忌み子の僕を拾ってくれた魔女の師匠、ハレンチな修行ばかりしてくるけどおかげで最強になれました
青ヤギ
プロローグ
どうして、こんなことになったんだろう?
暗い森の中でひとり、膝を抱え込んで俯きながら、僕は涙を流した。
つい先日、母が亡くなった。女手ひとつで僕を育ててくれた立派な人だった。
けれど、流行病にかかってしまった。ろくに医者も雇えない貧しい村だったから、治療もできず、とうとう五歳の僕を残して逝ってしまった。
「許してローエンス……あなたをひとり残してしまうことを……」
「母さん!」
母さんは僕ひとりを残すことを悔やみながら永遠の眠りについた。
それを待っていたかのように、村長さんと村の男の人たちが突然やってきた。
「この忌み子め! 流行病が起こったのは貴様のせいじゃ! 不吉じゃ! その黒髪! 金色の瞳! すべてが不吉じゃあ!」
いきなり何を言い出すのか、僕はワケがわからず頭が真っ白になった。
大人たちは皆、僕を憎むように見ていた。
村長さんは言った。
黒髪と金色の瞳を持って生まれてくるのは『悪魔の血』を引いた子どもの証だと。
僕が悪魔の子ども? 確かに髪の色も瞳の色も、母さんに似ていないけれど……それだけで悪魔の子どもだなんて!
「貴様の母親はどこぞ誰とも知らぬ者の子種で孕んだのだ! きっと悪魔の仕業じゃ! お前は悪魔の子どもなのだ!」
顔も名前も知らない父さん。母さんも、なぜか僕に父さんのことを教えてくれなかった。
父親が誰かもわからない僕を、村の人たちはずっと不気味に思っていたそうだ。生まれた日に始末しようとしたが、母さんが「生まれてくる赤子に罪はありません!」と必死に懇願して止めたらしい。
「貴様の母親の慈悲でこれまで見逃してやっていたがな……もはや死人となった者の口約束など、守る必要はあるまい?」
村長さんも男の人たちも邪悪に笑った。
逃げないと殺される。本能で悟った。
僕は必死に走って、村の外にある森に逃げ込んだ。
ずっと疑問に思っていた。どうして村の人たちは皆、僕を冷たい目で見るのか?
すべてはこの黒髪と金色の瞳のせいだったのだ。
あれから、数日経った。
村の人に見つからないように、森の深い深い奥まで入り込んで、途方に暮れた。
お腹も空いた。喉も渇いた。このままでは死んでしまう。
最悪、いつか森にいるモンスターに襲われて食われてしまうかもしれない。
……いっそ、死んでしまおうか? そう考える。
行くあてもない。
忌み子の証である黒髪と金色の瞳を持つ僕を、いったい誰が受け入れてくれるだろう?
そうだ。このまま僕も母さんと同じ場所に行こう。
本気でそう思ったときだった。
「あら? 妙な魔力を感じ取って来てみれば……まさか人間の子どもがいるなんてね」
女性の声。透き通るような、耳に心地良い声だった。
月の光に照らされた女性が、僕を見ていた。
綺麗な人だった。
長い銀色の髪。真っ赤な瞳。肌はまるでミルクのように白くて、黒いドレスに包まれた体は、とんでもないほどに女性的だった。
思わず、目を奪われた。こんな綺麗な女の人、見たことがない。
「ふ~ん……黒髪に金色の瞳じゃないの。珍しいわね」
女性は僕の髪と瞳の色を興味深げに見ていた。
僕は咄嗟に両腕で頭を隠し、眼を瞑った。また忌み子扱いされると怖くなったのだ。
だが。
「……綺麗だわ。黒髪と金色の瞳は魔力に恵まれた者の証だもの。喜びなさい坊や。あなた、魔法に愛された子らしいわよ」
「え?」
思わぬ言葉に、僕は再び女性を見た。
女性は笑っていた。村の人たちの邪悪な笑顔とは違う、優しい顔だった。
「あらあら、よく見ると、顔立ちも綺麗だわ。なんて、なんて愛らしいのかしら……」
それどころか、何やらウットリとした表情で僕を見ているような気がした。
「……え? どうしよう。こんな気持ち初めてなんだけど。ヤバ。たまんないかも」
女性はゴクリと唾を飲み込み、頬を赤くして舌舐めずりをした。
何やら様子がおかしい。
「あの……」
「ハッ!?」
僕が声をかけると、女性は我に返ったかのようにブンブンと首を激しく振った。その後「こほん」とひとつ咳払いをして、何やら思案するような表情を浮かべる。
「……そうね。そろそろひとりで魔法の研究に明け暮れるのも飽き飽きしていたところだったし、いい機会かもね」
女性は、僕にそっと手を差し出した。
「坊や? 行くあてがないのなら、弟子にならない?」
「……弟子?」
「そう。この私──魔女クレアの弟子に」
魔女。
女性は確かにそう言った。
そういえば聞いたことがある。
森の中には恐ろしい魔女が住んでいると。
魔女は若い姿のまま年老いることもなく、数百年の時を生きて、世の中に災いをもたらす。
子どもを攫って食べる。邪悪な薬を作る。目を合わせただけで呪われる。
そんな怖い逸話で溢れている。
よく見ると女性の頭には魔女が被る黒い帽子がある。
人間離れした美貌も、彼女が魔女ならば納得できる。
「どうする? それとも……やっぱり魔女は怖いかしら?」
彼女は試すように問いかけてくる。
普通だったら、怖がるべきところなのかもしれない。
でも……僕を殺そうとした村人たちのほうが、ずっと恐ろしかった。
むしろ、魔女である彼女のほうが、優しい人に見えた。
とても、言い伝えに聞くような怖い存在には思えなかった。
それに……彼女は僕の髪と瞳を綺麗と言ってくれた。
忌み子の証である髪と瞳を。
それが、どうしようもなく、嬉しかった。
だから、僕は。
「──お願い、します」
迷わず、魔女の手を取っていた。
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