帰る場所


 師匠!

 僕が冒険者になることを認めてくださった!


「ありがとうございます師匠! 僕、外の世界でも師匠に恥じないよう、立派に戦ってみせます!」

「ローエンス様! あたしも微力ながらお手伝いします!」

「ああ! ありがとう!」


 いまはキャディという心強い使い魔もいる。

 新しい旅立ちに、僕の心はワクワクした。

 そんな僕を、師匠は微笑みを浮かべつつも、やはりどこか寂しげな目で見つめていた。


「がんばりなさいローエンス……たまには、この家に顔を出してね?」

「……え?」

「あなたなら、きっとどんな場所でもやっていけるわ。私が育てた自慢の弟子なんですもの」


 師匠?

 いったい何を言っているんだ? まるで、お別れするような流れじゃないか。


「あ、あの師匠? もしかして……僕、この館を出て行かなくちゃいけないんでしょうか?」

「……え? そのつもりだったんじゃないの?」

「ち、違います!」


 僕は慌てて否定する。

 確かにギルドで実力を試したいとは言ったけど、決して独り立ちをしたいという意味で言ったわけではないのだ。


「確かにクエストの内容によっては数日、館に帰ってこれないこともあると思いますけど……ぼ、僕は師匠の元を離れるつもりは、ありません。だって……ここは、僕にとってもう、新しい家だから」

「っ!?」


 森を彷徨っているとき、師匠に拾われて、どれだけ救われたことだろう。

 八年に渡る修行の日々は確かに過酷なものだったけれど、師匠と積み重ねた日々はどれも大事な思い出だ。

 師匠は……もう僕にとっては家族も同然の人だった。


「僕、まだ師匠とお別れしたくないです。だって、まだ教わっていないことがたくさんあるんですから!」

「ローエンス……」

「それとも……迷惑ですか? 師匠の館を、第二の故郷にするのは」

「そんなわけないでしょおおおおお!?」

「わぷっ!」


 涙目を浮かべて師匠が僕を抱きしめてきた。

 むぎゅううと大きな胸に包まれる。


「いつまでも居ていいのよ? 私があなたの帰る場所になってあげる。だから……無事に帰ってらっしゃい」

「師匠……はい。ありがとうございます!」


 涙がこぼれる。

 なんて暖かいんだろう。

 まるで母に抱かれたときのことを思い出した。

 変わった人だけれど、変な修行ばかりしてくるけど……それでも、師匠は僕にとって大切な人だ。

 絶対に、この人を悲しませるようなことはしない。

 僕は必ず、この人の元に帰ってみせる。

 そして……。


「もっと、もっと魔法を教えてください。ギルドでいろんな人たちを助けられるように」

「ええ。いくらでも教えてあげるわ。私はあなたの師匠なんだから」

「……っ!? と、ということはローエンス様のあのテクニカルな拷問や調教はあなたが教えたということですか!?」

「え?」


 横で話を聞いていたキャディが目をキラキラとさせて師匠を見つめている。

 そこには憧れの色が混じっているように思えた。


「サキュバスですら屈服してしまうあの快楽責め……よほどの淫乱の素質がなければできないことです! 素晴らしいです!」

「淫乱!?」


 キャディの淀みのない言葉に師匠は動揺する。


「というか、その美貌とドスケベすぎる体つきもサキュバスも顔負けではないですか!? こんなエロい魔女を見たことがありません! サキュバス以上にサキュバスです!」


 たぶんキャディは悪口ではなく、純粋に褒め称えているのだと思う。


「あたしも、この人のもとで修行すれば、きっと立派なサキュバスになれるかもしれない……クレア様! あなたのことを『師匠』と呼ばせてください!」

「なんでサキュバスに師匠呼ばわりされなきゃいけないのよ!? 冗談じゃないわ!」

「そうおっしゃらずに! どうかあたしにその磨き抜かれた淫技をお教えください!」

「私は魔女なのよ! サキュバスに教えられるようなえっっろい技術なんて、ひとつもないわよ!」


 ……なぜだろう。師匠の言葉に同意できない自分がいる。



    * * *



 かくして、僕は転移魔法でギルドに赴き、冒険者登録をすることにした。


「あなたがローエンス君ね? 私は受付場のビスケよ。クレアから話は聞いているわ。優秀な弟子さんらしいわね。あなたの活躍、期待しているわよ?」

「よ、よろしくお願いします!」


 金髪碧眼のエルフ、ビスケさんに頭を深々と下げる。

 綺麗な人だな。

 エルフってプライド高い種族って聞いたけど、ビスケさんはすごくフレンドリーで優しい雰囲気だ。

 ……それに、エルフでは珍しい豊満な胸の持ち主だ。

 男の冒険者が何名かが、通過する際にビスケさんの胸元をチラ見している。


「はいはい。私のおっぱいじゃなくて、この説明書を見てね?」

「はう!? す、すみません!」

「……クスっ。小っちゃくてもやっぱりオスなのね~。まったくこれだから男ってのは」


 すでにこういうのには慣れっこなのか、ビスケさんは「やれやれ」と呆れ顔で苦笑するだけだった。

 なんだか、大人の余裕を感じる。


「……で。あんたは何してるのよクレア?」

「見てわからないの? 付き添いよ」

「それはわかってるわよ。何でさっきからローエンス君に抱きついてるのかって聞いてるのよ」


 ……そう。

 ひとりで行かせるのは不安だからという理由で師匠も一緒に来ている。

 そして現在進行形で僕は師匠に抱き寄せられている。

 頭の上に乗っかる特大のおっぱいが大変重い。


「ローエンスに悪い虫がつかないように見張ってるに決まってるじゃないの! ローエンス、ギルドにいる女冒険者には気をつけなさい! 奴らはみんな男に飢えたケダモノみたいなものなんだからね!?」

「こらこら。新人くんに偏った知識を押しつけるんじゃないの」


 ビスケさんの言うとおりだ。

 心配してくれているのは嬉しいけど、女冒険者のほとんどが師匠の言うような人なわけが……。


「うほっ♡ 美少年発見♡」

「あん♡ 君もしかして新人? お姉さんたちが良かったら手取り足取り教えてあげましょうか♡」

「キシャアアアアア!? この子はいま私のパイパイを堪能してんだよぉ! 貧乳どもは散れぇぇぇ!!」

「「きゃあああ! こわ~い!」」

「こちらビスケ。またもや痴女出現。というか絶対に審査担当で肉食系フェチのやついるでしょ? ただちに連れてきなさい」


 ……ギ、ギルドにはいろんな人がいるんだな~!


「さて、ローエンス君。これから簡単な審査と面接を行います。それを無事に突破できれば冒険者登録完了よ。嘘偽りなく、正直に答えてね?」

「りょ、了解しました」


 現代のギルドは人格審査を厳格に行っているらしく、なりたければ誰でもなれるわけではないらしい。

 実力は十二分にあっても、トラブルを起こすような存在は先ほどのようにすぐに除籍されてしまうそうだ。

 僕も、無事に通るといいな……。


「それじゃあ試験会場に案内するわね」

「はい」

「……クレア。いつまでもくっついてないの。あんたは席を外しなさい」

「何ですって!? 私はローエンスの保護者よ!? ローエンスの試験に不正がないか見守る義務があるわ!」

「はい、モンスターペアレントの立ち入りはお断りです。使い魔ちゃんたち、連れていって」

「ああ~! ローエンス~! 無事に帰ってくるのよ~! 悪いエッチなお姉さんについてっちゃダメだからね~!?」


 ギルドの使い魔たちに拘束された師匠は、ズルズルと引きずられていった。


「なんか、迷惑かけてすみません……」

「いいのよ。あなたも苦労するわね? あんなのが師匠で」

「ええ、まあ……でも、僕にとっては大切な師匠ですから。あんなに心配してくれるのは、嬉しいです」

「……そう。いい子ね、あなたは」


 にっこりと微笑んで、ビスケさんは僕の頭をよしよしと撫でた。

 ……たぶん、何人かの新人冒険者はここでこの人に恋をしてしまうんだろうなと思った。


「さあ、試験はすぐに始まるわよ。頑張ってね?」

「は、はい!」


 あの森の館の生活から八年。

 とうとう僕は、新たな道を切り拓くべく、その第一歩を踏み出した。

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