてもらいたいことがあるからね」


 F2は、コックピットを無理やり開放して外に出る。


 すると、声の主らしきアウターはめちゃくちゃ燃えていた。宇宙なのに。


「やるね。まさか群れに突っ込むとは。意表をつかれて驚いた。その勇気にボクは敬意を表するよ」


 自分達のアウターから見たこともない光の粒が立ち上り、そのすべてを吸収して声の主は黄金色に燃え上がっているようだった。


 炎はマントのようにアウターの背ではためいていて、もはや炎なのかも定かではない。


 F2は意味が分からず呆けていた。


「白熊さん! 何したの!」


 なぜかF3が驚いている。


 白熊さんと呼ばれた声は、妙に楽しそうに笑って何も隠し立てすることなく何が起こっているかを説明し始めた。


「この剣、エネルギーを吸収できるんだ。美味しくいただけて核融合炉は中々いいね」


「何それ? ……アウターの動力がその剣を使ったら全部止まるの? ところで何で燃えてるのさ?」


「そりゃあ君と同じだよ。クッキーが中にいて、吸い取ったエネルギーをあげてるからさ。今日はとっても頑張ってくれてるよ?」


「何それいつの間に!? ずるいよ白熊さん!」


「いいでしょう? ボクらにも出来るんじゃないかなって思ってたんだ。このまま吸い取ったエネルギーを使って殲滅したいところだけど……今日のところはやめておこう」


「なんで? やっちゃえばいいのに」


 何やら恐ろしい会話が聞こえるが、もはやどうにもならない。


 ここまでかと肩を落としたその時、大型アウターのパイロットは気になることを口にした。


「いや……そろそろ終了の時間だ」


「え? なにそれ?」


「え? 聞いてなかった? あ、そっか。月はもう来てたからね……」


「な、なになに!!?」


「……!」


 F2は会話に全くついていけないながらも、“それ”を見て異常な事態が起こっていることを理解した。


 巨大な輪をくぐって、突然船が無数に現れた。


 その数はどんどん増えて、あっという間にコロニーを囲い込む。


 光を纏い、無数の艦艇が突如として現れるその光景は、SF映画のワープアウトそのものだった。

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