御前試合に至る午後
獄激辛コヤングを食べ終わって数時間。蕾花と蓮が揃って「腹に
「知ってるか、人間って人間の顔を見た時、こんな印象をもつんだと」
光希が差し出したスケッチブックには、顔の輪郭の中にやたらと大きな目と、ごく普通の鼻、そしてぼってり大きい口という、非常にアンバランスな人の顔が書いてあった。
燈真がそれを見て、
「俺らってこんなふうに見てんのか」
「らしいぜ。目と口、そこが印象強いみたいだ。ほら、あれ。現世で病気流行ってマスクがフツーになってた時期あったろ」
「ああ。それで?」
「いざマスク外したらなんか印象と違う、みたいなの、実感した人多いと思うけどまさにそれ。目の印象デカすぎて、それに準じて強く感じる口が隠れてたから、マスク外すとびっくりすんだよな」
「ふぅん……ま、俺らがいた現世はそんなことなかったが。あー、でも花粉症でマスクしてたやつはいたっけか」
高校時代の同級生であり、戦友。今でこそ光希は引退しているが、かつては影法師とも戦った退魔師だ。最終的な等級は上等級。幽世に来てからは、準特等相当の強さを誇っていた。
普段は平凡な、「ヤンチャそうだけど優しそうなお兄さん」だが、いざ戦うとなればなかなかに強いのである。
そんな彼らも休みの日は平凡な男友達だ。ましてや大攻勢が止んだゴールデンウイークである。いざという時は駆り出されるが、基本的にまったりできるので彼らは肩の力を抜いていた。
「なんか腹があっついな」
と、厨房から冷たい水を持ってきた蕾花がやってきた。その隣には竜胆、後ろから大瀧蓮。やはり彼も、胃のあたりを撫でている。
「なんだ、狐と狼は胃が弱いな」
激辛料理を平気な顔で美味しく食べてしまう燈真は、そんなふうに鼻を鳴らした。
蕾花がわかりやすく反駁する。
「うるっさい。俺らは繊細なんだよ。心臓に毛ぇ生えてるような鬼とは違うんだ」
「はっ、毛どころか針金が生えてるぜ。んで、胃が痛いなら漢方でも飲めばいいだろ」
「痛いってかあったかいんだよ」
蓮がそう言って水を飲んだ。
「あんなに余裕ぶってた割にしっかりスリップダメージ食らってるじゃないか、もう」
竜胆が呆れた顔で座った。寝っ転がってお菓子作りの本を読んでいた菘が、ちらっと竜胆の尻尾を見た。
それから何かのスイッチが入ったように菘が竜胆の尻尾に絡みつく。
「ワン!」
「うわなんだ! なんだよ菘っ、僕の尻尾に警戒鳴きする必要ないだろ!」
「美味そうだったから襲ってんだろ」
光希が適当なこと言って、スケッチブックを畳んだ。
「まあ、狐の尻尾って狐でももふもふしたくなるもんな」
「狼でもそう思うことがある。万里恵もそうらしいし、人間だってそうだろ。ハクビシンと鬼は?」
「いい匂いしそうって思うかな」
「鬼的には最高としか言えないな」
「尻尾談義はいいから菘をどうにかしてってば! もー! なんだよ!」
「たまには、スキンシップ!」
と、蕾花がある一点をじっと見ていることに燈真が気づいた。
「なあ、俺龍が好きだろ」
「ああ。嫁にするなら龍がいいってしょっちゅう言ってるよな」
「鱗とか角とかさ、俺ら獣にはない異質な存在感に惹かれる。特に角。骨みたいなの、鉄みたいなの、角質化した妖力が年輪みたいに刻まれてるのとか、中には木化石みたいな龍もいるだろ」
「……ヤマタノオロチなんかは木が生えてるって言うしな。で、なんで俺の角を見てんだオメーは」
「触りたいんだよ、角」
また、変なことを言い出した。
「先っぽだけでいいから撫でさせてくれ」
「ブッ転がすぞお前」
「いいだろ減るもんじゃなし! 桜花の角はまだ敏感だし、なんつーか罪悪感あるから触らないけど燈真なら別に」
「俺には罪悪感ないとか
蕾花が勢いをつけて、燈真を押し倒す。それから角に手を伸ばし、燈真が蕾花の顔を抑えてひっぺがそうとした。
光希は「でかい方に十二ゴールド!」とか言い出し、蓮は「どこで戦いを習った!」と煽り出す始末である。
菘と竜胆は気付けば寝そべってバンバン畳を叩き、「そこだっ、いけ、いけ!」「そこで絞技!」とか好き放題言い出す。
こいつら面白がってやがる、と燈真は呆れた。こっちは角に変態の手がかかってんだぞ。
「刀手入れする時くらい、大事に触るからっ……」
「この野郎……お前っ、刀手入れしてる時の顔、見てみろって! やばい怨霊に取り憑かれたみたいにっ、撫で回してるだろ!」
「魅入られてんだよ! 呪具は俺の命預ける相棒だぜ……ペンとか、カッターとかと同じで、創作家の命と同列の、大事な——」
「このっ、お前の持論を聞いても、角は触らせん……!」
のたうつように絞技、寝技を掛け合う二人。
ふと通りかかった柊が入ってきて、
「何を男同士で乳繰り合っとるんだ。夜中にやれ」
と、とんでもないことを言った。
燈真が呆れたような怒ったような声で反論する。
「こっちは角狙われてんだぞ柊! 第一、俺がっ、椿姫以外と夜を過ごしてたまるか!」
「いやっ、胸触んないで!」
悪ノリした蕾花が変なことを言う。流石に燈真も面倒になったようで、素早く間接を決めて体制を変えると、三角絞めを発動した。
「ぐおっ」
「いっぺん落としてやるから頭冷やせ馬鹿野郎」
「ストップ! わかったわかった、ストップ! 言いすぎた!」
燈真が技を解いた。
柊が残念そうに、「なんだ、蓮と三國殿のドリームマッチの次はお前らのをと期待したんだがな」と言う。
「いでで……俺も燈真も不死身だから決着つかねえよ」
「こいつの狐火、俺の超治癒力を上回るまで出力あげようとしたら大抵の〈庭場〉は焦土だぜ」
「なんだ、やる気だな」
「俺と蕾花はいい。互いに手のうち知れてるから、どうせ殴り合いに終始するだけだ」
「そーだよ。むしろ柊の強さが、俺は気になる」
その場にいた連中が、柊を見た。幼い菘も、普段そう言うのにあまり興味を持たない竜胆もだ。
「妾か。ふん。お主らが二人がかりでもまともに殴れんだろ。ヤオロズでも呼ばねば戦いにすらならんぞ」
光希が頭を掻きながら「それが嫌味にならないから余計に嫌味っぽいんだよな」と呟く。
「なら、私は?」
ぬるんっ、と現れたのは妙齢の女。
死者のような肌の色に、四本腕、影を落とさぬ肉体。
「よるはちゃん!」
「ただいま。ゴールデンウイークの催し物として、私を倒せたらボーナスって条件で戦ってみる? 燈真、蕾花、そして柊様。今回は、柊様とってことのほうがいいかな」
「ふむ。ならば妾が勝ったら神の座を譲ってもらおう。この神社は稲尾之神社としようではないか」
冗談のつもりが、火がついたらしい。
「マジでやるのか?」
「俺と燈真がやるよりよっぽど賑わうし、俺も楽できるから助かる」
「セッティング、マネジメントは俺たちの仕事なんだぞ」
蓮が釘を刺した。まあ、それくらいはいい。
なんせ現世最強の妖怪と、幽世最強の神の戦いだ。それを見れるのならば、多少の裏方仕事は喜んでする。
——かくして、その日のうちに布告が出される。
稲尾柊、夜葉の御前試合が行われるという、その予告が。
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