幼狐でもわかる妖術講座・妖力編

「授業?」


 常闇之神社の社務所、その居間で大判焼き(呼称に諸説あり)を齧っていた蕾花は、竜胆からの提案に顎を撫でた。


「うん。ほら、妖力についてよくわかってない人妖もいるだろ? 不意に妖術を発動させて事故になったりするケースもあるし、一度ネットモフリックスと配信込みで、妖術なんかの講座を開くべきじゃないかって思ったんだ」

「一回やったけどな。源吾郎君たちがコメ欄に来てた」

「そう、あの感じでやって欲しいんだ。ただ、術ってよりは妖力の方にフォーカスして欲しいかな」


 蕾花は五秒ほど考え、頷いた。


「まあ、いいか。っても柊から教えてもらったことまんまだぞ。じゃあ早速収録行くか」

「早っ。ほんと思い立ったが吉日だな……」


×


「配信準備中 10:00〜11:00くらいまで 幼狐でもわかる妖術講座・妖力編」


 テロップが流れる画面には、常闇之神社境内から見下ろした風景が映っていた。周囲を山岳に囲まれ、画面左手には湖がある。右手の大きな建物は、学舎であった。

 下町は画角的に見えないが、手前には割れた桟橋と川が見える。実は常闇之神社はあまり綺麗ではなく、修繕途中であった。

 一時期よりずっとマシになったが、実は未だ常闇様の御神体を祀る本殿は天井に穴が空いており、あろうことか神様が雨ざらしという有様だった。


 きゅうび:待機

 キメラフレイム:有料級ですよこれは!

 おもちもちにび:あにうえ、おべんきょ……にがてでは

 燈篭真王:さっきまで柊の話を真面目に聞いてたぞあいつ

 月白五尾:なんならしっかりカンペ用意してたし大丈夫でしょ

 トリニキ:配信主の裏話がリアルタイムでボロボロ出てくるの面白すぎでしょ

 見習いアトラ:あっちの妖力事情がわかれば話のネタができそうですねえ

 オカルト博士:おっそうだな


「おはようございます。日曜日なのでおはようでいいはずですね」

「慣れない敬語じゃん」


 画面が切り替わり、隊服姿の蕾花と黒いスーツを着た竜胆が映った。

 画面の後ろには画面があり、蕾花の手元にはエレパッドというタブレットがある。多分、タブレットに描いたものを後ろのモニターに映すのだろう。


 しろいきゅうび:竜胆はなんか生意気感増したな

 サンダー:卒業式で張り切った中学生みたいだな

 ハチミツキ:なんつーか知識マウント取ってきそう

 ユッキー☆:不評すぎて草


「とりあえずあとで覚えといてね。えっと、今回は妖力基礎についてお話しします。常闇之神社を中心とした配信ですが、面白い話題なので妖怪がいる世界に限定して、共有しますね。講師はこの方」

「はい、臨時講師の夢咲です。知ってるか、大学の教授に不幸があると授業とってるやつみんなに単位が入るってことを」


 ネッコマター:不真面目すぎる大学生じゃん

 隠神刑部:バカ者すぎる

 おもちもちにび:よいこはまねしないように

 きゅうび:蕾花ニキ飛ばしてるなあ

 オカルト博士:ちなみにこれはマジ

 だいてんぐ:竜胆君可愛い

 隙間女:ア!


「竜胆、大天狗様が呼んでるぞ」

「僕にそういう趣味ないし、さっさと本題に入ってよ。一限に収めるつもりでやるんだから」

「わかってねえなあ、こういうフリがないと若い子は飽きちゃうだろ。……はい竜胆にビンタされそうなので真面目にやるとして、妖力、これですね」


 蕾花がデカデカと妖力、と描いた。


 キメラフレイム:妖怪なら切っても切り離せないものですよね

 サニー:妖怪たらしめるものというものですし

 見習いアトラ:人間ワイ、高みの見物

 トリニキ:あなたはこっち寄りでは……?


「この妖力ってのは、気体状と妖気から練り上げるもので、この妖気ってのが己の内にあるものと、外にあるものに大別されるわけだな」


 蕾花が描いたのは太極図だった。


 きゅうび:この辺までは現世と同じかな?

 ユッキー☆:かも。そこまで差異はなさげ

 だいてんぐ:君たち、レポートにまとめておくように

 隙間女:実質休日出勤じゃないか……


「休日手当つくでしょ。多分。で、この妖力を練るときには基本的には内外の妖気を混ぜ合わせるんだな。そのほうが遥かに燃費がいい。内側からだけだと、あっちゅうまにガス欠を起こすんだ」

「妖力が多い、って言われる術師の多くが、より少ない内の妖気で妖力を成り立たせてるんだよ」


 オカルト博士:ほえー、常闇の妖怪って外のエネルギーを取り込むんだ

 だいてんぐ:妖力が尽きることがないってこと?

 月白五尾:いや、妖力は確かに実質無限の資源で賄えるけど肉体が持たない


「姉さんが言ったように、妖力の錬成と循環には肉体を酷使するんだよ」

「妖力が通る道を経絡系っていって、そこに妖力を流すから……そうだな、簡単にいうと疲れるし、妖力の熱量の影響で体が熱くなる。俺たちの尻尾が放熱に使われたり、羽がそうだったり、たとえば鬼は角が放熱器官になってるんだ」


 おもちもちにび:だから、ゆきおんなやつららおんなは、すごくありがたいようかいなんだよ

 ゆきおんな:ウフ

 さくら:お久。機巧ボディワイ、全身のあちこちに放熱器があるわ

 ハチミツキ:久しぶり


 意外にも真面目に講義をする蕾花。一旦画面を白紙に戻す。


「だから人間の場合、これがデメリットになる。排熱用の器官がないから、術を行使しすぎると妖力焼けで倒れる」


 見習いアトラ:ひえっ

 トリニキ:常闇法則怖すぎる

 きゅうび:そういや蕾花さんもいざという時は放熱の一環で炎の法陣を作るって言ってましたもんね

 よるは:私の真似ね。発想は悪くないけど

 灯籠真王:実は俺もできるガハハ

 ユッキー☆:燈真兄貴ガチの神様になってしまって草

 ネッコマター:隣で椿姫が惚気てくるんじゃが

 隙間女:妖力の酷使で倒れるというのは、どこも同じなんですね


「そうだね。兄さんやなんかは特殊だから別としても、やっぱり不死身・無限の妖力でも疲れるんだ。それだけ妖力っていうのはバカみたいなエネルギーを秘めたものなんだよ」

「現世では妖怪は人間から本能的に忌避されるっていうらしいけど、やっぱりそういう事情もあるんじゃないかな」


 しろいきゅうび:こっちの世界では滅多にないがな

 きゅうび:ひょっとしてワイの野望が引かれてたのってそういう……?

 だいてんぐ:違います

 オカルト博士:違います

 トリニキ:悲しいなあ

 サニー:野望……、あ、兄さんが前に言ってた……

 ユッキー☆:ままそれはええわ、妖力の恩恵とかって、こっちと同じ感じなんですかね


「多分同じかな。……これだけ膨大な力を持った妖力は、当然人間・妖怪双方にさまざまな影響をもたらすんだ。一つは長寿。妖怪なら千年単位、場合によっては万年。人間でも余裕で百以上生きたり、あるいは年齢不詳だったり。これは妖力がテロメアを修復しているからって言われるんだ」


 見習いアトラ:妖力と生命の関係性かあ……まさにオカルトって感じだなあ

 オカルト博士:当人たちがそこまで考えてるかっていうと微妙だけども

 だいてんぐ:まあ研究職にでもつかない限りそこまで考えないでしょ

 隙間女:体感的に学びますし

 おもちもちにび:わっちはてんさいなので、ぜんぶわかる

 隠神刑部:ヒント・目


「まあ菘は確かに全部わかってるもんね。兄さんと違って」

「やかましい。どこまで話したっけ……ああ、テロメアだ。んと、それで肉体のもたらすのは長寿だけじゃなくて、筋力や運動能力、場合によっては知能にまで影響が出るっていう。もちろんこれらは後天的な努力や身を置く環境次第でいくらでも超えられるんだがな」

「つまり、妖力への適性があるからってそこにふんぞりかえってると、簡単に追い抜かれるってことだね」


 ハチミツキ:やっぱ竜胆生意気小僧って感じ強くね?

 サンダー:なんかこう……うん、生意気だ

 灯籠真王:だいてんぐ兄貴に教育してもらうしかないな

 だいてんぐ:喜んで

 きゅうび:草

 ユッキー☆:逃げろ竜胆君!


「なんでちょいちょい僕が身の危険を感じるの。絶対嫌だからな」

「嫌よ嫌よも好きのうちっていうだろ」

「言ってたまるか」


 妖力、という字を残し、蕾花は画面を白くした。

 そこからまた文字を書く。


「妖力は、こっちの世界じゃ冥界やら霊界やらから漏れ出した力が、龍の気と混合した結果と言われてる。十何万年も前にそうやって妖怪が生まれ落ちて、今に至るってな」

「歴史改変だね。僕らの裡辺は、現世に近しい環境から全くの異世界のそれに改変されたんだ。記憶はそのままって状態だから、僕らも歴史を二つ歩んだって感じで気持ち悪いんだけどね」


 キメラフレイム:ネットモフリックスの瑞穂国ですかね?

 サニー:菘ちゃんがかわいいやつ

 おもちもちにび:ムフー


「そそ。僕らは慣れたからいいんだけどね。妖力の仕組みも魍魎の仕組みも変わらないあたり、根幹にあるのはやっぱり龍神……双龍神話かな。あれは——」

「おーっとっと、それはドラマでご確認ください!」


 蕾花が竜胆の口を塞いで声をかぶせた。どうやらそこは、盛大なネタバレを含むらしい。


 きゅうび:気になりますねえ!

 おもちもちにび:きになる……ウッドナル

 月白五尾:木になってどうすんの

 灯籠真王:くsssssssssssssssさ

 だいてんぐ:?

 トリニキ:息子さんがタイプした?

 ネッコマター:そうです

 ユッキー☆:桜花君にまた会いてえなあ俺もなあ!

 隙間女:魍魎食べたい

 見習いアトラ:!?

 オカルト博士:えぇ


「えっと、まあ妖力についてはこんな感じかなあ。まあ実際のところ俺は感覚的に使ってるから、いざ理屈で捉えるとこんなに難しいんだなーって思った。粉ミカン」

「兄さんはもうちょい頭使いなよ……はい、今回の配信はここまでです。面白かったらチャンネル登録グッドボタンお願いします」

「「それでは、コン・コャージュ」」


 ユッキー☆:乙〜

 キメラフレイム:お疲れ様です

 サニー:お疲れ様〜

 きゅうび:興味深かった ¥300

 おもちもちにび:おさいせんありがと〜〜

 だいてんぐ:異世界交流って感じですねえ ¥1000

 よるは:光学再戦感謝

 隙間女:出た、荒ぶる字幕

 しろいきゅうび:久々に見たなこれ


 配信終了後も盛り上がるチャット欄に、しばらくコメントが投下され続けた。

 ややあって完全に配信が終わり、今回の講座はお開きとなるのだった。

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