第6話 パワーチャージ

「えっ、嘘でしょ? あんた本当に勇者の子なの?」


 驚くテミスに俺も「多分……」と曖昧な返事を返す。


「お、お主ちょっとまっておれ!」


 村長は血相をかえて洞窟を飛び出していくと、すぐに銀色の尖った物を持って戻ってきた。


「お主、これを使えるか!? これは勇者が残した魔導具の一つなのじゃが」


 俺は村長が持ってきた、鋭い円錐形の金属を手に取る。

 螺旋状の溝が入った削岩などに使われるそれは、どう見てもドリルの先端である。


「これは……」


 ドリルをピースメーカーの穴に装着すると、まるでこの為に造られたアタッチメントのように馴染む。


「おぉ……てっきり槍の先端かと思っておったが、こんな使い道が……」


 回転スイッチを押すと、チュィィィンっと音をたててドリルが回転する。

 先端を氷に押し当ててみると、どす黒い粒が火花みたいに散った。


「なにこれ、氷じゃなくて黒い汁みたいなのが飛び散ってるわよ!」

「それが黒天障壁じゃ! 勇者の力が、障壁とぶつかりあって散っているのじゃ! いけるぞ!」


 村長は興奮しているが、元からバッテリーがなかったドリルはひゅぅぅぅんと情けない音と共に止まった。


「止まってしもうたな」

「さっきの吸引力はどうしたのよ?」

「充電切れだ」


 ピースメーカーの電力ゲージを見やると、LOWパワーのレッドゲージが点滅している。


「さっきの吸引力でパワー使っちゃったってこと?」

「そうだな。充電しないと動かない」

「どうやって充電するのじゃ? ワシも協力できることがあれば協力するぞ」

「あたし初級の電気魔法使えるから、充電できるかもよ?」

「いや……こいつの充電は特殊で、Eパワーがいるんだ」

「Eパワー? なにそれ? 魔力とは違うの?」

「エレクトパワー、俺の興奮度が鍵になっている。つまりエロい力が電力となっているんだ」


 俺はいたって真面目に話したつもりだが、テミスは「何言ってんだコイツ?」と虚無の表情をしている。


「嘘とかいいから。ふざけるのやめて」

「ふざけてなんかいない。事実、さっき逆さ吊りされていたお前のパンツを見てパワーをチャージしたんだ」

「マジ?」


 テミスはスカートをおさえて腰を引く。


「畜生、もう一回パンツを見られたらチャージができるっていうのに!」


 俺はこれみよがしに洞窟の壁を殴る。


「彼もああ言っとることだし、なんとかならんかのぉ?」

「なんとかって、あたしコイツと今日会ったところよ? そういう間柄でもないし」

「畜生! 俺がやらなきゃ母さんたちは一生冷たい氷の中かよ!」

「テミスよ、こんなこと初めてなんじゃ。もしかしたら世界を救うことになるかもしれんぞ」

「そんなこと言われても、事故で見られるのと自分で見せるのは意味合いが違うわよ!」

「畜生、どうにもならないのかよ! 氷を砕けるかもしれないってのによぉ!」


 俺はテミスの方をチラチラ見ながら、四つん這いになって地面を叩く。


「そのオーバーアクションやめなさいよ! 絶対下心あるでしょ!?」

「断じてない!!」

「ぐっ、なんて真剣な眼差しでパンツを要求してきてるの」

「テミスよ、ワシからも頼む」

「そんなこと言われても……」


 赤面したテミスはスカートの裾に手をかけ、もじもじと内股をすり合わせる。

 その様子を鼻の下を伸ばした俺と村長は、地面に這いつくばって見上げる。

 彼女は心底嫌そうな顔をしながら、ゆっくりと裾を持ち上げていく。


「「おぉ……」」

「やっぱ無理!!」


 羞恥心が勝ったテミスは、俺と村長の顔面を踏みつけ走って洞窟を出ていった。


「村長がスケベ心出すから」

「おぬしだってそうじゃろ。それでチャージできたか勇者の子よ?」

「あんな一瞬じゃ無理だ」


 フットスタンプされる時一瞬チラッと見えたので、ピースメーカーのエネルギーゲージはわずかにチャージされていた。



 それから一週間後――


 洞窟内で、俺はドリルの先端を必死に氷に打ち付けていた。

 回転力を失ってしまったものの、村長から貰ったドリルの先端部を打ち付けると氷に1ダメージずつ入っていく。

 HP3000万の氷。一日1万回叩いたとしても、10年近くかかる。しかもそれが2個となると、もはや絶望的な数字である。


「HP無限の敵と戦ってる気分だ」

「どうじゃ勇者の子よ、調子は?」


 後ろを振り返ると、ふかし芋を持ってきてくれた村長の姿があった。


「ラスボスを木の棒で倒そうとしている気分です」

「氷2つとも叩いておるのか?」

「1000回叩くごとに移動して、ローテーションしてます」

「一つだけ集中してやったほうがいいのではないか?」

「その方がいいとは思うんですけど、氷から出てきた勇者たちが意識あるとは限りませんし」

「そうじゃな……10年以上、氷の牢屋に閉じ込められておったのじゃ。死んでいてもおかしく……すまん失言じゃった」

「いえ、大丈夫です。最悪の覚悟もしていますので」


 俺は村長から芋を受け取って、氷の前に腰を下ろす。


「すまんな雪村、ワシの村にピチピチギャルがおれば、お主のパワーをチャージさせられたのじゃが。村にはジジババと5歳くらいの子供しかおらんのじゃ」

「親はどうしたんですか?」

「皆王都の方に働きに行ってしもうた。ここにはなんにもない。あるのは錆びれた鉱山とゴブリンの巣くらいじゃ」

「ゴブリンは大丈夫なんですか?」

「あぁ、時たま村の作物を盗みにくるくらいで、大した被害はない。駆除したほうがええんじゃが、王都から傭兵を呼ぶのも金がかかるしな」

「俺が見てこようか?」

「やめておけ、小さい巣と言っても100匹はおる。この程度の被害ですんでるのに、わざわざ藪をつついて殺されたら馬鹿らしいぞ」

「そうですか……」

「お主は頑張って氷を砕いてくれ。また芋を持ってきてやる」

「ありがとうございます」



 更に一週間後――


「9404……9408……9411」


 いつもと変わらず洞窟内でドリルを氷に振り下ろしていると、来客の姿があった。

 ウイッチハットにローブを着た金髪の少女は、俺を見てうわっと声を上げる。


「……ほんとにやってる。もしかしてあれから毎日やってるの?」

「当たり前だろ。着実にHPは減っていってるんだから。……9560……9566……」

「武僧並の集中力ね」

「いい加減に殴るとダメージを与えられないし怪我する」

「あんた1日1万回くらいを目処にやってるわけ?」

「氷一つ1万回だから、計2万回だな。もっとやりたいんだが、無理すると腕がおかしくなる」


 テミスはバンテージだらけになっている俺の腕を見て、苦い表情をする。


「痩せた?」

「一日中こればっかりやってるからな。少しは痩せたかもしれん」

「それ他の人に頼むとかってできないの?」

「無理だ。前村長が試しにこのドリルを持って氷を叩いてみたが、1ダメも入らずぎっくり腰になった。多分勇者の紋章が関係してる」


 俺はピースメーカーの稲妻マークを見せる。マークはドリルを握っている間は点灯し、手放すと消える。


「やっぱり勇者の力が、障壁の力を中和してるとしか思えないわね。もしかしたら拳でもダメージ入るかもしれないわよ」


 テミスに言われ、俺は左拳で氷を殴りつけてみる。すると彼女の言った通り、氷に1ダメージ入っていた。


「ほんとだ、ダメージ入った」

「多分、あんたの中にある勇者の魔力が拳から放たれてるのよ」

「俺、魔法とかからっきしだぞ?」

「人間から自然と出る魔力ってのがあるのよ。格闘家だと、そのことをオーラとか気功って言ったりするんだけど。その気っていうものは、魔法が使えない人間でも攻撃の瞬間、無意識に放出できたりするの」

「なるほど、俺のパンチからオーラが出て、それが氷にダメージを与えたと」

「そう、そのドリルの先端も、あんたが握るから勇者の力が浸透して氷にダメージを与えられている。あくまで仮説だし、そもそもあんたの言うHPバー? っていう概念も信じてないけど」

「俺もどうやったら信じてもらえるかなって思ったんだけど」


 俺は洞窟内にある大きめの石をペチペチと叩く。


「この石、HPが200あるんだけど、お前が来る前に30まで減らしておいた」

「はぁ?」


 テミスはこのHPオタク、またよくわかんないこと言い出したわねと言う顔をする。


「俺の計算だと、この石をドリルで1回殴ると10のダメージを与えられる。つまりあと3回で壊せるわけだ」

「そうなるわね」

「3回で壊せたら信用してくれるか?」


 テミスは岩をペチペチと叩くと、ため息をついた。


「めちゃくちゃ硬いわよ。たった3回じゃ絶対壊れないでしょ」

「いや、壊れる。クリティカルが入れば2回だが」

「クリティカルって何よ」

「運要素が絡んで入る防御貫通ダメージ」

「全然言ってる意味がわからないから早くやって」


 俺はドリルで岩を殴りつけた。

 すると、宣言通り3回めで岩はパカッと真っ二つに割れて砕けた。


「嘘、マジ?」

「ちょっとはHPの概念を信用してくれたか?」

「たまたまって可能性もあるけど……いや、そんなことないか。あんた本当に相手の体力が見えてるんだ」

「そういうことだ」

「じゃあ今の氷の体力は?」

「2989万7740、もう一つも大体同じくらいだ」

「氷を砕き終わる前に、あんたの腕が砕けるわね」

「俺もそう思う。そうだ、相談があるんだが……」


 テミスはスカートを押さえた。


「見せないし触らせないし揉ませないわよ」

「そうじゃない。仕事がほしいんだ」

「仕事?」

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