ヘルズキッチン再び

「今緊急で動画回してんですけど」

「絶対計画的なんだよなあ」


 いつもの配信。今回は蕾花だけでなく竜胆もカメラに映っており、彼らは座卓に並んで座っていた。卓の上には飲み物と和菓子が置いてあり、なんらかの雑談会であることが伺える。


 サニー:竜胆さん⁉︎

 がしゃどくろ:イケメン助かる

 月白五尾:緊急で回した割になんでしっかりお茶請けまであんの

 ネッコマター:草

 きゅうび:最近配信多くて助かる

 ユッキー☆:珍しい回だこれ

 キメラフレイム:緊急……? なぜ配信枠が事前に……

 だいてんぐ:それ以上はいけない


「今日はですねえ、竜胆君と甘いもの早食い対決をしようかと」

「は……? 近況報告って僕聞いたんだけど」

「気が変わった。はい、持ってきて」


 きゅうび:初手兄から裏切られる弟

 ユッキー☆:気が変わった(無慈悲)

 おほほなみ:どうして……

 ハチミツキ:竜胆も燈真ほどじゃないにしろ甘いもんそんな食わねーよな

 サニー:邪神ってことを忘れてたかもしれない

 灯籠真王:甘いもの早食いって地獄だろ

 ネッコマター:私は一向に構わん

 キメラフレイム:蕾花さんダイエットは?

 隙間女:ア!

 だいてんぐ:草


「俺たち生き急いでるからカロリーが追いつけないんだよ。よっていくら食ってもカロリーゼロ」

「んなわけねえだろなんで僕まで巻き込むんだ」

「怒ってると禿げるぞ〜。来た」


 月白五尾:配膳伊予さんじゃん草

 がしゃどくろ:美女すぎやしないか!

 ハチミツキ:毎日見てるからそうは思わん

 しろいきゅうび:ハチミツキがログアウトしました

 きゅうび:ひえっ

 すねこすり:竜胆ニキまあまあマジギレしてるのおもろい


「甘いもの早食いはいいけど詰まらせないでね」


 伊予がそう言って卓に置いたのは大判焼きの山。


 きゅうび:あ、これはまずい

 おもちもちにび:ベイクドモチョチョや!

 しろいきゅうび:なんて?

 灯籠真王:大判焼きだからな

 サンダー:裡辺は大判焼き

 ユッキー☆:私は口を噤んだ

 だいてんぐ:御座候でしょ

 がしゃどくろ:今川焼きなんだよなあ

 すねこすり:回転焼きじゃないの?


「俺らよりも熱い戦いが起こってるんだが」

「僕ら戦う必要なくね」

「食べきれなかったら無理しないでね。じゃ、私はお暇するから」


 月白五尾:親フラ公認配信

 ネッコマター:まあ母親をVにして動画に出す企画とかも世の中にはありますし

 サニー:えぇ

 キメラフレイム:人間って不思議だあ

 おもちもちにび:なんで、よびなちがうんだろ

 よるは:ボブは訝しんだ

 隙間女:ボブ誰

 きゅうび:たまに出るよね、ボブ

 ユッキー☆:神様に認知されるボブ何者なんだ……

 サンダー:対決に興味なさすぎるの流石におもしろすぎんか?


 コメント欄を見ていた蕾花も、そう思っていた。が、抜いた刀を下ろすわけにもいかない。


「じゃあその、いまいち会場は熱してないけども……やるぞ竜胆」

「いいけど、僕が勝ったらどうする?」

「それはリスナーのみんなに決めてもらおうよ」


 きゅうび:蕾花さんの大嫌いなホラーゲーム実況

 ネッコマター:超長距離走

 サニー:着ぐるみに入るバイト

 だいてんぐ:着ぐるみバイトは地獄すぎる

 キメラフレイム:即興ラップバトル

 ユッキー☆:弟妹がしれっと地獄を顕現するの、兄としてどう見ればええんや……?

 隙間女:蕾花さん焦ってる顔してて草 心の隙間すごそう


「まっ、待って……」

「何がいい?」

「何一つよかねえよ。でも強いて言えば……ホラゲかなあ」

「じゃあチラズアートを寝ずにフルマラソンで」


 月白五尾:私の弟も鬼だった

 おもちもちにび:たんぺんホラー、フルマラソン……

 ユッキー☆:絶叫一回につき五百円貯金とか

 きゅうび:終わる頃には画集何冊か買えそうで草


「あー、それいいね。そうしよう。でもまあまず俺負けねえから」

「出来レースなんだよなあ」


 おもちもちにび:かつもくせよ! わっちがパシられた、ベイクドモチョチョ!

 月白五尾:そういうことか

 サンダー:全て察した

 だいてんぐ:?

 きゅうび:同じ妖狐だからかなんとなくわかってしまった

 しろいきゅうび:くるぞ……


「イクゾー! はい、よーいスタート」

「あのさあ……」


 蕾花と竜胆が大判焼き(要審議)を手に取り、齧った。

 竜胆は美味しそうにもぐもぐ咀嚼し、一個、食べ切る。


 ユッキー☆:蕾花さん?

 サニー:顔赤くない?

 キメラフレイム:いや、青い


「ごっっほがっっっっは!」


 おもちもちにび:なんこか、ひさめにがんばってもらったの むかしをおもいだして、もらってね

 きゅうび:ミ゜

 ユッキー☆:確か昔それ食った蕾花さん気絶してなかった?

 だいてんぐ:だからこの妖選なんだね


「なんだこれ……苦辛い……何これなんかゲーミングあんこみたいなの入ってんだけど」

「僕ら保険金かけられてんの?」


 月白五尾:ゲーミングあんことかいうパワーワードよ

 サニー:アカン(アカン)

 ネッコマター:不死身の邪神が気絶する劇物ってダークマダーたよね

 ゆきおんな:頑張りました♡

 おもちもちにび:むふー


 その間も蕾花は四苦八苦しながら大判焼きを頬張る。彼の顔が苦痛に歪むたび、竜胆が堪えきれない笑いを浮かべている。


 灯籠真王:稲尾一族の発想って俺以上に鬼畜だよな

 ハチミツキ:いてぇ……伊予さんに肩外された

 ユッキー☆:伊予さんそんなことすんの!?


 竜胆が三つ目の大判焼きを掴んで、頬張った。するとその顔が苦悶に歪み、さながら腹に溶岩を流されたようにうずくまる。

 地獄絵図の動画をよそに、コメント欄はあまり配信に興味はなさそうである。

 というのも、さっきから見せられない映像であると常闇様が判断しているのか、モザイクがかかったりナイスボートしたりしているからだ。


 きゅうび:化け狸こわー、とづまりしとこ

 だいてんぐ:狐狸妖怪は人間に友好的なはずなんだが?

 しろいきゅうび:世界の法則が違うからなあ あと伊予はああ見えて妾より怖いし強いぞ

 サニー:ちょいちょい「ゔぅ……」って聞こえる……

 おもちもちにび:だいじょぶだいじょぶ このていどのしゅらば、いくつものりこえたから

 ゆきおんな:昔の感覚が鈍ってるので、全然美味しい方ですよ?


 さて、四回目くらいのナイスボートが終わったとき、グロッキー状態の蕾花が最後の一つを掴んだ。まるでこれ以上弟に食わせるわけにはいかない、と決死の覚悟をしたような顔で。


 ユッキー☆:蕾花ニキ放送コードギリギリの顔じゃないっすか

 ネッコマター:ねー。ゾンビみたい

 おほほなみ:デスマッチなんだよなあ


 蕾花が大判焼きに齧って、そこで彼は気を失った。

 竜胆がフラフラした手を挙げ、勝利宣言する。


「ぼくの、勝ちッ!」


 上擦った声で宣誓し、竜胆も後ろにひっくり返った。


 きゅうび:過去一酷い勝負を見た

 ユッキー☆:蕾花ニキの自業自得っていう

 しろいきゅうび:悪さはするもんじゃいな

 サニー:因果応報ですね

 キメラフレイム:放送事故では?

 がしゃどくろ:逆に食べてみたい

 だいてんぐ:えぇ……


 と、配信画面が切れた。

 夜葉をデフォルメしたキャラクターが現れ、


「本日の配信はアーカイブには残りません。次回の配信をお楽しみください」


 と言った。


 久しぶりに垣間見た氷雨のヘルズキッチンに、配信に居合わせた面々は恐れ慄くのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る