勇者フィーユ

「ローエンスを……惑わすな魔女がァ!」

「ああああっ!」

「師匠!」


 姉さんめ! また師匠を傷つけて!


「もう一度よ! 今度こそ正気に戻れないほどの絶望を見せてあげる! 悪夢ナイトメア!」


 再び黒い粘液が放たれた、そのときだった。


豪炎斬ブレイズザッパー!」


 炎の怒濤が黒い粘液を蒸発させた。


「……フィーユ?」


 目の前に立っていたのは、見覚えのある赤い髪をたなびかせた魔法剣士だった。


「どうして、ここに……」

「『戻って』って頼まれたんです」

「キャディ?」


 転移魔法でフィーユと一緒に逃げたはずのキャディが横に立っていた。


「びっくりしましたよ。いきなり空に向かって叫んだかと思うと『ボクは戻る!』ってごね始めたんですから」


 フィーユが、そんなことを?


「フィーユ、いったいどうして……」

「……ボクが憧れた勇者は、幻だった」

「え?」


 剣を構えながら、フィーユは語る。


「あの戦争に、正義はなかった。父さんと母さんは、悪い大人たちの身勝手な思惑に巻き込まれて死んでしまった。ボクが憧れた勇者は、存在しなかった……だけど!」


 フィーユは顔を前に上げて、叫ぶ。


「ボクの中の『勇者』は、死んでいない! ボクが信じる『勇者』は……友達を決して見捨てたりしない!」

「っ!?」

「友達を傷つけるヤツは、誰だろうと許さない! ボクは……守りたいもののために戦う勇者になる!!」


 剣の切っ先を姉さんに突きつけてフィーユは宣言する。

 迷いを消した姿が、そこにはあった。


「だから……ローくん! ボクたちはこれからも友達だ! 魔王の息子とか、関係ない!」


 こちらを振り返って、フィーユは僕に笑顔を向ける。

 眩しい。なんて、眩しい笑顔だろう。


「一緒に戦おうよ! いつものように! これからも、ずっと!」

「フィーユ……ああ!」


 ありがとう、フィーユ。

 君は、もう僕にとって立派な──『勇者』だよ。


「ふん。小娘が戻ったところで何ができるっていうの? 私の産み出したモンスターは魔法が一切効かな……」

炎剣ブレイズソード!」

「なっ!」


 魔法を無効化するはずのモンスターたちを、フィーユは一瞬で断ち斬ってしまった!

 いったい、なぜ!?


「あの娘、本当にとんでもない幸運の持ち主ですよ。この土壇場で、最も有効なアイテムを所有していたのですから」

「え? ……あっ!」


 キャディの言葉で思い出す。

 そういえば、フィーユは今回のクエストで魔法水晶を手にしていたことを。

 よく見ると、フィーユの握る長剣にその水晶が装着されている!


「モンスターに特効を持つ『セイントクリスタル』。使える数が限られた消耗品ですし、人型モンスター相手には流石に効果を発揮しませんが……それ以外のモンスター相手ならば、どんな能力も無視してダメージを与えることができる、とんでもないアイテムですよ」


 水晶が光を発する。

 ただの剣の一振りだけで……異形の体が滅されていく!


「わ、私の子どもたちが! こんな簡単に!」

「拾ったアイテムは売ることばかり考えてたけど……道具は使いようだね! おかげで友達を助けられるんだから!」


 フィーユはまるで舞うように剣を振るっていく。

 すごい! なんて剣技だ! 振るたびに、彼女の剣が鋭く研ぎ澄まされていく!


「そら、おいでよ! ボクの体が欲しいんだろ? 相手してあげるよ!」


 モンスターを引き寄せる体質を持つフィーユ。

 姉さんが造ったモンスターも、そのフェロモンに抗えなかったのか、我先へとフィーユに向かっていく。

 その群れをフィーユは難なく倒していく。


「コイツらはボクに任せて! ローくんは、早くお師匠さんを!」

「フィーユ……ありがとう! 行くぞ、キャディ!」

「はい、ローエンス様! 師匠! いまお助けします!」


 囚われた師匠を救うべく、僕は駆けだした!

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