落花生と狐たちの夜
「おとーさん、それおいしい?」
桜花が燈真にそう聞いた。
燈真が手にしているのは落花生だ。殻を剥いて、中身の小豆色の豆を取り出し、その薄皮を剥いている最中だった。
「食ってみろ」
「ん」
桜花は一粒受け取り、齧った。落花生とはつまりピーナッツなのだが、桜花はこういった瓢箪型の殻に入っていることを知らなかったのだ。
ぽりぽり齧り、桜花は「うみゃい」といって、もう一粒欲しがる。燈真はもう一粒渡し、自分のを剥き始めた。
夕飯後、大人妖怪たちが酒を飲んでいる。子供達は思い思い絵を描いたり動画を見たり、あるいは蕾花がつれている式神にちょっかいをかけている。
「万里恵、私の分も剥いて」
「え、やだよめんどくさい」
「いいでしょお、酔っ払って殻剥くの疲れるんだからあ」
椿姫もビールを飲みながら、忍者であり己の右腕である万里恵にそんなダル絡みをしていた。
稲尾の狐は口の割に酒に弱い。燈真は日本酒を呷りながら、やれやれとため息をついた。
「兄さん、僕の豆をしれっと取らないで欲しいんだけど」
「お前のものは俺のもの」
「じゃあ僕のトイレ掃除の当番も兄さんのものってことか。ありがとね」
「待ってくれ、それは違うと思う」
竜胆と蕾花がおかしなことを言う傍ら、菘は眠そうな顔で夜葉の膝の上でうとうとしていた。
夜葉——常闇様がいち妖怪として顕現する姿であるが、この姿の時は無礼講であることは周知である。なので、居間にいる連中も気を遣ったりしない。夜葉も夜葉で菘の尻尾を撫でながら、きつねごろしという大吟醸を飲んでいた。
「てーか、俺、本当に引退して良かったのか? 大変だろ?」
光希が果実酒を飲みつつ、言う。
彼の先輩であり、兄貴分である狼雷獣の大瀧蓮は、しれっと、
「俺がお前の分も働く。お前は俺の分、物を作れ」
そう言った。
「いやん、イケメン」
「どこがだよ」
万里恵が絡みついても、蓮は微動だにしない。男らしいというか、少々無愛想というか、なんとも男から好かれる漢、という感じだ。
「オタク君も、一応絵描きなんでしょ」
「そうだね。僕はまあ、ドラマの美術スタッフだし……」
稲原穂波とその旦那のオタク君がそのようなことを言った。
彼らもゴヲスト・パレヱドの出演者であり、スタッフである。出番はまだ先なので、今は裏方として参加しているが。
ドラマの美術はセットや小物、衣装を用意したり作ったりする重要な仕事だ。穂波の変化術とオタク君の美的感覚が、ゴヲスト・パレヱドの舞台を形成していると言って過言ではない。
無論、現役を引退し芸術家をしている光希も、ゴヲスト・パレヱドでは現役の術師——あちらでは、祓葬師という——をしている。彼は姉を説得し、ようやく長年の夢だった芸術家生活を送っていた。
彼がずっと作品作りに没頭したいことを知っていた蓮にとっては、本心で、自分が彼の分も戦う気でいるのだ。それに、他ならぬ蓮は光希のファンであり、パトロンでもある。
「監督、頑張ってくれよ」
燈真がそう言った。蕾花も、頷く。
「お前の人生だからな。ゴヲスト・パレヱドは、俺の人生でもある。人生をかけるっていうべきかな」
「ああ。頼む」
竜胆は隣で聞いて、なんとなく、似た者同士だよな、と思っていた。
と、また蕾花が豆を取った。
「ちょっと、僕のがなくなるだろ」
「いいだろ、そんなにいっぱい皿に貯めてんだから」
「これは菘の分もかねてるんだよ」
竜胆の隣で、氷雨がふふっと笑った。
「今にも寝てしまいそうな菘様の、ですか? それにしては、蕾花様の方にお皿を寄せておいでですけど」
「……き、気のせいだよ」
「ツンデレ竜胆ママ……マッマ……」
「次行ったら平手だぞ」
竜胆をからかうのはここまでにしよう、と蕾花は踏みとどまった。
しばらく談笑しながら酒を飲んでいると、椿姫が桜花を抱き枕に眠ってしまった。桜花は「むう」と言いながら抜け出そうとしている。同時に菘も、夜葉に抱っこされたまま寝ていた。
柊が上座で寝ぼけ眼を擦りつつ、「そろそろお開きにするか」と言った。
蕾花も程よく酔いが回り、眠くなっている。
忌兵隊を率いる傍ら、四月から内勤の書類仕事が始まる。今のうちから、生活リズムを整えるべきだ。
「メジロ、ネズ。ラテとノアも。そろそろ戻って寝るぞ」
少年の姿の文鳥天狗と、猫二匹が立ち上がった蕾花に追従した。
竜胆も、氷雨と共に立ち上がり、燈真は椿姫と桜花を抱き抱える。
宴もたけなわ——なんとなく、寂寥感があるその瞬間。
けれど、どんなに静まり帰ろうと、どうせ明日の朝にはまた騒がしくなるのだ。
この幽世に集う者は、それを知っているのである。
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