第100話宇宙の果てのデモンストレーション
「よぉし! 気合入れて行くよ!」
フーさんの呼びかけに応えて、アウターが変化してゆく。
大きく翼を広げ、装甲が透き通るような色に変わると、彼女の周囲に流れる力が羽衣のように可視化された。
フーさんは弓を構えて、迫る艦隊を睨む。
シュウマツさん製の弓はアウター用に仕立てられた強靭なもので、フーさんが意識を集中するとメキメキと枝葉を伸ばして弓というには生命力あふれた形態へと変化した。
「ものに出来た力は三種類……ルリは間違いないとして、タツノオトシゴ君とトラ君は半分ってところだけど……まぁ十分だと思いたいね」
そしてフーさんの番える矢もまた特別製である。
訓練を重ね、実現したその技をフーさんはさっそく使うつもりだった。
「さぁおいで。練習の成果をみせてやろう」
フーさんは魔法生物を一体呼び、金属生命体を加工した矢に融合させる。
そしてアウター用に仕立てられた弦を出力全開で引き絞り、狙いを定めると弓は光り輝いた。
「―――今!」
必中を願って、放つ。
十二分に力を高められ、フーさんの手元から放たれた一射は、暗闇の中を一条の光となって突き進んだ。
生き物のように宇宙を駆ける矢は、迎撃の銃弾をことごとくを捻じ曲げて、直進し続ける。
竜巻を丸ごと推進力にしたような一撃は、当たらずとも近くを通り過ぎただけで、敵のドローンを捻じった。
そして狙った一機には当たったはずだが、威力が大きすぎて触れた瞬間に木っ端みじんである。
結果を見届けたフーさんは軽く息を吐いて目を細めた。
「うわぁ……実戦で使うのは初めてだけど……これは中々寒気がする威力だね」
フーさんにしてみれば小手調べの一撃だった。
しかし矢の一本で宇宙に現れたのは、大嵐の再現だ。
水と風、その二つが合わさった大きな力のうねり。
人間一人に扱える力の総量をはるかに超える自然現象を、この宇宙空間で再現して見せる技は間違いなく精霊ありきの奇跡である。
ただ、間違いなく敵の群れに大穴は開いた。
本来対峙すれば大変なことになると言う想像が修正され、実際の戦力差を正しく測れるようになったのは大きい。
フーさんはニタリと唇をゆがめ、精霊達もまたずいぶんと荒ぶっていた。
この攻撃的な感じは、一体どちらがどちらに対して影響されているのか、フーさんにもいまいちわからない。
しかし間違いないのは根底にある自分達の生きる場所を守ろうとする意志だ。
戦闘用ドローンは矢の一撃で、操作も危うい状況だがこれくらいで終わりではもちろんない。
遅れてやって来た甲高い無数の音の群れは本隊のウォークライだ。
「すごいでしょう? でもね? こんなもんじゃ終わらないよ?」
弐の矢を番え構える。
「行っちゃえ! 今日はレアメタル食べ放題だ!」
そしてもう一度放った一射は、駆け付けた魔法生物達へ目指す道を示した。
「やれやれ……やっぱり派手だな。宇宙空間でアレに勝てる気がしない」
そしてもう一人、白熊さんも動き出す。
彼女のアウターは、本体こそあまり変わっていない。
ただその手には巨大な剣を持っていて、更には白熊さんに付き従うように浮かんでいるパーツが、次々に彼女のアウターの四肢に装着されてゆく。
腕。足。胸部に頭部―――ただ、それだけでは終わらない。
話は変わるが、アウターでどうやってコロニーの様な巨大建造物を作ったのかというと、その秘密は豊富な拡張パーツにあった。
必要なパーツをアウターに装着して臨機応変に使えるようにしたのだ。
『大型機械を打ち上げるよりもコストパフォーマンスがいい』そんな理由の宇宙開発初期の工夫だったが、定着した形は今もなお現役の考え方である。
そうして、どんどん外付けして工作機械のサイズを底上げするのがアウターの真骨頂である。
まぁそれは作業用アウターの話ではあるのだが、今回の改造はまさに正統なパワーアップだった。
出来上がったのは10メートルほどに拡張された機体である。
手足が大きく、パワーを従来の物から大幅に底上げしているのには、それ相応の理由もあった。
完成目前のアウターに影が差す。
コロニーからの光を遮るのは、アウターよりも巨大な鞘だ。
「こんなものを作るとは……いよいよ剣の意味がない気がする」
白熊さんは呟くが、この鞘こそが今回の目玉改造であった。
ガパリと真ん中から開いた鞘の中には、聖剣をすっぽりと収める場所がある。
白熊さんがその中に聖剣をセットすると、鞘は聖剣を中に取りこみ、その膨大なエネルギーを全体に行き渡らせた。
もちろんそのまま殴っても金属塊として戦艦くらいなら切り伏せられるだろう。
だが常にあふれ出ている聖剣のエネルギーをプールしておける鞘は、瞬間的に爆発的なエネルギーを解き放って初めて真の力を発揮する。
更にはそのエネルギーの性質さえ、自在に操れる魔法の施された鞘は本体以上に複雑な魔法技術の結晶だった。
「でもせっかく作ってくれたんだから―――ボクらのボスの意向を聞いてあげようか」
白熊さんが鞘を掴み、準備完了と肩に担いだのを確認して、今度はオペ子さんがフル稼働し始めた。
「では。作戦を開始します―――アンチムーンシステム起動します」
「その名前採用しちゃったんだ」
僕は一応物申してみたが、オペ子さんの語るシステムが、まさに月を意識したものだと言うのはよくわかっている。
アンチムーンシステムとは、本来月人が読み取ることが出来ない人間以外の生物の脳波を使ったシステムだ。
脳波によるネットワークは本来、月人だけに許された特権だった。
しかし翻訳魔法によってもたらされた恩恵によってそれは覆される。
フーさんを中心として、戦場に存在するすべて人間に加え、魔法生物、金属生命体からも情報を収集することで、月よりもさらに正確な未来予知を可能とし、更にフーさんからオペ子さんに翻訳した情報を中継することで、デジタルに落とし込み、味方全員に情報を共有する。
月にしてみたら人間以外の生物の情報がノイズとなり、予知の妨害にすらなるのだからアンチと言っても差しさわりのない極悪さだった。
「なるほど……月の兵器はやはりコロニーに一歩劣りますね。情報が整理しやすくて助かります」
有利なことが原因か、技術についてやけに辛らつにマウントをとる、家のAIに僕は実に微妙な表情を向けた。
「そんなに言わなくても……まあいいか。フーさんとのリンクはどんな感じ?」
「問題ありません。しかし……実に惜しいです。これが軍であれば間違いなく戦場を支配できるでしょう。現状は味方が2人ですからね。生かせているとはいいがたい。残念極まりないです。所かまわず自慢したいですね」
「ハハハ……それはそうかもしれないね。でも油断しちゃダメだ」
「もちろんです。月人の未来予知が優秀でなければワタクシもネットワーク作りの参考になどしません。しかし再現してしまえばこちらのものです」
「……」
「最初の攻撃は成功しました。ばらまかれた魔法生物とフーさんによる精霊兵器の砲撃で敵の行動範囲を限定します」
今のオペ子さんには月人と同じく未来が見えている。
そして僕の目の前にある球体の中では、リアルタイムを超えてほんの少しだけ未来の戦場の予測が映し出されていた。
機械製のアウターだけではなく、敵のドローンどころか味方の魔法生物まできっちりと補足している光点は、敵勢力の動きが完全に制御されているのが分かった。
機動力は魔法生物の方が上で、ドローンはなすすべもなく捕食されている。
それでも誘導出来ていない場所には容赦なく弓が撃ち込まれ、白熊さんの目の前に追い込まれてゆく。
狙い通り、敵の光点が射線に直線状に並んだ瞬間―――パッと光がコロニーまでも照らし、敵の光点が消滅したのを確認して、僕はあまりにも一瞬だった動きに、ついつい二度見してしまった。
「え? 終わり?」
「ドローンの一掃を確認。これより機獣部隊と冥界部隊による掃討を開始します」
「冥界部隊?」
「はい。次の本隊戦は新鮮な魂を大量に収集するチャンスですので試運転は念入りにしたいところです」
「それはダメ。なるべく殺しちゃだめだよ? あくまで防衛だからね?」
「……ちぇー」
「ちぇーじゃありません。本当に油断も隙もないなぁ」
ただ嫌な予感のするオペ子さんの提案だけはしっかりと止めておいたが。
無表情ながらもどこか不満そうなオペ子さんは、急に真面目になって僕に訊ねた。
「しかし。本当に……来ると思いますか?」
その問いかけは、僕の胸にも不安をもたらした。
でも今更不安に思ったところで、やってみなければ結果なんてわからない。
「さて……なにも起こらなかったらまたその時考えよう。最善の結果を想像するのも司令官の仕事でしょう?」
「それは中々大変な上司ですよ。最悪も想定してほしいところですね」
「わかっているけれど、こればかりはね。僕らの作ったコロニーはそれだけ魅力のある場所だって期待せずにはいられないのさ」
「そう願いたいところですが……信用されるか心配です」
「それはある」
でもきっと待ち人は来るはずだ。
だからこそこの防衛線はほんのわずかの間のデモンストレーションとなる。
舐めてかかるには高くつく相手だと知ってもらうための数十分。
その後も、まぁ平穏無事ではないだろうけれど、それでもやる価値はあると僕は思っていた。
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