聖女との再会
* * *
転移魔法で僕は修道院に来ていた。
場所はもちろん聖女リィムさんの部屋だ。
聖女である彼女は、なかなか外の世界を出歩けない。
そんなリィムさんのために、約束通り外の世界での出来事を土産話として持ってきたのだった。
使い魔と契約したこと。ギルド試験のこと。会話に花を咲かせるには充分な話題がそろっていたから、そろそろ顔を出そうと思っていたのだ。
とつぜんの来訪にも関わらず、リィムさんは僕を快く歓迎してくれた。
むしろ待ちわびていたようで、僕の顔を見るなり「会いたかったです!」と小さな子どものようにはしゃぐ始末だった。
「まあ、では無事にギルド試験に合格されて冒険者になれたのですね! おめでとうございますローエンス君!」
「は、はい。ありがとうございますリィムさん」
些細なことでも、やはりリィムさんは目を輝かせて楽しそうに話を聞いていた。
相変わらず、お淑やかでありながら、感情豊かに笑うかわいらしい人だ。
「ローエンス君の周りは本当に刺激的なことが起こるのですね~。サキュバスが寝込みを襲ってきたと聞いたときは『え!? 大変!』とハラハラしましたけれど、まさか懲らしめて使い魔にしてしまうなんて! ギルド試験ではその力を巧みに使ってご友人を助け、共にピンチを乗り切る……なんて劇的なんでしょう! うふふ♪ やっぱりローエンス君とお話していると、とても楽しいです♪」
「そ、それは良かったです」
聖女のリィムさんにサキュバスであるキャディの件を話すことはちょっと悩んだけど「隠し事はイヤ~です!」とほっぺをプクーと膨らませられてしまったので、素直に打ち明けた。
修道院的には淫魔と契約を結ぶ人間だなんて教義的に罰当たり扱いされてもおかしくないのだけれど、寛容なリィムさんは「主人がローエンス君なら安心ですね♪」とにこやかに笑うだけだった。
やはりリィムさんは大らかというか、器が大きい。
「ふふ。約束通り、こうして遊びにいらしてくださって嬉しいです♪ 今夜はいっぱいお相手してくださいね?」
「そ、それは全然構わないんですけど……ひとつ聞いてもいいですかリィムさん?」
「はい♪ わたくしに答えられることなら何でも♪」
「それじゃあ遠慮なく……あの。何で僕はリィムさんの膝の上に乗せられているんでしょうか?」
ついでに、どうして思いきり抱きしめられているのだろうか?
いまの僕は、まるで子が母に抱かれるようにリィムさんと深く密着している状態である。
男としては小柄な僕は、リィムさんの腕の中にスッポリと収まってしまう。
もちろん、師匠にも負けない豊満な胸が「むにゅぅ~ん」と当たっている。
これでもかと。僕の半身がおっぱいで埋もれてしまいそうなほどに。
たいへん柔らかくて良い香りがします。
胸のドキドキが収まりません。
「むぅ。ダメですか~?」
「ダメ、というわけではないのですが……何でかな~と思って」
「この間、ローエンス君を抱きしめたとき、とても幸せな気持ちになれたのです♪ 人は抱擁をすると幸福感が増すと風の噂で聞いていましたが、どうやら本当だったようですね♪」
「は、はあ~」
「それに普段の生活では抱擁など許されませんから。皆さんは口をそろえて『聖女に触れるべからず!』と肉体的な触れ合いを許してくださらないのです。むぅ~、少し過保護すぎとは思いませんか? 癒やしの魔法に長けているだけで、わたくしだって普通の女の子なんですよ?」
リィムさんはそう言って、切なそうに唇をとがらす。
なるほど。
聖女様への信仰心が厚いばかりに、周りは彼女を神聖不可侵の存在として体に触れることすら禁じているのか。
それは、確かにちょっと生活し辛いかもしれないな~。
「ですので! こうして気兼ねなくローエンス君と触れ合えるこの時間は、わたくしにとってとても貴重なのです♪ だから、ね? もうちょっと抱きしめてもよろしいですか?」
「リ、リィムさんがそれで満足されるのなら、僕はべつに……」
「やった♪ じゃあ、もっと強く抱きしめちゃいます♪ むぎゅ~♪」
ああっ! ふっくらとしたおっぱいにますます包まれてしまう!
「うふふ。こうしていると、まるで弟ができたようです。よしよし♪ 頑張ったローエンス君を、お姉さんがいっぱいヨシヨシしてあげますよ~?」
蕩けた声色でリィムさんは僕の頭を撫でてくる。
人と普通に触れ合うことを許されず、異性と接触する機会もないリィムさん。
そんなリィムさんにとって僕は初めて気兼ねなくスキンシップができる弟的存在ということか。
僕には兄弟姉妹がいなかったから、よくわからないけれど、お姉さんがいたらこんな感じなのかな?
「んっ……ローエンス君。本当に、愛らしいです。こんな気持ち初めて。あなたを抱きしめていると、本当に幸せな気持ちになって胸が熱くなります。あのときみたいに、胸が熱く……熱く……んっ♡」
ん?
何だろう。
ほのかに甘いミルクのような匂いがするような。
「あっ……いけない……わたくしったら、また……やっぱりローエンス君と触れ合うと……んっ♡」
「リィムさん? 大丈夫ですか? どこか具合でも悪いんじゃ……」
「し、心配いりませんよ? でも、ちょっとごめんなさい。一度席を外しますね?」
そう言ってリィムさんは胸元を抑えながら慌てて別室に籠もってしまった。
どうしたんだろう? 体調を崩していなければいいが……。でも癒やしの力を持つ聖女様って、病気になったりするのかな?
「~~っ♡♡♡」
「ん?」
空耳かな?
扉の向こうから、やたらと色っぽい悲鳴が聞こえたような……。
こう、修行中の師匠がよく上げる声と似た感じの。
「お、お待たせしました」
しばらくすると、リィムさんは妙に艶っぽい雰囲気で戻ってきた。
「リィムさん、本当に大丈夫ですか? 顔すごく赤いですよ?」
「へ、平気ですよ。ちょっと最近、聖女特有の体質の変化がありまして……わたくし自身もこんな変化があるなんて驚いてはいるのですが……で、でも心配するようなことではないので!」
あたふたとしながら手を振るリィムさん。
聖女特有の体質の変化?
つまり普通の女性では起こりえないことが現在リィムさんの体に生じているということか。
むぅ、協力できることなら助けてあげたいな。ひょっとしたら魔法薬で改善できるかもしれないし。
まあ、でもデリケートなことだしリィムさん本人が望まない限りは深入りしないほうがいいかな?
「ふぅ……少し、体が火照ってしまいましたね。ローエンス君、良かったら夜風を浴びに散歩に行きませんか?」
「散歩? 今からですか? でも修道院を歩き回ったら、夜回りしているシスターに見つかっちゃいますよ?」
「うふふ。もちろんわかってますよ? ですので。使うのはあちらです」
リィムさんは楽しそうに部屋にこっそり敷かれた魔法陣を指さす。
まさか……。
「こっそり、抜け出しちゃいましょ?」
リィムさんはかわいらしくウインクをして、いたずらっ子のように微笑んだ。
……やれやれ。この聖女様ときたら、結構なお転婆お嬢さんだ。
「さあさあ、行きましょうローエンス君」
差し出された手を僕は苦笑しながら取る。
リィムさんと秘密の交友関係を結ぶ。
そう約束した以上、しっかりと付き合わないといけないからね。
それに、僕自身もこういう、ちょっといけないことに何だかワクワクしてしまう。
「夜道は危ないですからね? しばらくしたら帰りますよ?」
「はーい。エスコートお願いしますね。小さな
手を繋ぎながら、僕たちは魔法陣の上に立つ。
「うふふ♪ 殿方と夜のデート、実は憧れてたんです♪ ローエンス君は、わたくしの初めての相手ですね!」
聖女様。
その発言はいろいろ誤解を生むと思います。
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