焼きそば定食論争

「にいちゃんまゆげどうにかした?」


 今朝、朝食を食べ終わって落花生せんべいを片手に動画を見ていると、菘が蕾花の顔を覗き込んでそう聞いてきた。

 言われてみれば蕾花の右の眉が、随分と攻めた剃られ方をしている。


「これは昨日失敗したんだよ。戒めのためにこのままにしてんだ」

「兄さん「もうちょい踏み込んで剃ってみるか」とか言って失敗してたよね」

「オウそれでゲラゲラ笑ってたこと許さねえからなオウ」


 竜胆の耳をコネコネこねくり回しながら、蕾花は言う。

 菘はそれから桜花を連れてきて、図鑑を開いた。

 桜花がある鳥を示し、質問する。


「しちめんちょう、って、かおいっこしかないよ」

「シチマタノケイトウみたいなようかいじゃないの?」

「九頭鳥みたいなのが現世にいたら大ニュースだろ」


 蕾花が呆れつつ、「首に垂れてる皮の色が変わるから、顔が七つあるって言われてその名前になったんだと」と答えた。

 それに七又鶏頭ではニワトリの妖怪になってしまう。


「あ、そーいやお前ら焼きそばってご飯のおかずにできるか?」

「えっ、にいちゃんあたまぶった?」

「らいにい、むちゃいわないでよ……」

「焼きそばパンならまだしも焼きそばとご飯は無理だよ」

「だよなあ……いや、大瀧さんが焼きそばは白飯のおかずになるって力説しててさ……」


 三匹の狐が、「はぁ?」と言う顔をした。

 地域によって焼きそばをおかずにするところがあるのは知っている。お好み焼きをおかずにするような感じ——らしいが、まあお好み焼きはわかるのだが焼きそばは少し無理がある、というのが裡辺の考えだった。

 それは地元=愛知の蕾花も同様である。


「なんでまた大瀧さんはそんな変なことを言ってるんだろ」

「わからん……。ただ、武者修行してたときにあちこち旅したって言うから、それで知ったんじゃないかな」

「たこやきも、おかずにするのかな」

「すずねえ、たこやきは、おやつだよ」

「マジでかどうなってんだ裡辺。たこ焼きは飯だろ」


 四匹の狐が熱い食事トークを交わしていると、襖があいて当の大瀧蓮と、近々婚礼の儀をあげようと画策しているらしい恋人・万里恵がやってきた。

 ちなみに彼らはデキ婚である。万里恵は小さな命を、その腹に宿していた。


「おっ、大瀧さん、焼きそばはご飯のおかずに?」

「なるに決まってるだろ」

「えぇ……」


 竜胆が引き気味に反応する。

 蓮は「そんなに変でもないだろ」と言って、「焼きそば定食とか普通にあるぞ。関西ならほぼ確実、長崎にもあったし愛知にもあった」

「愛知にあるんかい」

「蓮って焼きそば丼食べる妖なんだ」


 万里恵が桜花の隣に座りながら笑った。すると蓮は「丼にはしない。おかずとして食べるんだ」と返す。

 菘が顎を撫でて「こだわってるなあ」と呟いた。好みやこだわりはそれぞれ違うが、どうも蓮は大柄な体に似合わず繊細な食の好みを持っているらしい。

 狼系統の雷獣ゆえに、肉を中心になんでも食べる彼は人間向けの食事も好きだ。味つけも妖怪にしては濃い味付けが好きだし、九十キロ越えの肉体故たくさん食べる。なのでソースの味が効いた焼きそばをご飯のおかずにできると言うのも、なんとなく理解できた。


「いや……わっかんねえな。焼きそばはだって、焼きそばだろ」

「僕もそう思う」


 蕾花と竜胆は、反対意見をぶつけた。蓮がせんべいを一枚手に取り、彼らと菘を挟んで向かい合った。真ん中の菘は「わっちのためにあらそうの?」と言ってムフッと鼻を鳴らすが、あえてみんな反応しなかった。


「いーや、焼きそばはおかずになる。焼きそばパンがまかり通るなら焼きそばご飯があってもおかしくない」

「絶対ないって。お好み焼き定食がギリってとこだよ」

「じゃあなんでラーメン定食は許されるんだ?」

「あれは……ぎ、餃子がセットでついてきて、それがおかずになるからじゃないか?」

「まあまあ……それもそうだな……」


 蓮があっけなく言いくるめられそうになり、万里恵が「ちょっ、負けないでよ!」と鼓舞する。桜花も「がんばえー」と尻尾を振って応援した。


「これはなんとも、みにくいあらそいだ……」


 菘が呆れ果てた顔で言い捨てる。勝負事を見抜ける才覚を持つ彼女は、この論争が如何に無益であるかを悟ったに違いない。


「兄さん、男らしく焼きそば定食を食べてジャッジすれば?」

「そうだよ。食えばわかる」

「お前っ、ただでさえ太ってきた俺にそんな糖質爆弾食えってのか」

「じゃあなんであんたせんべい食ってんのよ」

「アーアー聞こえなーい聞こえなーい。じゃあ代謝のいい焼きそばで勝負しようぜ」


 あ、まずい。竜胆はそう思って即座に立ち上がった。

 しかし息の合う五隊総長はさすがと言うべきか、まず蓮が立ち塞がって壁となり、万里恵が竜胆を抱きすくめるように座らせ、蕾花が彼の両肩に手を置いた。


「来週くらいまでに俺が獄激辛コヤング焼きそばを三つ調達してくる。万里恵は子供がいるから無理だが、男の俺らなら別だ」

「なんで僕まで巻き込むんだよ! 兄さんと大瀧さんで勝手に戦えばいいだろ!」

「夢咲VS大瀧VSまたしても何も知らない稲尾……ってやつだな。まあ、男同士仲良くやろうや」


 蓮がトドメを刺した。竜胆はこの世の終わりのような顔である。


「まあ竜胆は普通に濃い味つけ食うと具合悪くなるから、冗談としてだ」


 ——と、蓮があっさりネタバラシして、蕾花は言葉を引き継いだ。


「でも俺、あれを動画ネタのために探してたんだけどなかったんだよな。現世に足伸ばしてみようかな」

「ん、ああペの方を探してくるんだな」

「そそ」


 桜花が万里恵の顔を見上げて、


「なんのおはなししてるの?」

「んー? えらーい人に見つかったらお説教される話よ」

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